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事情と交渉

 

 アーデル達の前には先ほど割り込みをした男がいる。そして昨日、スリを捕まえた女性かと聞かれた。


 面倒なことに巻き込まれそうではあるが、ここでとぼけたところで意味がある様には思えないのでアーデルはすぐに頷いた。


「そうだけど何か用なのかい?」


「スリの亜空間から財布を取り出したと聞いたのだが本当だろうか?」


「間違いないね。スリが作った亜空間から取り出したんだよ。ほかの財布が出て来たのはついでみたいなもんだけどね」


 アーデルがそう言うと、男は真剣な顔でアーデルに近づいた。


「ぜひ! ぜひ、その力を貸してもらいたい!」


 声のトーンが大きくなり、周囲にいる人達は何事だと見るが、そんなことはまったく気にしていないのか、男はずっとアーデルを見つめている。


「ちょっと離れな。それに落ち着きなよ。さっきもそうだけど、アンタ、随分と周りが見えていないね。そんな大きな声を出されたらびっくりするだろう?」


「あ、こ、これは申し訳ない。昔から落ち着けと言われているのだが、なかなか直らずこんな歳になってしまった……」


「アンタの歳なんか知らないけど、それは直そうと思っていないだけだよ。そしてさっきの力を貸して欲しいって話だけどね、答えは嫌だ、だよ。アンタに力を貸す理由がないね」


「そ、そこをなんとかお願いできないだろうか……」


「そもそも初対面だし、何をするかも分かってない。しかも割り込んだ相手に頭を下げただけで力を貸して貰おうなんて、おとといきやがれとしか言えないよ。だいたい、アンタ、さっきから自分の都合だけじゃないか」


 男はそれを聞くとがっくりと肩を落とした。


 こちらが悪者になったような気がするほどの落ち込み様だ。


 話は終わった。アーデルはそう思ったのだが、オフィーリアが口を開く。


「あの、アーデルさん、お話くらいは聞いてみませんか?」


「それはどういう意図だい? 私達にはやることがあるじゃないか。それよりもこの男の話を優先するのかい?」


「私の推測でしかないんですけど、この人ってお金持ちっぽいんですよね」


 オフィーリアの説明では男性の着ている服がちゃんと仕立てられた服ということだった。服は既製品が一般的で仕立服というのは貴族とか大商会のお金持ちくらいしか着ないということだった。


 アーデルは男の服に視線を向ける。


 やや暗いグレーで統一感のある服。羽織っているマントも似たような色でバランスはいい。身体は以外と引き締まっているようだが、そのサイズに合っている。


 全身をグレーで固めればかなり胡散臭い姿になるのだが、仕立てがいいのか、そんな感じはしない。そして普通の人が着ている服の布地よりもいい物のように思えた。


 言われてみると確かにお金を持っている気がするが、それと話を聞く理由がアーデルにはよく分からない。


「服がいいものなのは分かったよ。でも、それがなんだい?」


「何をするのかは知りませんけど、お願いを聞けば、がっぽりと報酬が貰えますよ!」


「がっぽり……?」


「たくさんって意味です。お金ががっぽり!」


「……つまりお金をたくさん貰って、行商人の依頼料にするってことかい?」


「大正解! それにもしかしたら、この人に行商人の伝手があるかもしれませんよ。私の見立てでは商人さんだと思いますが、いかがですか?」


「あ、ああ、まだ見習いでしかないが一応商人だ。その、話を聞いてくれるのだろうか?」


 面倒くさい。これがアーデルの気持ちだ。とはいえ、今のところ行商人を村に送るいい手はない。オフィーリアの言う通り、目の前の男になんらかの伝手がある、もしくは結構なお金が貰える可能性があるなら聞くくらいはいいかと思えた。


 念のためクリムドアに視線を向けると、同じ意見なのかクリムドアは頷いた。


「分かったよ。とりあえず話してみな」


「か、感謝する!」


「まだ受けるとは言ってないよ。話を聞くだけだから勘違いすんじゃないよ。それ以前にアンタ、名前はなんていうんだい? ちなみに私はアーデル、こっちはオフィーリアで、そっちはクリムだ」


