商人ギルド
朝食を終えたアーデル達は商人ギルドがある場所を目指した。
アーデルは知らなかったが、各地には多くのギルド――同業者の組合があり、商人ギルドでは行商人を依頼できるとのことだった。
普段から村と懇意にしている行商人がいるのだが、今回はなぜか遅れている。砦が破壊されるなどの事情もあったわけだが、アーデルは別の理由も考えていた。
「もしかしたら砦にいた隊長とグルだったんじゃないかい?」
可能性の話でしかないが、行商人は村が大変なことになるのを知っていたのではないかということだ。すでに村に人がいないことを知っているという推測だ。
商人は信頼が第一。とくに理由もなく商人ギルドへ持ち込まれた依頼を放棄することは今後の活動に支障が出る。オフィーリアとしてはそれを信じたくないが事情確認は必要だとは思えた。
商人ギルドへ到着すると、アーデルは驚いていた。
結構な大きさの建物だったからだ。少なくともこの町で見たどの建物よりも大きい。人の出入りも多く、露天街並みの賑わいだった。
アーデル達がその建物に入ると一階は巨大な食堂の様になっていた。いくつものテーブルと椅子が並び、奥にはカウンターがあって十人くらいの女性が受付をしている。
それだけの受付がいるのにも関わらず、一つの受付に何人も並んでいるようで、依頼をするなら時間が掛かりそうだった。
「最後尾に並ぶんだね? 本で読んだことがあるよ」
「そうですね。横入りはご法度ですよ。でも、こういう列に並ぶときはよく見極めることが重要なんです」
「短い列に並べばいいんじゃないかい?」
「それは素人」
いきなり素人呼ばわりされてアーデルとしては驚くが、何かあるのかとオフィーリアの言葉に耳を傾ける。
「列がどれだけの早さで進むのかも大事な要素ですよ。それに極端に人が少ないところはなにか時間のかかるやり取りをしている可能性が高いです……あそこがいいですね」
オフィーリアはそう言いながら一番長い列を指さした。
「長蛇の列にも関わらず、沢山の人がそこへ並びます。そして列が動くのも早い。おそらくベテランの受付嬢さんがやっているのかと」
「そんなもんかい。ならそこに並ぼうじゃないか」
「あと並んで待つときにおしゃべりするのが醍醐味なんです。アーデルさんはどんな服が好みです? 色々終わったら仕立て屋さんに突撃しますから参考までに教えてください」
「なんだいいきなり。好みなんてないよ。でも、色は黒がいいね」
「却下します」
「……私が着る服にオフィーリアの許可はいらないと思うんだけどね?」
「可愛く着飾りましょうよー、クリムさんもそう思いますよね?」
「女性の服に意見してはならないと教わったんだが……まあ、言わせてもらえば、アーデルは綺麗な黒髪だからな。真っ黒なのはあれだが、黒をベースに白や……そうだな、瞳の色と同じルビーのような赤の模様が入った服がいいと思うが――どうした?」
アーデルはそっぽを向き、オフィーリアは目をキラキラさせながらクリムドアを見ている。
「そういうことを素で言えるのは驚きです。服の話をしていたのに、ちょこちょことアーデルさんを褒めるなんて。それは上級テクニックですよ。もしかして竜界隈では結構モテてました?」
「いや、テクニックじゃなくて、本心なんだが――うお! 何をする!」
アーデルがパンチを繰り出した。まだあまり形になっていないのでクリムドアは簡単に躱す。
「私が着る服は私が決めるんだから余計なことは言わなくていいんだよ」
「もー、こういう時は微笑んで受け流すくらいじゃないとダメですよ。女は褒められて綺麗になるんですからね。ちなみに私は武力で男達に言わせてきました」
「……オフィーリアがあの村に派遣されたのは、そういうのが理由なんじゃないかい?」
そんな話をしながらも、オフィーリアの予測通り、並んだ列は他のどこよりも早く進む。
そしてアーデル達の番になった。
「いらっしゃいませ。本日はどのような――」
受付の女性が笑顔でそう言ったところで、アーデル達の前に若い男が割り込んだ。
「急ぎで対応して欲しいことがあるんだが」
あまりにも堂々とした割り込みに、周囲はもとより、オフィーリアや受付の女性もびっくりしていた。
「待ちなよ。横入りはダメだろう? ちゃんと並びな」
アーデルがそう言うと、男は慌てた感じでアーデルの方を振り向き、頭を下げた。
「あ、こ、これは申し訳ない。だが、譲ってくれないだろうか。本当に急ぎの案件なんだ」
「先にそれを言うべきだったね。割り込んでから言っても意味はないよ。ほら、最後尾に並びな」
「なっ!」
アーデルは念動の魔法で男を最後尾まで移動させた。見えない力で動かされて男は驚くが周囲も驚いていた。
「さて、依頼をしてもいいかい?」
驚いていた受付の女性はすぐ笑顔になる。驚いてはいるのだろうが、それを感じさせない対応にアーデルは好感を覚えた。
周囲はざわついていたが、オフィーリアが受付の女性と色々と話を始めた。
そこで判明したのは、いつも村に来る行商人が病気を患ったという話だった。それに結構な歳で引退も考えているらしい。
本来なら代理を立てるのだが、あの村へ好んで行く行商人が見つからず、対応が遅れているとのことで、受付の女性に深く頭を下げられた。
ギルドに依頼したことなので、職務の怠慢だと怒ることも可能だが、そもそも依頼料金が少なく、対応が遅れている事情が破壊された砦の影響だと言われれば強くは出れない。
受付嬢の提案としては、依頼料を増やすか、ギルドが紹介する商人と直接交渉する手があるとのことだった。ギルドを通さずに商人と契約することも可能だが、詐欺の可能性もあるので、それはお勧めしないと言っている。
アーデル達は受付嬢に考えてみると伝えた後、空いているテーブルについて話をすることにした。
「何をするにも金が必要なんだね」
「そうですね。今ではお金が神だという人もいますよ」
「お金を信仰しているってことかい? まあ、そういう奴がいても問題はないだろうけど、どうするんだい?」
「依頼料をこれ以上出すのは厳しいと思います。一回や二回は払えてもずっとは難しいでしょうから。前の行商人さんは薬草の支払いでもやってくれてたんですけどね」
希少な薬草だったとしても、村長達やオフィーリアが集めただけならそこまでは集まらなかっただろう。それを考えると、病気になった行商人はかなり破格の値段で引き受けていた可能性がある。
アーデルは隊長とグルじゃないかと言ったことに心の中で詫びた。
「ならメイディー殿にコネがないか確認を――」
クリムドアがそう言いかけて止まる。
テーブルの近くに先ほど割り込んだ男が近づいてきたのだ。
「なんだい? やり返そうって言うなら相手になるよ?」
アーデルはそう言ったが、男の方は真剣な顔をしてからアーデルに頭を下げた。
「さっきは本当に申し訳ない! 失礼を承知で聞かせてほしいのだが、昨日、露天街でスリを捕まえた女性で間違いないだろうか!?」
それは間違いないのだが、何やら面倒なことに巻き込まれそうだなと、アーデル達は全員が同じ思考になった。