アーカイブ
アーデルが工房へ戻るとオフィーリアとブラッドが騒いでいた。
オフィーリアがブラッドに治癒の魔法を使っているのだが、ブラッドは「いででで!」とかなり痛がっている。
「骨が折れてるんですから動かないでくださいよ! 治す場所がずれちゃうんですから!」
「治癒魔法ってこうじゃないと思うぞ! 痛すぎる!」
「苦い薬程良く効くって言うじゃないですか! 痛い治癒魔法のほうが効くんですよ!」
「そんな馬鹿な!」
痛みはあるようだが、ブラッドはかなり元気のようだった。とはいえ、本気の攻撃ではなかったとしてもゴーレムの振り払いを受ければただでは済まない。腕一本の骨折程度でよく助かったと言える。
そしてブラッド達の近い場所ではパペットが壁に寄りかかって座っていた。
治癒魔法は無機物に効果がない。大人しくしているので壊れているのかと近寄ったら、パペットは意外と元気そうだった。
「褒めてもいいですよ?」
「ああ、助かったよ。パペットやブラッドのおかげで魔力を込める時間が取れた。やるじゃないか」
「えっへん。でも、頑張りすぎたせいか、現在の破損率は約六割です。自己修復中なのであまり動けません。もうちょっと防御力を高める改造をした方がいいかもしれません。ミスリルからオリハルコンのボディにするべきでしょうか?」
「修復中? なら直るんだね?」
「問題ありません。あと三時間もすれば元通りです」
「そいつは良かったよ」
皆が傷つかないようにと結界を張った。最終的にはブラッドやパペットはかなりのダメージを受けたものの、そのおかげで時の守護者を倒せて皆も無事だ。
アーデルは胸を撫でおろす。
だが、これで良かったね、とはならない。
「クリム、あれは一体どういうことだい?」
話を聞かなければならないと思案顔のクリムドアに声を掛けた。
クリムドアは前足を組んだまま、視線だけアーデルの方へ向けた。
「説明する前に、皆にも事情を話したほうがいいと思ったんだがどうする?」
「……そうだね。なんでああなったのかは分からないが、巻き込んだのは間違いない。ちゃんと話をしないといけないね。せっかくだ、全部話しちまおう」
「そうだな。今後もこんなことがある可能性が高い。話しておくべきだな」
「今後もあるのかい……? いや、私が知らないことも全部聞かせてもらおうか。でもその前に私とクリムで皆にちゃんと謝るんだよ。一つ間違えば不幸なことになってたかもしれないからね」
「確かにその通りだな」
それから一時間ほどが経ち、痛みはまだあるようだがブラッドの骨折は治った。そしてパペットは動けるくらいには体が修復された。
オフィーリアも治癒魔法の使い過ぎによる魔力の枯渇で疲れた顔をしていたが、今はお茶を飲んで落ち着いている。
工房内は台風でもあったのかと思うくらいボロボロだが、テーブルと椅子だけは無事だったようなので、改めて座り直した。
そこでまずアーデルとクリムドアが頭を下げた。
「皆、すまなかったね。あれは私とクリムドアが原因で起きたことなんだ」
「事情が事情だけにオフィーリアにも話してなかった。皆を巻き込んで本当にすまないと思ってる」
パペットは無表情、ブラッドは思案顔だが、オフィーリアだけは慌てた感じになって頭をあげるように言っている。
「謝罪は分かりました。なら事情とやらを教えてもらってもいいですか? そもそもお二人はどういう関係なんです?」
「簡単に言うとクリムは未来から来た竜なんだよ。ばあさんが作った魔道具が世界を滅亡させるみたいでね。それを止めるために来たんだ」
そんな話を聞かされて、ああなるほど、と言える人間はいない。
だが、真面目な顔で説明しているアーデルに思うところがあったのか、全員がその先を促した。
アーデルとクリムドアはこれまであったことを説明する。
