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有意義な一日

 

 アーデルは眉間にしわを寄せてクッキーを貪り食べている。


 メイディーはそんなアーデルを見ながら新しい紅茶を用意した。


 アーデルはそれをひったくる様にして紅茶をがぶ飲みする。味わっていない。単に口の中の物を胃に流し込んでいるだけだ。


 しばらくそれが続いたが、クッキーが無くなって落ち着いたのか、アーデルはゆっくりと紅茶を飲んだ。


「アーデルのために怒ってくれているのね」


 メイディーはそう言って柔らかな笑顔を向ける。


「ばあさんのためじゃないさ。そのウォルスって奴が気に入らないだけだよ。詳しい事情は知らない。でも、ばあさんはあの森で一人、ずっとウォルスを待ってた。いつか迎えに来てくれることをずっと待ってたのさ」


 アーデルはそう言ってもう一度紅茶を飲んだ。そして息を吐くと普段からは想像できない程の悲しげな顔をした。


「万に一つ、もしかしたら億に一つの可能性だったかもしれないが、ばあさんは家の扉をウォルスがノックしてくれるのを待ってたんだよ。でも、やってくるのはばあさんの力を当てにした奴らばかり。そういう日は必ず寝る前に指輪を眺めていたよ。ウォルスから貰ったものだったらしいが、そんなもんは捨てちまいなって何度も言いたかったね」


「あの子がウォルスを嫌いになることなんてないわ。たとえ報われなくてもずっと待ちたかったのよ」


 アーデルは少しだけ目を細めてメイディーを見た。


「さっきから気になってたんだが、もしかしてばあさんのことを知っているのかい?」


「そうね。私は友人だと思っていたけど、アーデルはどう思っていたのかは知らないわ。あのころ、私は王都にいたの。たまたま教会に来たアーデルに会ってよく話をするようになったわ。でも、貴方が私のことを知らないならアーデルは友人だとは思ってなかったようね」


「……名前は知らないが、友人が一人いるとは言ってたよ。美味いクッキーを作れて、紅茶にこだわりがある奴だって言ってたことがある」


「まあ……! それが私なら嬉しいのだけど……他には何か言ってなかったかしら?」


「他に? たしか、魔の森へ行くのを最後まで引き留めてくれたって言ってたような気がするね」


 メイディーは目をつぶって両手を握る様にして胸元へ持っていく。目じりには少しだけ涙があった。


「あらあら、おばあちゃんになると涙もろくなるわね。それは私のことで間違いないと思うわ。名前は言ってくれなかったみたいだけど、友人だと思ってくれていたのならこんなに嬉しいことはない……」


「メイディー様……」


 オフィーリアが立ち上がってメイディーの横に立ち、背中と肩に手を添えた。


 メイディーは大丈夫という感じで肩に置かれたオフィーリアの手をポンポンと軽く叩く。


 そんな二人を見て毒気が抜けたのか、アーデルから怒りが消えた。そして心を落ち着かせるためか紅茶をもう一口、ゆっくりと飲む。


「名前は言ってなかったけどね、ばあさんはアンタの話をするときはいつも嬉しそうだったよ。確か怒らせると怖いとも言ってたんだが、全くそんな風には見えないね」


 アーデルがそう言うと、オフィーリアが震えだした。


「そ、それは正しいと思います……メイディー様は若い頃、それはもう悪魔のようだったと――」


「オフィーリア?」


「ナ、ナンデモアリマセン!」


 オフィーリアはそう言って直立不動の姿勢をとる。


 メイディーはそんなオフィーリアに微笑みかけた。


「それこそ若気の至りですね。あの頃は力があればなんでもできると信じられていた時代ですから。舐められないために色々と修業をしたものです。でも――」


 メイディーはそこまで言ってから紅茶を飲んだ。そして悲しげな顔で息を吐く。


「結局、私はアーデルを止められませんでした。あの時もっと強く引き留めるべきだったとずっと後悔しています。そうすればアーデルには違う未来があったんじゃないかって……」


