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旅の仲間と名前

 

 教会へ行った翌日、アーデルは目を覚ましたときから上機嫌だった。


 メイディーから先代アーデルの話を聞けたことが大きい。自分の想像通りのアーデルがその友人であるメイディーから語られたというのもある。


 ただ、完璧だったというわけではない。若い頃の話にはウォルスの話も含まれていた。しかも二人はお似合いだったという話だ。


 それにメイディーはウォルスを殴っていいと言ったが、話を聞いてあげて欲しいとも言っていた。有無を言わさず殴るのはダメということだ。


「ウォルスは誰とも結婚せずにいるのですよ」


 今は老人だし顔もいい方ではない。それでも四英雄の一人として、そして国の聖騎士団団長として、周辺国ににらみを利かせていたのは間違いなくウォルスだった。


 そんなウォルスには多くの求婚があったという。だが、そのすべてを断り、女遊びもしない。アーデルと別れた後もずっと一人のままだという。


 アーデルへの謝罪、もしくはアーデルと何かしらの約束があったのではないかとメイディーは言っていた。


 気に入らない男がどうしようもないクズだったのなら最高だろう。何のためらいもなく殴れる。ウォルスもそういう奴だと思っていたので、アーデルとしては少しだけ出鼻を挫かれた。だが、どんな理由があったとしてもぶん殴るという気持ちは薄れてない。


 魔法を使うのは得意だが殴るのは下手だ。アーデルはベッドから降りると、腰の入ったパンチをいつでも繰り出せるように練習をする。メイディーから教わったことを思い出しながら、こうか? こうか? と何度もパンチを繰り出した。


 そうしているとクリムドアやオフィーリアも目を覚ました。最初はボケっとアーデルがパンチをする姿を見ていたが、徐々に呆れた顔になり、特に何も言わずに準備を始め、朝食を食べようと一緒に食堂へと向かった。


 テーブルについて食事を頼んだのだが、クリムドアとオフィーリアは難しい顔をしていた。


「朝からなんだい? 無理に明るくしろとは言わないが、昨日のことでショックを受けてるのかい?」


 メイディーとの話はアーデルにとって有意義だったが、それ以外にも話があった。落ち込んでいるわけではなさそうだが、色々とあったので困惑しているのだ。


「私はショックを受けているわけじゃないですよ。むしろ嬉しい感じでして。ただ、しばらく村へ戻れないのがちょっと心配かなって」


 オフィーリアはこの町ですることが終わったら村へ戻る予定だった。そしてアーデルは魔道具の回収やウォルスを殴る理由で王都方面へと向かう予定だ。


 この町でお別れだと残念に思っていたが、メイディーがこう言ったのだ。


「オフィーリアは神官の修行としてアーデルさんについて行きなさい」


 オフィーリアとしては嬉しい結果だが、村に残っている村長達としばらく会えなくなるのは寂しい。いつかは帰るだろうが、それが半年後なのか一年後なのか、それとも数年なのか分からないのだ。


 そして心配なことはもう一つある。


 メイディーがオフィーリアの代わりにその村へ行くと言ったのだ。


「余生をアーデルのそばで過ごすのも悪くないわ。いつか森の奥にあるアーデルが住んでいた場所へも行ってみたいわね」


 アーデルはそれを聞いて「その時は案内してやるよ」と喜んだほどだ。


 昨日は承諾してしまったが、よくよく考えると村がお年寄りばかりで大丈夫かなと心配しているのだ。


「心配しなくても大丈夫だよ。あの村には水の精霊を召喚しておいたし、メイディーは強いじゃないか。森から魔物が来たって平気さ」


「まあ、そうなんですけどね」


「村の皆にはあとで成長したオフィーリアを見せてやればいいんだよ」


「いいことを言いますね! よーし、色々なところへ行って人として成長しますよ! メイディー様に殴り方も教えてもらいましたし……でも、アーデルさんは良かったんですか、私が一緒で」


