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終わった世界

 

 アーデルは一ヵ月ほど世界を見て回った。


 草木のない荒れ果てた大地に雷と豪雨をもたらす黒い雲。そのせいか、この世界には人間も魔族もエルフもドワーフも、さらには獣人や魔物もおらず、生物と呼べるものに出会うことはなかった。


 食料や水になる物もない。降る雨は触るとしびれるような痛みを感じ、海は紫色の泥で埋め尽くされ、魔の森だった場所は木の根だったと思われるものが地面から出ている程度。


 それぞれの種族が集まっていた場所に文明の名残のような建物は発見できたが、原型をとどめていない。人工物があったのではないかと思える程度の朽ち果てた遺跡だけだった。


 天使や悪魔、精霊などはまだいるかもしれないと召喚しようとしたが呼びかけには応じなかった。信仰や畏怖、そして喜びや恐怖という人の想いや感情がなければそれらも存在できないことが証明されただけだ。


 どこまで行っても不毛の地。地獄の方がもっといいところではないかと思えるほどの虚無。希望はもとより絶望もなく、すでに終わっている何もない世界。


 アーデルの感想はそれだった。


「どうしたものかね……」


 魔法で作った亜空間に水も食料もあるが持ったとしても一年ほど。その間に水と食料を見つけなければ、アーデルといえども生きてはいけない。


 水は魔法で作ることもできるが、魔力が無限に湧くわけではない。食事によるエネルギーを魔力に変換して魔法という事象を起こすのだから、食べる物は必須だ。


 死ぬのは構わないが、あのトカゲに負けたままというのは気に食わない。アーデルはそんなことを思いながら、寝床にしている洞窟へと向かった。


 洞窟に入り、ローブに付いた雨を払い、焚き火を起こしてから岩に腰かける。そして世界地図を取り出した。


 人間の国や魔族の国、そしてドワーフの国にバツ印が描かれている。


 アーデルは羽ペンを取り出して、エルフの国にバツ印をつけた。国家と呼ばれる場所へはあらかた足を運んだが誰もいなかった。建造物の風化の具合からおそらく千年以上の年月が経っているだろうと推測している。


「あのトカゲは一体何年先まで飛ばしたんだろうね?」


 アーデルはそう言いながら、地図のとある場所を見た。


 神々が住むという霊峰。信仰がなくなったので神も存在しないだろうが、行ってみる価値はある。明日はそこへ行こうと早めに休むことにした。




 翌朝――太陽は見えないがおそらく朝と思われる時間に洞窟を出て目的地まで飛んだ。


 流石は霊峰というべきか、黒い雲のさらに上に頂上があるようだった。アーデルは躊躇することなく黒い雲の中へと入る。


 雲の中は乱気流。さらには痛みを感じる雨と当たれば死んでしまう雷。普通の人なら十秒も持たずに死が訪れる。そんな場所をアーデルは結界を張った状態で上へ上へと向かって飛んだ。


(これは自然現象なのかい? どう見ても魔法だと思うんだが……?)


 明らかに侵入を拒んでいる雲の中をアーデルは進む。


 そうすること五分。ようやく黒い雲を抜けた。


 太陽でも拝めるかと思っていたが、その期待は裏切られた。皆既日食が起きているような太陽で普通の光のほかに、黒い光を放っているのだ。さらにはその黒い光がアーデルの結界を浸食するように中へと入ってくる。


「なんだいありゃ?」


 結界への魔力を増やし浸食を止めてから黒い太陽を見た。分析するまでもなく危険なものと分かる。浴びていたらどんな物も死に絶えるだろう。


 この光を見ているだけでも危険だと判断してすぐに太陽から目を逸らした。


 ふと、この黒い雲はあの黒い光をさえぎるための物ではないかと思い始めた。ならばこの黒い雲の結界を張った誰かがいるはず。アーデルはそう思って霊峰の頂上へ視線を向けた。


 建造物らしきものがある。


 そう思った瞬間にアーデルはすぐにそこへと向かった。


 白い大理石でできた神殿のような建造物。それが霊峰の頂上にあった。


 広さは一キロ四方で、高さは百メートルと言ったところだが、特筆するべきは大きさではなく造られた時代。どう見ても最近建てられたかのように新しい。そして黒い太陽の光を浴びていても浸食されている様子はない。


 ここには人がいるのかもしれないと、入口らしきところから中へと入った。


 外観の大きさに似合わず、大人が一人程度しか通れない狭い通路がずっと続く。青白い壁が光源になっているようで暗くはない。そのまま無機質な通路を百メートルほど歩くと、先に巨大な空間があるのが分かった。


