ゴーレムとの交渉
アーデル達はゴーレムであるパペットに案内されて工房へと足を踏み入れた。
工房は外見通りかなり広い。壁による仕切りがまったくなく、住居と人形の工房が一緒になっていた。
アーデル達はパペットに勧められてテーブルについたのだが、そこから工房の中をほぼすべて見ることができた。
工房には大量の人形やゴーレムらしきものが置かれており、中央に見える台には作りかけの人形もあった。
パペットはアーデル達にお茶を出してから、玄関先でばらまいた紙吹雪を掃除している。
それを見ていたオフィーリアはアーデルの方を見て笑顔になった。ただ顔は笑顔だが、目だけは疑いの眼差しだ。
「ゴーレムって嘘ですよね?」
「いや、本当だよ。あれほど精巧なゴーレムを作れるだけでも相当なもんだが、驚くべきところは自律型ってことさ。自分で考えて動けるんだ。そんなのばあさんにも作れなかったよ」
アーデルは感心したようにそう言ってパペットを見ている。
その答えに納得いかないのがオフィーリアだ。
「ブラッドさんは知ってたんですか?」
「いや、私も初めて知った。前回来た時も人間だと思っていたんだ。確かに無表情すぎるし、話し方も独特だったがゴーレムだと夢にも思わない」
「ですよね」
オフィーリア達はまだ信じていないようだが、アーデルはそんなことよりも、クリムドアの言葉を思い出していた。
事情は不明だが、自分は未来でパペットと敵対した。何がきっかけになったのか分からない以上、余計なことはしない方がいいのだが、そのあたりの情報が全くないのだ。
アーデルはちらりとクリムドアの方を見る。
クリムドアの方もパペットがゴーレムだったことは知らなかったようで、驚いた表情を見せつつ、ずっと凝視しているようだった。
掃除が終わったパペットが器具を棚にしまうと近寄ってきた。
「お待たせしました。なにか私にお話があるとか。紙吹雪を装填しながらでもいいですか?」
「あの! パペットさんはゴーレムで間違いないんでしょうか!? 人間と言ってください!」
「人間」
「ほら! やっぱりパペットさんは人間ですよ!」
「いえ、ゴーレムです。控えめに言って最高傑作」
「どこかで聞いた言葉ですね……でも、さっき人間って言ったじゃないですか!」
「『人間と言ってください』と言われましたので」
「……そう言う意味じゃないですよ!」
「オフィーリアは落ち着きなよ。パペットはゴーレムで間違いないよ。魔力の流れで分かる」
人には魔力がある。大小の違いはあるが、それは個人を特定できると言ってもいいほどでアーデルには流れが見えるのだ。
普通の人なら体全体から魔力がにじみ出るような感じだが、ゴーレムの場合は特定の場所からしか魔力を感じない。店にいた亜空間が施されたゴーレムも頭と胸の部分だけから魔力を感じることができた。
ただ、目の前のパペットからは頭はもとより、腕や足、あらゆるところから強さが異なる魔力が感じられて普通の人ならあり得ない。
「私をゴーレムと見破ったのはアーデルさんが初めてです。まだまだ改良の余地がありますね」
「もしかして自分でやってるのかい?」
「はい。私を作ってくれたご主人様は亡くなりましたので。それ以降はすべて私が自分でやってます。褒めてもいいですよ?」
「すごいじゃないか。自分を改良できるのもそうだが、人の死を理解しているってところがすごいよ」
「えっへん」
パペットはそう言って胸を逸らす。無表情でそれをされてもシュールなだけだが、ゴーレムと思えば微笑ましい。
「気分が良くなりました。ところでお話とはなんでしょう?」
「ああ、それなんだけど、ばあさん――魔の森に住んでいた魔女アーデルから借りている魔道具があるはずなんだ。借りたのはパペットの主人なんだが知らないかい?」
「アーデル様の魔道具ですね。はい、知っています。本人が取りに来たら渡すようにと命令を受けています」
「なんだ、なら話は早いね。返してもらいに来たよ」
アーデルの言葉に、パペットは首を横に傾けた。
「貴方はアーデル様ではないですよね?」
「……なんだって?」
「私はアーデル様本人に返すようにとご主人様に厳命されています。貴方にお返しすることはできません」
アーデルとクリムドアは「これか」と心の中で同時に思った。アーデルは先代のアーデルという名前は受け継いでも本人ではないのだ。
もしアーデルがここへ一人で来たのならそんな事情は知らないと言って奪っていく可能性が高い。それがパペットと敵対する理由だったのだろう。