「違う未来? そうか、違う未来か……」


 そうつぶやいたアーデルはちらりとクリムドアを見た。クリムドアはアーデルが何を考えたのか分かったが特に何も言わなかった。


「でも、そんなアーデルにもいい事があったのね」


「ばあさんにいい事があった? あんな森で一人寂しく亡くなったんだ。いい事なんてなかったさ」


「貴方がいたんでしょ、アーデルさん」


「え?」


「アーデルには貴方がいた。決して一人ぼっちではなかった。思い通りにはならない人生だっただろうけど、寂しくはなかったと思うわ」


「……そうだといいんだけどね」


「そうですよ! アーデルさんがいたじゃないですか! それに今だってアーデル様のため怒ってますからね、きっと喜んでますよ!」


 オフィーリアが満面の笑みでそう言うが、アーデルはやや呆れ顔だ。


「そういうもんかね?」


「そういうもんですよ!」


 オフィーリアはそこまで言って何かに気付いたのか、ぽんと自分の手を叩いた。


「そうだ、今度、アーデル様のために王都へ行ってウォルス様を殴りましょう!」


 その言葉にアーデルとクリムドアは目を丸くした。神に仕えているような人物が言う言葉じゃない。


「何言ってんだい? オフィーリアは結構な頻度で変なことを言うね」


「変なことなんて言ってません。こういう時は怒りを溜め込んでいても仕方ないです。それに溜め込みすぎるとアーデルさんの場合、相手をその、ぶっ殺しちゃいますからね。そんなことをしないためにも、文句をぶちまけてぶん殴ればいいんですよ!」


「個人的にはぶっ殺してやりたいんだけど」


「魔法で人を殺したら魔力が汚れるって言ってたじゃないですか。アーデルさんがそこまでする必要なんてないですし、アーデル様も望んでいないですよ。それに女神様の教えにこういうのがあります。相手が気に入らなければ、まずはぶん殴れと」


「女神をいいように使うんじゃないよ。そのうちバチが当たるよ?」


「いえ、そういう教えはありますよ。サリファ様は武闘派ですからねぇ」


 メイディーの言葉にアーデルとクリムドアが「えぇ……」という顔をする。


「オフィーリアの考えはいいですね。私もウォルスには言いたいことがいっぱいありますが、それはアーデルさんに任せましょう。紹介状を書きますから王都へ行ったらウォルスの屋敷へ行ってぶん殴ってあげなさい。相手は老人ですが私が許可します」


 アーデルは三十秒ほど止まっていたが、そのうち肩を震わせて、さらにしばらくすると椅子に座ったまま仰け反るほど笑い出した。


 一通り笑った後、笑顔でオフィーリア達を見る。


「教会で腹が痛くなるほど笑うなんてね。でも、たしかにそうだ。そんな男は殺す価値もない。ぶん殴ってやれば、ばあさんもあの世で満足するだろうさ」


「決まりですね!」


「しかし、女神様は面白いね。ちょっと入信したくなっちまったよ」


「いつでもいいですよ。今なら一日一回のお祈りで一年後には神官になれるお得なキャンペーンが――」


「本当は女神じゃなくて邪神だと言われたほうが納得できるんだがね?」


 アーデルとオフィーリアがそんな風に騒いでいるのをメイディーは優しい目で見つめていたが、新しい紅茶と作り置きのクッキーをテーブルに用意した。


「ねえ、アーデルさん。よかったらもっとアーデルのことを聞かせてもらえないかしら。魔の森へは行けなかったから彼女が何をしていたのか知っておきたいの。なんだったらお昼もご馳走しちゃうから」


「メイディー様は私よりも料理が得意ですよ。でも、残したら鉄拳制裁ですから注意してくださいね」


 アーデルは少し考える仕草をしたあとにクッキーをつまみ、口へと入れた。


「たしかにオフィーリアのクッキーよりも美味しいね。なら契約成立だ。ばあさんのことを教えてやるよ。できれば、ばあさんの若い頃も教えてほしいんだがね?」


「まあ! うふふ、なんだか今日は楽しい日になりそうね!」


 結局その日はアーデルの話ばかりになってしまい、やろうとしていたことは何も終わらない結果となったが、アーデルとしては有意義な一日となった。


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