未来で世界が滅亡すること、勘違いでアーデルと未来に送ってしまったこと、未来から戻って来たアーデルはクリムドアと魔道具の回収をしていること、それを説明した。
「にわかには信じられないが……ならさっきの奴が時の守護者、歴史を守っている番人ということか?」
ブラッドの言葉にクリムドアが頷く。
「だが、未来で倒したのだろう? いや、倒したのは未来だから過去にはいるって話なのか……?」
アーデルも同じ疑問を持っていた。そういう理由なのかとクリムドアを見ると、首を振って否定していた。
「違う。時の守護者に我々の時間は関係ない。歴史が変わろうとしている時間軸に現れるんだ。相手は神に近い存在なんだ。アーデルなら殺すことができるが、それはあくまでも一時的。また歴史が変わりそうになれば、いつでも、それにどこにでも出て来るだろう」
分かるような分からないような答えだが、クリムドアもうまく説明できないと言った。ただ、時の守護者にも明確な秩序があって、いつでもどこでも「出てくる」ということはできないらしい。
その秩序で良く言われているのが「未来が確定しそうなとき」とのことだった。
「おそらくだが、アーデルが魔道具に触ったことで未来が確定しそうだったのだろう。未来でも俺を縛る鎖を破壊したことで顕現したのだが、それを邪魔するために時の守護者が出てきた。今回、未来の何がどう変わったのかは分からないが、時の守護者が出てきたことから考えて、滅亡が回避されたのだと思う」
「それじゃもう時の守護者は出てこないってことですか? それに世界が滅亡するのもなくなった……?」
オフィーリアの言葉にクリムドアは首を横に振る。
「可能性の一つが消えたというだけで、他の可能性がある。全ての可能性を潰さない限り世界は滅亡するだろうな。そして未来が変わる行動を起こすたびに時の守護者と戦うことになる」
「ええぇ……? なら何をやっても駄目なんじゃ……? 可能性っていうなら、魔道具を回収しても滅亡の可能性はあるってことになりません?」
「そこは未来で調べたから問題ない。滅亡の因果は先代アーデルが作った魔道具だ。それをすべて破壊するか回収すれば滅亡は起きない」
本当に、と言いたそうな顔のオフィーリアだが、それを見たクリムドアは改めて口を開く。
「この世界とは別の場所に『アーカイブ』と呼ばれるものがある。それは世界のすべてが書かれている本らしい」
「なんだい、いきなり?」
アーデルがそう言うと、クリムドアは「まあ、聞いてくれ」と言った。
「過去から未来、全ての事象、あらゆる情報がそこには載っていて、それを読むことは世界の真理に触れることらしい。私の生みの親でもある竜の神がその一部を見ることができた」
「うさんくさいね」
「竜の神になんてことを言うんだ。そもそも時渡りの魔法を作れたのもその本で見た知識のおかげだぞ。とはいえ、竜の神でもほんの一部しか見ることはできなかったらしいが。それに未来では私を過去へ送るために時の守護者に殺されてしまったよ……まあ、それは関係ない話だな。つまり、私が言いたいことは魔道具さえ何とかすれば滅亡は必ず回避できるということだ」
アーカイブという本に関してはかなり怪しいが、時渡りの魔法がそこからの知識だというならそういう物が実際にあるのかもしれないとアーデルは考えた。
それに先代のアーデルがそんなことを言っていたことを思い出す。
「ばあさんもそんな研究をしていたような気がするね。全ての知識が書かれた本だと言っていたような……?」
「たぶん同じものだと思う。膨大な知識の量に人間は見ただけで死が訪れると言われているけどな」
「面白いね。少しだけでも見てみたいよ」
そこで話は終わったが、クリムドアは全員を見渡した。
「さて、事情は話した。信じるか信じないかは任せるが、皆はどうする? 私達と一緒に世界を救うか、それとも関りを絶つかという話なのだが」
その言葉にオフィーリアとブラッド、そしてパペットは顔を見合わせた。