とりあえず説得を試みようと口を開く。
「ばあさん――つまりアンタの言うアーデルはもう亡くなっているんだ。死を理解できるなら本人には返せないことは分かっているだろう? 私はその代理みたいなものなんだが、それでもダメなのかい?」
「ダメです。そういう条件ではありません。本人が取りに来たら返す。それが条件です」
「融通が利かないね……」
「ご主人様の命令は絶対です。ゴーレムの鑑と褒めてくれてもいいですよ?」
「それは褒められないね」
「がーん」
パペットはそう言いながら無表情のまま両手で自分の頭を左右から押さえるようにした。先ほどは微笑ましいことだと思えたが、これにはイラっとする。
どうしたものかと悩んでいると、クリムドアが口を開いた。
「なら、どういう条件なら返してもらえるだろうか? 先代のアーデルはもう亡くなった。本人が取りに来れないなら永遠に返せない。なら結果的に主人の意図に逆らうことになるのでは?」
「ご主人様の意図に逆らう?」
「そう。返せないは、返さないと同じだろう。つまり盗むということだ。それはパペット殿の主人も望んではいないはず。主人の命令から正しい意図を汲み取るのが真のゴーレムというものだぞ?」
「真のゴーレム……!」
口からでまかせと言ってもいい内容ではあるが、パペットの琴線に触れたようで、無表情ながらも「真のゴーレム」という言葉を繰り返している。
アーデルはクリムドアなら詐欺師にもなれるのだろうなと思いつつ、パペットの言葉を待つ。
「アーデル様は魔の森に住んでいました。亡くなっているのなら、そこまで行って墓を確認します。確認できたら墓に置いてきます。それでどうでしょう?」
「まあ、それでも構わないけどね。でも、一旦戻るのか、結構かかっちまうね……」
ここから魔の森まで戻るなら一週間以上はかかる。他にも回収するべき魔道具があるので結構手間だ。飛べば一飛びだが、さすがにゴーレムを抱えて飛びたくはない。
そんなことを考えていると、パペットが口を開いた。
「お願いがあるのですが」
「お願い?」
「さっき言ったことはやりますが、魔道具をもうしばらく貸してもらえませんか? 実は借りている魔道具を手本にして別の魔道具を作成中なのですが、まだ完成していません。それが上手く行くまでお借りしたいのですが」
アーデルは考える。
このゴーレムは魔道具を盗もうと考えているわけではなく、あくまでも主人の命令に従っているだけだ。それに延長というのも研究のため。嘘をつくという考えはまったくないだろう。
しっかり管理されているなら回収は後でもいい。今から魔の森へ戻るのも面倒というのもあるので、それでも問題ないかと思い始めた。
ただ、確認しておきたいことはある。
「貸すのはいいよ。魔道具はばあさんの物だが、私がそれくらいの許可を出しても問題ないだろう」
「ありがとうございます。アーデルさん、最高」
「無表情で言われても嬉しくないね……それはそれとして、実物があるのを確認したいんだが、見せてもらうのはいいかい?」
「はい。今、取り出します」
パペットはそう言って何もない場所に手を出すと、その手首が消えた。亜空間に手を入れたのだ
そこからランプのような外見の物が出てきた。密閉されたガラスの中では紫色の炎のようなものが不規則に揺らいでいる。
「周囲の魔力を吸収し永遠に燃え続けるランプ。これをお借りしたとご主人様は言ってました。メラメラが素敵です」
「見たのは始めてだけど、たしかにそれだね。ばあさんの物かどうか確認したいんだが触ってもいいかい? いきなり奪ったりしないから安心しな」
「どうぞ」
パペットはそう言って魔道具をテーブルの上に置く。
アーデルは魔道具を解析する魔法を使うためにそれに触った。
その瞬間、工房全体が軋んだ。レンガにひびが入るような音があちこちからする。
「え? え? な、なんです? 地震じゃないですよね?」
オフィーリアがそんな怯えた声を出すと、台に置かれて作成中だった人形から雷のようなものが発生し、周囲の人形を貫いた。
そして雷に貫かれた人形が台の上に集まり始めた。
全員が驚く中、クリムドアが叫ぶ。
「まずい! アーデル! 時の守護者だ! この時代に出て来るぞ!」
「なんだって……?」
クリムドアの言葉に驚くアーデル。
そして大量の人形が巨大な一体のゴーレムの様になって動き始めた。