 アーデルとしても最初はどうしたものかと迷った。だが、メイディーの言葉で連れて行くことを決めた。


「私はアーデルと一緒に魔の森へ行くことができなかったの。止めることも一緒にいてあげることもできなかった。その代わりと言うわけじゃないけど、オフィーリアはお友達のアーデルさんとできるだけ一緒にいてあげて欲しいのよ」


 アーデルは相当な強さを持っている魔女ではあるが、まだ若く、正しい判断ができるかどうかは分からない。そんなとき、オフィーリアが一緒に考えて、より良い答えを出してあげて欲しいとも言った。


 クリムドアもいるが、同年代や、同性の意見も大事だという話だ。


 アーデルとしてもそう言われると断りにくい。それ以前にオフィーリアのことは気に入っているので一緒に旅をするは楽しそうだと思えたので了承した。


 だが、それを言う程、アーデルは素直ではない。


「オフィーリアは料理が上手いからね。それに料理を習ってる最中じゃないか」


「アーデルさんはツンデレのツン寄りですね。私がいなきゃヤダとか言ってくれてもいいのに」


「……知らない単語を言われても困るんだけどね、なんとなく後悔したほうがいいとは思ったよ。まあ、ならオフィーリアの方はとくに問題はなさそうだね。問題はこっちか」


 クリムドアはあまり会話に入ってこないが、いつにも増してしゃべらない。


 アーデルとオフィーリアが見つめても、それに気づくことなく何かを考えているようだった。


「クリムド――クリムさん、大丈夫ですか?」


 オフィーリアがそう尋ねると、クリムドアは「大丈夫」と頷いた。


「ただの偶然だとは思うが、色々と気になることがあってな。そうそう、さっきは危なかったが、これからはクリムと呼んでくれ。名前もクリムに変えるつもりだ」


「そこまでする必要があるのかい?」


「念のためな。知っている人は少ないようだが、この時代ではいい名前でないことが分かった。あえて危険な名前を名乗る必要はないだろう」


「同じ名前の奴なんてどこにでもいると思うけどね」


 昨日、クリムドアが名乗ると、メイディーはかなり驚いた顔になった。


 その理由は簡単だ。


 アーデル達が数十年前に倒した魔族の王が同じ名前なのだ。


「魔族の王――皆は魔王クリムドアと言っていたわ。この人が魔族を率いて戦争を起こしたの。そしてアーデルに倒されて、今ではその名前を消そうとしているわね」


 魔王クリムドアの名前は魔族も含めて禁忌とされており、それを口にする者は少ない。歴史から抹殺しようとしているのか、魔族の持つあらゆる文献から消されているとのことだった。


 今の若い人達は知らないだろうが、一部の年寄りは覚えているし、何かのきっかけで知っている人もいる。名乗るときは気を付けた方がいいとのことだった。


「名前は大切なものだが、いらない火種は作りたくない。まあ、クリムだけでもいい名前だろ?」


「愛称じゃなくて普通の名前になっちまったじゃないか。なんだか特別感がないね」


「なんだ、もしかして特別感が薄れるのが嫌だったのか?」


「寝言は寝て言いな。それともまだ寝てんのかい?」


「まあまあ、いいじゃないですか。愛称じゃなくとも友達なら特別感がありますよ。ちなみに私は昔、フィーと呼ばれていました」


「……それは分かったけど、なんだい、その期待した目は?」


 オフィーリアはアーデルに向かってキラキラとした目を向けている。


「愛称で呼んでくれてもいいんですよ? むしろ推奨――いえ、友達なら愛称が当然です! さあ! 言ってください!」


「強制されると言いたくなくなるね。アンタはオフィーリアでいいよ」


「そんなぁ」


「照れてんだよ、アーデルは」


「うるさいよ。クリムじゃなくてトカゲって言っちまうよ?」


「なるほど、照れ隠しですか。分かりました。その照れが無くなるほど仲良くなれればいいと。言ってくれた日は記念日にするのでいつでも言ってくださいね!」


「やっぱり村に帰ってくれないかい?」


 アーデルは魔道具回収の旅に面倒なのがまた増えたと思いつつも、にぎやかな食事は悪くないと運ばれてきた料理を美味しそうに食べるのだった。


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