婚約者
オフィーリアに案内された教会は小さかった。
この町の規模や建てられた家に比べるとはるかに小さく、村にあった教会とほとんど変わりがない。また、この町の家はほとんどがレンガで出来てるが、教会は木で出来ている。町の活気や裕福度と教会は全く関係ないと言わんばかりだ。
ただ、掃除が行き届いているのか庭は手入れがされていており、建物自体も綺麗だった。花も植えられていて、見た目は悪くない。
アーデル達はオフィーリアに連れられて教会へと足を踏み入れた。
木で出来た長椅子が左右均等に正面を向いて並んでおり、奥には大きな女神像が立っている。そして女神像に向かって膝立ちの状態で祈りを捧げている人がいた。
「メイディー様!」
オフィーリアは嬉しそうな声を出しながらその人物に近づく。
メイディーと呼ばれた人物は背中をむけたまま顔を少し右に向け、何も言わずに口へ人差し指を持っていく。
オフィーリアは慌てて両手で口を押さえた。そして同じように膝立ちで祈りのポーズを取る。
アーデルとクリムドアはもちろんそんなことはしないが、邪魔をするのもなんだと思い、それが終わるまでジッと待った。
一分ほど経ってから、メイディーが立ち上がった。それと同時にオフィーリアも立ち上がる。
「久しぶりですね、オフィーリア。元気でしたか?」
「元気です! メイディー様もお元気そうで何よりです」
「これもサリファ様のおかげですね」
そう言ってメイディーは微笑む。
白髪でしわが多く老齢の女性であることは間違いないのだが、その立ち振る舞いはキビキビとしており、老いを感じさせない。オフィーリアと似たような白を基調として金色の模様が描かれている神官服を着ているが、その模様が多く、位は上のように見えた。
そのメイディーはアーデルとクリムドアを見て驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になる。
「あらあら。珍しいお友達を連れているわね。もしかして入信希望者かしら?」
「いえ、二人は私の護衛みたいな方でして。まあ、友達とも言いますが」
いつの間にかオフィーリアに友達認定されていてアーデルは少し驚いたが悪い気分ではない。少々複雑な感じはしたが。
「まあまあ。あのお転婆だったオフィーリアにこんな可愛らしい女の子や魔物さんがお友達になるなんてね。女の子をいじめる男の子を殴り倒すほどだったのに……」
「あれは若気の至りって奴ですから」
「おばあちゃんの私から見たらオフィーリアはまだまだ若いんですけどねぇ」
そう言ってメイディーは優しく微笑む。そして立ち話もなんだからと奥にある部屋へとアーデル達を招いた。
特に断る理由もないので、アーデル達はその部屋へと入る。
ここで寝泊まりをしているのか、ベッドとテーブルと棚、そして料理ができるキッチンがある部屋だった。
座る様に促されて、アーデル達は椅子に座った。その後、メイディーは棚からカップを取り出すと、慣れた手つきで紅茶を用意する。それをテーブルに置いてから微笑んだ。
「こんなにお客さんが来るなんて本当に久しぶり。とっておきの紅茶だからぜひ味わって」
ゆっくりとした雰囲気を醸し出すメイディーにやや調子が狂うが、アーデルはそこまで言うならと紅茶の匂いを嗅いでから口を付ける。
確かに美味しい紅茶だった。それに香りもいい。村で村長に出された物よりは遥かに美味しいと感じられた。どこで買えるのだろうかと後で聞くことにした。
「あ、実はクッキーがあるんですよ。この紅茶に合うと思いますよ。アーデルさん、出してもらっていいですか?」
「その組み合わせはいいね。ちょっと待ちな」
アーデルはそう言って亜空間に手を入れる。
残りは僅かだ。後でオフィーリアに作ってもらおうと考えながらクッキーを皿ごとテーブルに置いた。出来立てのクッキーなので、焼けたときの香りがまだ残っており、朝食、串焼きを食べてもまだまだいけそうだった。
「メイディー様に教わったクッキーを改良して私好みにしたんですが――メイディー様?」
メイディーはアーデルを見て驚きの顔になっていた。そして目を細めてさらにアーデルを見る。
「まさか、アーデルなの? でも、貴方、亡くなったって……」
「またかい。違うよ、私はばあさんじゃない。名前はアーデルだが、名前は貰っただけさ」
「ばあさん……? ならアーデルのお孫さん?」
「それも違うよ。ばあさんに家族はいない。私は弟子みたいなものさ」
メイディーは驚きつつもアーデルを上から下まで確認した。
「もうおばあさんだから目が悪いし、昔の記憶でしかないけど、それでも若い頃のアーデルにそっくりと思えるわね。血縁者と言われても信じてしまいますよ」
「そうらしいね。でも、アンタくらいの歳なら知っているだろう? ばあさんに子孫がいるわけないんだよ」
アーデルが不機嫌そうにそう言った。
メイディーは少しだけ視線を落としてから「そうですね」と頷く。
「えっと、どういうことですか? なんでいるわけがないって……?」
オフィーリアが首をひねりながらそう尋ねる。
「貴方くらいの歳では知らないと思いますが、アーデルには婚約者がいたのですよ」
「婚約者? 結婚する相手がいたんですか? いえ、変な意味で言ったわけじゃないんですけど、初耳で……」
「ええ。当時、魔族の王を倒した後、誰もがその方と結ばれると思っていたのですが、結局結ばれることなくアーデルは一人で魔の森へ行ってしまいました」
「アンタ達がばあさんを恐れて追い出したんじゃないか」
アーデルがぶっきらぼうにそう言うと、メイディーは悲しそうな顔をして頷いた。
「その通りです。魔族の王が倒れ、これで平和になると最初は感謝していたのですが、いつの頃からかアーデルは危険だという話が広がりました。アーデルはその話を聞いて、魔の森に住むと言ったのです」
「ばあさんの優しさに感謝するんだね。いくらでもわがままを通せる強さを持っていたのに、アンタ達のことを考えて自分から人との関係を絶ったんだから」
「ええ、そうなのでしょうね。彼女は誰よりも優しかった。だからこそ、婚約者に迷惑が掛かると思って一人で森に行ってしまったのでしょう」
「メイディー殿、その婚約者というのは?」
今度はクリムドアが尋ねる。オフィーリアもそれを知りたいのかテーブルに身を乗り出している。アーデルはその名前を聞きたくないのか腕を組んで顔を背けていた。
メイディーはそんなアーデルを見つつも口を開く。
「四英雄の一人、ウォルスです。二人は幼馴染で子供の頃、結婚の約束をしていたんですよ」
アーデルは「フン!」と言ってクッキーを鷲掴みしてから口いっぱいに頬張った。そしてボリボリと雑に噛んでから紅茶で流し込むのだった。