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人形師の弟子

 

 アーデル達は町を出て、人形師の工房へ向かっている。


 追加の報酬として人形師の情報を聞いたのだが、それなら案内するとブラッドが言ったのだ。町をでてから歩いて三十分ほどの場所だというので全員が徒歩だ。


 最初は馬車を出すという提案があったが、手続きに時間が掛かるということで取りやめになった。そもそも歩いて三十分程度のところへ馬車を使ってどうするんだという意見がオフィーリアからあったと言うのもある。


 今日は天気も良く、風はさわやか。お昼前の運動ということで、アーデル達は散歩がてらに歩いていた。


「ブラッドさんは今回が初仕事だったんですか? というかあの交渉は仕事扱いなんですか?」


 オフィーリアが何の遠慮もなくブラッドにそう聞いた。


 ブラッドの父親はそんなことを言っていた。アーデルとしては大して興味がないことだが、交渉をして家まで連れてきたというだけで仕事なのかと少々疑問に思う。


「初仕事といって間違いないだろうな。商品を扱うだけではなく、人材や情報を扱うことも商売のうちだ。商人を名乗るならそう考えろという話だったと思う」


「でも、ブラッドさんは結構な年齢ですよね?」


「ああ、数年前までは冒険者として頑張っていたんだが、怪我をして戻ってきたんだ。もう冒険者はできないから、商人として一から出直している最中でね」


「そういう事でしたか……すみません、余計なことを聞いてしまって……」


「気にしないでくれ。もう完全に吹っ切っている。三年近くかかったが」


 ブラッドはそう言って笑った。


 冒険者。一般的にはそう言われているが、簡単に言えば何でも屋だ。


 昔は遺跡やダンジョン、それに未踏領地への探索がメインで、そこから冒険者と呼ばれるようになったが、最近は家の掃除から魔物の討伐まで何でもやる。


 家を継ぐようなこともなく働き口もないような人が一攫千金を夢見て冒険者になることが多い。


 商人ギルドの様に冒険者ギルドというのもあり、そこへ持ち込まれる依頼をこなすことが主な仕事になる。特殊な技能を必要としない依頼が多く、誰もがお金を稼げるので人気はある。


 それに一攫千金がないわけでもなく、遺跡やダンジョンで珍しい物を見つければ一生遊んで暮らせるお金も手に入るので、やりたいという人は後を絶たない。


 そんな仕事をブラッドはやっていたということになる。


 オフィーリアはブラッドを結構な年齢と言ったが、それはアーデル達から見た場合だ。まだまだ若く、冒険者としてはこれからというところで諦めるのは、結構な怪我で治る見込みがないのだろうとアーデルは推測した。


 それにも関わらずブラッドからは悲壮感を感じず、未練もなさそうだった。


「商人ギルドではすまなかった。冒険者ギルドだとああいうのが日常茶飯事だったので、ついあの頃の癖が出てしまった」


「いや、もう気にしちゃいないよ。それよりもこの道でいいのかい?」


「大丈夫だ。ただ、店でも言ったが向かっているのは工房だ。それに人形師はすでに亡くなっているのだが……」


「構わないよ。でも、一度くらいは話をしてみたかったね。あの魔法陣はかなり良かったよ。あれを数十年前に構築したっていうなら、さぞかし名のある人だったんだろうね」


 追加の報酬を頼んだ時、ブラッドはかなり困った顔をしていた。


 どうしたのか聞いてみると、その人形師は数年前に亡くなっており、町の外れにある人形の工房には弟子が一人だけいるとの話だった。


 アーデルとしては先代のアーデル並みの魔法陣を構築できる人物に期待していたのだが、それだけは残念に思った。ただ、魔道具を返しに来ないのはそう言う理由なのかと納得した部分もある。


「俺の――私の印象だとただの変わり者だったな。子供の頃、祖父と一緒に工房へ行ったことがあるんだが、正直何を言っているのか分からないことが多いし、人形の話ばかりだった」


「何かを極めようとする人はそんなもんさ。ばあさんもそうだったよ。未だに何の魔法の研究をしていたのか分からない物もあるからね」


 アーデルはそんなことを言いながら上機嫌で歩いている。


 ようやく半分というところで、クリムドアがアーデルに近づいた。


「ちょっといいか?」


「どうかしたのかい?」


 クリムドアはオフィーリアとブラッドを気にしているようだった。ブラッドはともかく、オフィーリアにも警戒してるということは未来の話である可能性が高い。


 いつかはオフィーリアにも事情を説明しようと考えてはいるのだが、今はタイミングを図っている最中だ。なので、アーデルとクリムドアは歩きながらも少しだけ二人から遅れるように歩く。