 そこへ足を踏み入れた瞬間、アーデルは笑みを浮かべた。


「こんなところで何をしてんだい?」


 そこにはアーデルを未来へ飛ばした竜がいた。


 ただ、姿はそのままでも普通の状態ではない。部屋の四方八方から巨大な鎖が竜に巻き付いており、宙づりにされているのだ。


 死んでいるかのように動かなかった竜がゆっくりと目を開けた。


「アーデル……」


 今にも生命活動が止まりそうな声で竜はそう言った。


「ここは未来なんだね? 私にとっては一ヵ月前の話だが一体どこまで飛ばしたんだい?」


「お前なら、ここに来られると思っていた……」


「相変わらず会話をしない奴だね。まあ、トカゲなら仕方ないだろうけどね」


 皮肉で言ったのだが、竜は何の反応も示さない。その反応にアーデルは眉をひそめる。


 アーデルは亜空間から椅子を取り出して、そこに座り足を組んだ。右腕を椅子の背もたれの後ろへと回し、背もたれに体重を預けるようにして座った。行儀の良い座り方ではないが、行儀を良くする理由もない。


 そのまま宙づりの竜を見上げる。


「アンタ、そろそろ死ぬのかい?」


「ああ、死ぬだろうな……」


「ならその前に言っておきな。なんで私を未来に飛ばしたんだい? 大体あれから何年経った?」


「ここはお前のいた時代から二千年後だ……」


「二千年後? 想像もできないね」


「お前に聞いておきたいことがある……」


「飛ばした理由を聞いていないよ。それを先に言いな」


「……お前が作り出した魔道具が世界を滅ぼすからだ……」


「面白いことを言うね――いや、アンタ、未来から来ていたのか。いいさ、信じてやるからまずは全部言いな」


 竜はアーデルに語る。


 アーデルが作り出した多くの魔道具――魔力を込めるだけで様々な魔法が使える道具が大きな戦争を引き起こし、世界を再生不能な状況へと追い込んだ。それがアーデルのいた時代から二千年後。


 それを防ぐためには過去に戻ってアーデルを殺すしかない。わずかに生き残った人や竜達が長い年月をかけて作り出した時渡りの魔法を使って真紅の鱗を持つ竜を送り込んだ。


 そして魔の森に住む魔女アーデルを歴史から消した――はずだった。


「分からない……」


「説明したアンタが分からないってなんだい?」


「お前をここへ送ったことで滅亡は回避される。そう思っていたのだが、それは間違っていた……」


「間違っていた?」


「滅亡が早まった……二千年後に滅亡する世界がたった五百年で滅んだ。なぜだ……?」


「それは私に聞いてんのかい? 答えてやってもいいがショックで死ぬんじゃないよ?」


「理由が分かるのか……?」


「もちろんさ。簡単に言えば人違いだよ」


「人、違い……?」


「私の名前は確かにアーデルだが、魔道具を作って人に貸していたのは私を育ててくれたばあさんの方さ。私は名前を受け継いだだけだよ」


 アーデルの言葉に竜は目を見開く。ショックを受けるなと言われてもそれは無理な話だろう。


「馬鹿な……!」


「それはアンタから説明を聞いたときに思った私の感想さ。まあ、二千年も先の未来じゃ私やばあさんのことを詳しく知らなくても仕方ないだろうけどね。そもそも人里離れた魔の森で暮らしていたんだし、正確な情報なんて残っちゃいないさ」


「だ、だが、そうだとしても予定より早く滅亡する理由にはならんぞ!」


「憶測でしかないが、私がばあさんの魔道具を回収してしようとしてたからかもしれないね」


「なんだと?」


「世界中に広まったばあさんの魔道具を回収しようとしてたんだよ。あれはくれてやったものではなく、貸してやったものだからね。でも、私は未来に飛ばされて回収できなくなったから滅亡が早まったわけだ」


