旅の準備と見送り
「アーデルさん、フィーさん、クリムさん、起きてください。すごいのができました」
朝、それも日がまだ完全には昇っていない時間にゴーレムのパペットが騒いでいた。
アーデル、クリムドア、オフィーリア、そしてパペットは同じ部屋で寝泊まりしてるのだが、パペットがゆさゆさと皆をゆすって起こそうとしている。
アーデルはある程度目を覚ましているが、オフィーリアはまだ眠そうで枕を抱えたままベッドの上で上半身をフラフラさせている。クリムドアに至っては目を覚ます気配もなく、尻尾でパペットの手を弾くほどだ。
アーデルはベッドから降りて両手を斜めに上に伸ばす。そして首を左右にゆっくり動かしてから、胸を逸らすようにして全身も伸ばした。
カーテンを開けたとしても部屋の明るさは変わらないだろう。やや薄暗いが、見えないわけではないので、そのまま騒いでるパペットに問いかけた。
「なんだい、こんな朝早くから」
「見てください。自動で卵が割れるように腕に改良しました」
パペットはそう言って両手の指でつまむようにして卵を横に持った。
指先が光り、横に持った卵がゆっくりと縦回転をする。それが一周すると、卵の殻が綺麗に割れて、中身がテーブルの上にあるボウル型のお皿に落ちた。
「どうです? これならクッキーを作り放題です。褒めてもいいですよ?」
どう見てもパペットがやったのだが、パペットがやること自体が自動と言うのかと、アーデルは微妙にはっきりしない頭で考えていた。それに魔力を感じた。普通に割ればいいのではないかとも思う。
おそらく褒めて欲しくてやったのだろうが、これを褒めていいのかアーデルには分からない。
迷っていると、寝ぼけた感じのオフィーリアは何を思ったのか、ベッドから抜け出してテーブルの上に置いてあった卵を片手で持った。その卵をこつんとテーブルに当ててから卵を割り、ボウル型のお皿に中身をいれた。
「片手……」
パペットがそう呟いている間に、オフィーリアは枕を抱いたままベッドに戻りシーツに包まった。
「これは片手でやれるようにしろってことですか? なんと難しい……!」
「そうかもしれないけど、パペットはクッキー作成用のゴーレムになる気かい? それでパペットの夢が叶うなら別にそれでも構わないけどさ」
アーデルにそう言われて、パペットは腕を組み考える仕草をする。
しばらくそうしていると、腕を戻し、左の手のひらを右手でポンと叩いた。
「ちょっと方向性が違うかもしれません」
「本当にちょっとかい?」
「軌道修正します。それよりも、今日の朝は卵焼きにしましょう。それともベーコンエッグにしますか?」
「よし、ならベーコンエッグを一緒に作ろうじゃないか。昨日、フィーに教わった通りに作るよ」
「はい。なら、まずはフライパンに油を引きましょう。使いすぎるとフィーさんが怒るので少しですよ」
「まかせな。昨日何度も練習したんだ。いいかい、パペット。フライパンを動かすんじゃないよ? これから卵を入れるからね?」
「了解です。どんと来てください」
こうして今日の朝食であるベーコンエッグがアーデルとパペットによって作られた。
二人は満足気だったが、クリムドアとオフィーリアには焦げが多く不評だった。
アーデル達がブラッドとパペットと出会ってから三日が経った。
旅に出る前に色々とやることがあり、アーデル達は町に滞在していたのだが、ブラッドの父親から滞在するなら店を使って欲しいと言われ、この三日、ずっとここに寝泊まりしている。
普通の宿よりも遥かに上質な部屋で寝泊まりできているのでオフィーリアはかなりご満悦だった。
そしてやるべきことはほとんど終わった。
村への行商人に関しては、ブラッドの父親が責任をもって行うと言ってくれたのだ。商人ギルドを通した正式なもので、報酬も破格の安さだった。
諦めていた契約の延長が上手く行ったことが影響しているのもあるが、ブラッドが家を出て本格的に商人を目指すことになったのが大きい。