 オフィーリアとブラッドは冒険者ギルドの話をしているので、こちらに注意が向いていない。


 離れてはいるが、アーデル達は小さな声で話を始めた。


「実はアーデルと敵対していた奴のことを思い出したんだが」


「……オフィーリア以外にもいたのかい?」


「何人もいる。たぶん、無茶な魔道具の回収をした結果だと思うぞ」


「オフィーリアは勘違いが濃厚じゃないか……まあ、いいよ。で、なんでこのタイミングで思い出したんだい?」


「人形師という言葉から少し引っかかってはいたんだが、アーデルと敵対した相手にそのまま人形師と呼ばれる奴がいたんだ。名前はパペット」


「パペット……?」


「実際にそういう名前だったのかは誰にも分からない。経歴不明でどこの誰なのかも分からないんだ。ただ、アーデルと戦っていたという話とパペットと呼ばれていたことが残っている。それとアーデルを倒すために手段を選ばなかった奴だという情報があった。戦いに巻き込まれた街もあったそうだ」


「まったく面倒だね。それでなんで私と戦ってたんだい?」


「分からん。オフィーリアの時のような復讐という話もないとされている。それにオフィーリアがアーデルを倒したという話が伝わってから、パペットも消えるようにいなくなったらしい」


「大事なところが何も分からないじゃないか」


「俺からしたら二千年前の話なんだよ。細かい情報が残っているわけないだろ。それにアーデルがいなかった世界ではパペットという奴自体が歴史の表舞台に出てこない」


「ということは、この先の工房に――でも、亡くなっているんだろう?」


「弟子がいるって話だからな。もしかしたらそいつがパペットなのかもしれない」


 アーデルは腕を組みながら頭を傾けて歩く。


「もしかしてばあさんの魔道具を持っていくことに怒ってたってことかい?」


「可能性はあるな。だが、それはアーデルが一人だったときの話だ。今は俺達がいる。だから下手に出て穏便に返してもらおう」


「貸してるのはこっちなのに、穏便に済ませるために下手に出るのかい……面倒だねぇ」


「のちに余計な手間が掛かるのが分かっているなら、そうした方がいいに決まってる。まあ、この先にいるのがパペットと決まったわけじゃないけどな――お、あれじゃないか?」


 クリムドアの視線の先をアーデルも見る。


 そこには煙突から煙が出ている家があった。茶色のレンガ造りで住宅としては大きすぎるほどだが、人形を作る工房というならこんなものだろうと勝手に納得した。


 家の入口に付くと、ブラッドが家の扉をノックした。


「ブラッドです。ゴーレムの件でお伝えしたいことがあるのですが」


 ブラッドは一度ここへ来たことがあり、人形師の弟子と話したことがある。人形師の作ったゴーレムの亜空間なら弟子が何とかできるかと思ってのことだ。


 だが、それはできないと断られた経緯がある。


 家の中からガタガタと音がしている。それが近づいてきて扉が開いた。


 扉を開けたのは身長が180cmはありそうな女性だった。アーデルも背は高い方だが、それよりも頭一つ分は大きい。


 見た目は金髪碧眼で髪は肩にかかるかどうかの長さだが、手入れがされていないのかぼさぼさの状態だった。


 ちょうど人形を作っていたのか、白いシャツの腕をまくり、茶色のズボンをはいて黒いエプロンを付けている。そして首にはゴーグルが掛けられ、手にはハンマーがあった。


 服はもとより顔も煤かなにかで汚れているので、人形を作るというよりも鍛冶師のほうが合っているような風貌だ。


「ゴーレムがどうしました?」


「ええ、なんとか亜空間から契約書を取り出すことができまして、その報告に」


「驚きました。あの亜空間を開けられたのですね」


 驚いたと言ってはいるが、顔は全く驚いておらず、声もずっと一本調子だ。感情がないと言ってもいい。


「こちらにいるアーデルさんのおかげです」


 ブラッドがそう言ってアーデルへ視線を向けると、女性も同じように視線を向けた。ただ、その目には何の感情も無い。


 逆にアーデルの目は見開いていた。


「こりゃ、驚いたね」


「なにがでしょう?」


 女性が表情を変えずに首を傾けてそう聞いた。


「アンタ、ゴーレムだろう? 人間にそっくりじゃないか。それに会話ができるなんて相当だよ」


 その場に居る全員が驚く中、女性は首をこくんと縦に振った。


「はい。言葉や表情はまだ勉強中ですが、ゴーレムの中では最高傑作だと自負しています。自分で言うのもなんですが、私、すごいです。もっと褒め称えてください」


 そう言ってゴーレムは持っていたハンマーを床に落としてから両手をあげてバンザイのポーズを取る。その後、指先からパン、パンと軽く破裂音がして紙吹雪が舞った。


 その紙吹雪の中に何か書かれている紙がいくつかあり、アーデルはその一枚を掴んだ。


 そこには「パペットすごい」とカラフルな色で書かれていた。


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