ゴーレムと人形師
ゴーレムとは魔力で動く人形みたいなもの。
そこに意思はなく、命令を忠実にこなすだけで魂はないと言われている。忠実にこなすと入っても複雑なことはできず、命令は一つか二つ、それも簡単な内容でなければできない。
動くだけなら形はなんでもいいのだが、汎用性を考えて人型であることが多い。やらせることによっては特化型の変な形にすることもある。
材質はなんでもよく、木でも石でも金属でも構わない。ただ、魔力を通すという性質上、それに耐えられるだけの強度が必要になり、やらせることによっては相当な硬さを持つ金属でなければ意味がないこともある。
ゴーレムには色々と可能性があり、動かすための魔法陣は相当古くからあるものだが、いまだに研究が盛んだった。
これがアーデルの知っているゴーレムの情報だ。
そしてアーデルはかなり興奮していた。自分には思いもつかない使い方なので、目を輝かせてゴーレムを見ているのだ。
年季の入った木製のゴーレムだが、魔力は正しく循環しており、現在でも動くゴーレムだった。顔が精巧に作られていて、服もちゃんと着ているので、遠目には人に見えるだろうとアーデルは思った。
「こういうのは人間の中じゃ一般的なのかい? ばあさんもこんなのは作ってなかったからちょっと驚いたんだけどね」
アーデルの言葉にブラッドの父親は首を横に振った。
「かなり特殊だろう。少なくとも一般的ではない。父は人形集めが道楽で人形師に資金を提供していたのだが、その人形師が作った物だ」
「人形師?」
「人形を作る人といえばいいだろうか。人にそっくりな人形を作ることに生涯を捧げているような人物で少々変わり者だが父とは気が合ったようだな」
「……ちょっと気になるね。でも、それは後にしようか。それじゃ調べさせてもらうよ」
アーデルはそう言ってゴーレムに近づく。だが、それをブラッドが止めた。
「ま、待った。家族以外が近づくと攻撃してくるんだ。今、アーデルさんを近づいても問題ない人物だと命令するから――」
「いらないよ」
アーデルはそう言って右手を開き、ゴーレムの頭にかざした。右手に現れた手のひらサイズの魔法陣が青く輝くと、ゴーレムの顔がアーデルの方へ向く。
「……いい子だね。私は敵じゃないよ。アンタの主人の家族に頼まれたんだ。ちょっと体を調べさせてもらうよ」
その言葉を聞いたゴーレムはゆっくりと立ち上がってそのまま動かなくなった。
「え、な、なにを……?」
ブラッドもそうだが、この場にいる全員が驚く。
「ゴーレムを動かしている魔法陣に直接話しかけたんだよ。色々と複雑な術式だけどこれを作った奴はなかなかやるじゃないか」
アーデルは嬉しそうにそう言ってゴーレムに近づいた。そしてまたゴーレムの頭に手のひらをかざす。今度は先ほどとは違う魔法陣が現れて、それを胸元や腰、そして足へと動かしていった。
何をしているのかは分からないが、何かを調べているのだろうと全員が何も言わずに待つ。
「ゴーレムを動かす魔法陣を邪魔しないように亜空間の魔法陣を構築したのか。さぞ名のある魔法使いなんだろうね……さて、アンタの亜空間から物を取り出すよ」
アーデルはそう言ってゴーレムの胸元に手を伸ばした。すると、胸に当たる前にアーデルの手首が消える。
ブラッドと父親はその光景に驚くが、アーデルは手探りをしているかのようにもぞもぞと腕を動かしていた。
「ずいぶんと多いね。とりあえず中にある物を全部出すよ。どれがどれだか分からないからね」
アーデルはそう言って手を引くと、手首が消えていた場所から色々なものが溢れ出してきた。
書類もあれば金貨や宝石などもあり、どれだけ入っていたんだというほど色々なものが出てくる。中には小さな人形や本まであった。
そして最後に金貨が一枚だけ落ちて、それ以降は何も出てこなくなった。
「これで終わりだよ。契約書とやらがあるかどうか確認しておくれ」
「あ、ああ! すぐに調べる!」
ブラッドがそう言ってすぐに父親の方へ視線を向ける。父親の方は呆然としていたが、ブラッドに声を掛けられて慌てたように調べ始めた。
そんな状況の中、オフィーリアは亜空間から出て来た物を見て唸っていた。
「どうしたんだい?」
「これだけ金貨があるなら十五枚は安すぎましたね。知ってたら二百枚ってふっかけたのになぁ……記憶に自信がないんですけど、私、二百枚って言ってませんでしたっけ? 言ってましたよね?」
「最初に言ったのは二十枚だね。そこから下がって十五枚になったよ」
「やっぱりそうですか……過去に戻りたい!」
オフィーリアの冗談なのか本気なのか分からない叫びに、アーデルもクリムドアも心の中でちょっと笑った。今は過去に戻ることはできないが、できるといえばできるからだ。たとえできてもそんなことで時渡りの魔法は使わないが。
「あまり強欲になるんじゃないよ。良くは知らないけど、金貨は銀貨よりも価値があるんだろう? あの露天街の串焼きをたくさん買えるじゃないか」
「あそこで金貨だしたら商品どころか店ごと買えますけどね。商人さんを雇うお金なのでそんなことはしませんが。でも、今日の料理は豪勢にします。それこそ王族並みに。今日はパンにバター塗りますよ!」
「それは王族並みの贅沢なのかい?」
残念ながら誰も王族の贅沢を知らないので、何が贅沢なのかを話し合うことになった。
それから数分後、ブラッドの父親が「これだ!」と大きな声を出した。手には何かの書類が握られている。
そしてすぐにアーデルの方へ近寄って頭を下げた。
「ありがとう、アーデルさん、諦めていたのだが助かったよ!」
「良かったじゃないか。でも、報酬も忘れるんじゃないよ。出すのはブラッドだろうけどね」
「ああ、もちろんだ。それにこの契約書以外にも色々と取り出してくれて感謝しているよ。ブラッドの分とは別に報酬を用意しよう――ブラッド!」
「は、はい」
「よくやった。私はこれから契約書の対応を進めるので、アーデルさん達にしっかりと報酬を支払うのだぞ。これはお前の初仕事みたいなものだからな」
「分かりました」
ブラッドの父親は頷くと、またアーデルの方を見た。
「では、アーデルさん、それにお二方、申し訳ないが契約書の対応があるのでここで失礼させてもらうよ」
「忙しいね。まあ、事情は何となく分かっているから気にしないでいいよ」
アーデルがそう言うと、ブラッドの父親は笑顔で頭を下げてから部屋を出て行った。
そしてブラッドが近寄って来て頭を下げた。
「ありがとう、アーデルさん。おかげで助かった」
「別に大したことはしてないよ。ただ、追加の報酬として教えて欲しいことがあるんだけどね」
「なんだろうか? 私が知っている事ならなんでも教えるが」
「このゴーレムを作った人形師とやらがどこに住んでいるか教えてくれないかい? たぶん、ばあさんが魔道具を貸していた相手なんだよ」
アーデルがそう言うと、クリムドアとオフィーリアは驚いた顔になっていた。