「なら俺は……!」


「余計なことをしたわけだね。そういえば、私のことを滅亡の魔女と言っていたね? アンタが滅亡のトカゲって名乗ったらどうだい?」


 アーデルはそう言って笑う。


 真紅の竜はしばらく呆けていたが、笑っているアーデルを睨んだ。死にかけていたとは思えないほどの怒りがその目から溢れている。


 視線だけで人を殺せそうなほどだが、アーデルはなんでもないようにその目を真っ向から受けた。


「なんだい、その目は? 私は被害者だよ。アンタに睨まれる筋合いは砂糖の一粒ほどもないんだがね?」


「確かにお前に怒りを向けるのは筋違いだ! だが、世界が滅んだんだぞ! なぜ笑っていられる!」


「笑うしかないだろうに。それともなにかい? アンタは悪くないと慰めて欲しいのかい?」


「貴様……!」


 先ほどまで死にそうな感じの竜だったが、今は全身から怒りが溢れている。繋がれている鎖がジャラジャラと音を立て今にも引きちぎれそうだった。


「おー、いいね。それだけ元気なんだからまだ死ぬんじゃないよ」


「……なに?」


「アンタは時渡りの魔法が使えるんだろう? ならもう一度やり直せばいいさ。それをせずになんでこんなところにいるんだい?」


 竜から怒りは消え、首がうなだれる。


「歴史を変えるのは簡単ではない。たとえ時渡りができたとしても、些細な事ならともかく絶対的に決まっている歴史には強制力が働く」


「もっと分かりやすくいいなよ。何を言っているんだかさっぱりだ」


 竜はアーデルに説明する。


 過去から未来まで歴史はすでに決まっているという考えがある。たとえ過去に戻り歴史を変えようとしても何かしらの力が働き、歴史は変えられない。


 それは竜がいた時代に「歴史の強制力」と言われていた。


「それはおかしいだろう? 二千年後に滅ぶ世界が五百年で滅んだ。ちゃんと歴史は変わったじゃないか」


「二千年が五百年になったところで、世界が滅亡することは変わらない。人から見たら長い年月だろうが、歴史――あるいは神の視点から見たら些細なことだ」


「神から見て、ねぇ。ならアンタがここで生きているのも些細なことなのかい? 世界の滅亡が早まったのならアンタは生まれないとか時渡りの魔法が完成しないとか、時の逆説が発生するはずだがね?」


 タイムパラドックスと言われる時の逆説。


 時渡りの魔法を使い過去の自分を殺してしまったら、自分は死んでいたことになる。死んでいたのなら自分に未来はなく時渡りの魔法で過去に戻ることはない。そうなると、未来から来た自分に殺されることもなくなる。そんな矛盾。


 これが発生すると因果律――すべての結果には原因があるという秩序、これに矛盾が生まれ世界が消滅するとも言われている。


「博識だな……」


「ばあさんの受け売りさ。時渡りの魔法を作れない理由だったらしいが、その説は間違っていたのかね?」


「過去に戻った時点で私の因果律は失われたのだろう。それに、たとえ時の逆説が発生したとしても、たかが生命体一つの矛盾のために世界が消滅するようなことはないのだろうな。もしくは神の視点では事象の一つに過ぎないのかもしれん。それともここは私のいた世界とは似ているだけの別次元という可能性も――」


「難しいことを言うんじゃないよ。要は神の視点なら矛盾ではないってことだろう? まあいいさ、私達には結果が全てだからね。なら、最初の質問に戻ろうか――いや、アンタがここにいるのは、その歴史の強制力とやらが理由かい?」


 竜は悔しそうに頷く。


「その通りだ。今の私に時渡りの魔法は使えない。この忌々しい鎖が私の魔力や行動を制限している」


「確かにずいぶんと複雑な術式だ。解除するのは大変だろうね。でも、私にとってはそうでもないよ」


 アーデルは右手を鎖にかざす。一瞬だけ手のひらに小さな魔法陣が現れると、鎖の一つが弾け飛んだ。


「うお!」


 鎖の一本がなくなったことで竜はバランスを崩す。そして驚きの顔でアーデルを見た。


「床に柔らかい物を敷くほどやさしくはないから、自分でなんとかしな」


 そう言って残りの鎖も破壊する。すべてが破壊されたところで竜は大きな音を立てて床に落ちた。


 その直後、竜はアーデルに向かって飛び掛かった。


「伏せろ!」


 アーデルは障壁の魔法で防ごうとしたが、その言葉を聞いて椅子から転げ落ちるようにして竜の攻撃を躱した。


 竜はアーデルに飛び掛かったのではなく、その後ろにいた何かに体当たりをしていた。


 それはボロボロのマントを羽織った骸骨。巨大な鎌をもち、死神というイメージが一番近い。アーデルを背後からその鎌で攻撃していたようで竜が飛び出さなければ斬られていただろう。


 その死神は竜の体当たりで後方に飛ばされていたが、特に気にするわけでもなくアーデルの方へ顔を向けている。眼球はないが、目の部分には青白い炎のようなものが揺らいでいて、それがアーデルを見つめていた。


「なんだい、ありゃ?」


 竜はアーデルを守る様に立ち塞がった。


「時の守護者、歴史の番人、タイムキーパー……俺のいた時代ではそんな風に言われていた」


「歴史の強制力ってのが具現化した存在かい?」


「話が早くて助かる。俺を鎖で縛ったのもコイツだ。俺が解放されたから出てきたのだろう……いや、俺よりもお前を脅威とみなしたようだな」


 アーデルは死神を見ながら立ち上がる。そしてホコリを払うようにローブの膝あたりをはたいた。


「最近は喧嘩を売られることが多いね」


 そう言ったアーデルの身体から大量の魔力が溢れ出す。その魔力量に驚いたのか、死神は持っていた鎌を構えて戦闘態勢をとった。


「ばあさんが言っていたよ、売られた喧嘩は買えってね。遺言を考えておきな。もう死んでいるのかもしれないが一応聞いてやるよ」


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