ブラッドは冒険者だった時の怪我で数分しか動けない体になっていた。すぐに呼吸困難になるほどで、治る見込みはなく自暴自棄な感じになっていたが、ようやく別の道――商人という道を目指すことになった。
父親としてもそろそろ家から放り出そうと思っていた矢先だったので、自ら動いてくれたことに喜んだのだ。それがアーデル達のおかげということで、色々と世話をしてくれることになった。
そのおかげもあって、メイディーが村へ行くときの馬車も用意してもらうことになったのだが、その出発が今日だ。
「そろそろメイディー様が出発する時間ですね。さっそく教会へ行きましょう」
オフィーリアがそう言うとアーデル達は朝食の後片付けをしてから教会へと向かった。
店から教会までは歩いて数分、アーデル達はすぐに教会へ到着した。
教会の入口には立派な馬と豪華な馬車が用意されており、周囲には数人の護衛がいた。
メイディーはアーデル達を待っていたのか、馬車には乗らず、外で待っていてくれたようだった。
「皆、おはよう」
メイディーが笑顔でそう言って皆と挨拶を交わす。
「すごいわねぇ、こんな豪華な馬車で村まで行けるなんて思ってもいなかったわ。これもアーデルちゃんのおかげね」
いつのまにかちゃん付けだが、年齢的に子供にしか見えないだろうと、アーデルは特に何も言わずに頷いた。
「別に私だけのおかげじゃないさ、一番のおかげはブラッドだよ」
「ブラッドちゃんにもお礼をしておくべきだったんだけど、今日は来ていないのね。残念だわ」
「そのお礼は私の方から言っておきますよ。あ、そうだ、手紙をよろしくお願いします」
オフィーリアがそう言うと、メイディーはニッコリ笑って頷いた。
「もちろんよ。村長さんに渡せばいいのね」
「はい。帰りはもっと先に思いますけど、いつか成長した私を見せに戻りますから!」
「あらあら。なら私も楽しみにしていますよ」
孫と祖母のような関係の微笑ましい光景だが、昨日までオフィーリアは治癒魔法の特訓を受けており、それはとても激しいもので、アーデル達はそのギャップに違和感があるほどだ。
そんな会話の後、出発の時間になった。
「それじゃオフィーリア、アーデルちゃんのことをよろしく頼むわね」
「はい、任せてください!」
「微妙に釈然としないんだけどね?」
確かに常識的な部分はオフィーリアの方が上だが、よろしく頼まれるようなことでもないような気がする。
アーデルはそんなことを思いつつも、メイディーが乗った馬車を見送った。
メイディーは馬車の窓からずっと顔を題してこちらに手を振っている。
柄ではないが、アーデルも照れ臭そうに軽く手を振った。
馬車が見えなくなると、アーデルは「さてと」と言った。
「そろそろ戻ろうか。ブラッドの調査も終わるころだろうからね。どこへ行くかとしっかりと決めないと」
「何を言っているんですか。アーデルさんはその前にやることがあるでしょう? 今日は約束の日ですよ?」
オフィーリアの言葉にアーデルは眉間にしわを寄せた。
「本当に行くのかい? お金を無駄にしちゃダメだろ?」
「ヒドラの皮とか肉でかなり儲けたんですから大丈夫ですよ。それにメイディー様にもアーデルさんのことをよろしくと言われましたし」
「そういう意味じゃないと思うんだけどね」
「それに一緒に行くって約束しましたよね?」
オフィーリアが結構な目力でぐいぐいアーデルに近づく。絶対に逃さないという意志がありありと見える。
アーデルは右手で後頭部をガリガリと掻いた。
「あーもう、分かったよ。行けばいいんだろ、行けば。まったく、服なんてこれでいいのに……そうだ、ついでからクリムとパペットにも買ってやるよ」
「パペットはともかく、俺に服はいらんぞ。というか竜用の服なんてない」
「装甲の強化なら鎧の方がいいのですが。むしろオリハルコンをインゴットのまま買ってください」
「いいから一緒に来な。私だけ恥ずかしい思いをするつもりはないんだよ。念動の魔法を使ってでも連れて行くからね」
そんな会話をしながら、アーデル達は服を買いに店へと向かうのだった。