「アーデル……? 魔女様と同じ名前か。ああ、名前だな。私はブラッドだ。よろしく頼む」


 ブラッドはそう言って頭を下げた。


 オフィーリアが椅子に座る様に促すと、ブラッドは椅子に座った。そして事情を説明する。


 ブラッドはとある商会の三男で、一年前ほど前に商会を立ち上げた祖父が亡くなった。いわゆる寿命でそこに問題はない。商会を引き継ぐのもブラッドの父がしっかりと受け継いだのでそこも問題はなかった。


 そう思っていたのだが、最近になって問題があることが判明した。それは祖父が使っていた魔道具が影響している。


 その魔道具は亜空間をつくる魔道具で祖父にしか使えない。中身を取り出せないままずっと放置されていたが、その中に大事な契約書が入っていることが判明した。大事なものだったので別管理だったのだ。


 契約書がないと次の期間の更新ができず、契約が終わってしまうとのことだった。そして更新日がすぐ近くに迫っているらしい。


「その契約は商会でも結構な額の取引なので更新されないと大打撃だ。今は兄達もそれぞれの伝手を使ってなんとかしようと駆けずり回っているところでね」


「ええと、つまり、アーデルさんにその魔道具から契約書を取り出して欲しいって話ですか?」


「まさにその通りだ」


 ブラッドはそう答えた後に、アーデルに視線を向けた。


「どうだろうか、アーデルさん。貴方は他人の亜空間から中身を取り出した。魔道具からでも取り出せるのではないかと期待して探していたんだ」


「その魔道具を見てみないとなんとも言えないけど、できると思うよ」


「本当か!?」


「だから声が大きいんだよ」


「す、すまん。どうしても興奮すると声が大きくなってしまってな。それに視野も狭くなる。君達のような若い女性の前で恥ずかしい限りだ……」


「アーデル、ちょっといいか?」


 クリムドアがそう言って話に割り込む。


「なんだい?」


「気になったんだが、その魔道具は先代のアーデルが貸し出した物なのか?」


 先代アーデルが残した魔道具を回収する。それがアーデルとクリムドアの目的だ。そしてこの町にはアーデルが貸した魔道具がある。偶然ではあるが、回収予定の魔道具だとクリムドアには思えた。


 だが、アーデルは首を横に振る。


「いや、この町にあるのはそういう魔道具じゃないよ。普通に出回っている物だろうね。もし、ばあさんが作った魔道具だったら、お手上げだね。解析に何十年も掛かっちまうよ」


「そうなのか。ならどうする?」


 どうする。その依頼を受けるかどうかという話だ。


 大した手間ではない。見ればすぐに取り出せる。人助けなんて柄ではないが、それで報酬が貰えるなら行商人を村に送ることができるかもしれない。なら断る理由もないだろう。


「そういうことなら――」


「報酬はどれくらいですか?」


 アーデルが受けると言う前にオフィーリアが笑顔でそう言った。やや悪い笑みと言ってもいい。


「金貨十枚でどうだろうか?」


 金銭価値がよく分からないアーデルとしては高いのか安いのか分からないが、オフィーリアは「やれやれ」と言った感じで首を横に振った。


「こんなことができるなんてアーデルさんくらいなんですよ? その倍は貰わないと」


「ば、倍!? い、いや、さすがにそれは……」


「残念です。私達も忙しいし、さっき割り込まれたそうになったし、これでも破格なんですけどねー」


「い、いや、しかし、倍は……十二枚ならどうだろうか?」


「私も悪魔じゃありません。十九枚でどうでしょう? お値引き価格ですよ!」


 オフィーリアとブラッドのやり取りが続く。二人がなにかを言う度にアーデルとクリムドアは言葉を発した方へ首を向くので周囲から見ると面白い状況になっていた。


 そして数分後、話がまとまった。


「では金貨十五枚と、村に行く行商人の紹介、そしてその依頼料を払う形でいいですね?」


「……甘んじて受けよう」


 ブラッドがそう言うと、オフィーリアは右腕を高く上げてガッツポーズをした。


「よく知らないけど交渉で商人が素人に負けていいのかい?」


 アーデルとしては文句を付けようがない結果だが、ちょっとだけブラッドが可哀そうに思えた。


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