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魔女と亜神

 

 大小異なる大量の魔法陣が球体のように魔女アーデルを取り囲んだ。


 その大きさは普段アーデルが展開する物とは異なり、かなり大きい。大体直径十メートルほどの球体なのだが、今展開されている球体はその二倍はある。


 魔女アーデルが開発した魔法陣に覆われた球体の中を完全に消滅させる魔法は、魔族の王であったクリムドアを殺したことで「魔王を殺す魔法」と言われている。


 その中心に魔女アーデルがいる。そこで魔力を魔法陣に注げば本人ごと消滅するのは作り出した本人が良く分かっているはず。にもかかわらず、魔法陣を展開した。


 アーデルとメイディーはすぐさま空を飛び、魔法陣で出来た球体の近くへと向かう。そして中心にいる魔女アーデルに向かって叫んだ。


「ばあさん!」


「ばあさんじゃないって言ってるだろうに。だが、ちゃんと見ておきな。この世界でお前がばあさんと慕った私も同じことができたはずさ」


 不敵に笑う魔女アーデル。その直後、その球体の中に別の魔法陣が作られる。それはアーデルが先ほど見た時渡りの魔法陣。そこから黒い液状の物があふれ出した。


「遅かったじゃないか」


 黒い液状のものは何らかの意思があるのか、グネグネと動き、人のような形を作る。顔の口らしき部分が動き、聞いているだけで不快な声を出した。


「何を言っているのか分からないが、アンタの怒りは伝わってくるよ。でもね……」


 魔女アーデルの想定内なのか、いまだになにもない空間から黒い液体が流れている状況でも何も恐れていない。逆に黒い液体が一瞬怯むほどの殺気が溢れた。


「怒っているのはこっちさ。アンタのつまらない野望のせいで私の人生は台無しさ。こんな私でもね、人並みの幸せが欲しいって程度の夢があった。それをアンタはものの見事に潰してくれたよ。殺されたって文句は言えないねぇ」


 そう言った魔女アーデルの魔力が膨れ上がる。亜神から奪った魔力というのもあるだろうが、それ以上に魔力の出力が大きい。


「アーデル! そんなことをしたら貴方の魂が消し飛ぶわよ! すぐにやめなさい!」


 メイディーの悲痛な声が周囲に響き渡る。その言葉は魔女アーデルに届いたが、すぐに首を横に振った。


「いいのさ、亜神に汚された魂はどうやっても浄化できなかった。なら消し飛ばすしかないだろう?」


 魔女アーデルはそう言って笑い、さらに続ける。


「でも、一人では死なないさ。この亜神、その本体を道連れに消えてやるよ――ハハハ! 止まろうとしたって無理さ。アンタが使った時渡りは一方通行、もう戻ることができない以上、ここがアンタの棺桶さ」


 魔王を殺す魔法で作られた球体に黒い液体が溜まっていく。それは全く止まらずに、すでに球体に下半分まで溜まった。


「私に出し抜かれた怒りでわざわざ本体が殺しにきたんだろう? 私の時渡りの魔法を理解せずに使うからそうなるのさ。まあ、理解する暇もないように挑発したんだが、魔力が多いだけで他人を使うことしかできないお前なら引っかかってくれると思っていたよ――ああ、ようやく分かった。アンタ、小者過ぎて神たちに見過ごされたのか」


 魔女アーデルは邪悪そうな顔で亜神の本体である黒い液体を煽る。


 その黒い液体が怒り狂うように魔女アーデルに飛びかかった。だが、寸前で動きが止まり、直後にはじけ飛んだ。


「触るんじゃないよ。私に触っていい男は昔から一人って決めてる。たとえ結ばれなくてもそれは絶対さ――さあ、それで全部だね。アンタとの長い腐れ縁もここまでだ。本当はアンタ専用の棺桶だったんだけどね、私も一緒に消えてやるから感謝しな。汚れた魂の者同士、この世界から……いや、全ての次元から消えようじゃないか」


 魔女アーデルはそう言うと魔法陣に魔力を注ぐ。その魔力量は膨大でアーデルすら命の危険を感じる濃度であり、球体の中が歪んで見えている。ただ、その魔力は完全に制御されているのか、魔法陣の球体の中だけであり、外に漏れることは一切ない。


 そして一つ魔法陣から白い光線が放たれた。


 それはゆっくりと黒い液体を貫くと、またも不快な亜神の声が響き渡った。そして反射した光がさらに亜神を貫く。


「いい声だねぇ。アンタのそんな声をずっと聞きたかった。さあ、あと何回聞かせてくれるんだい?」


 笑いながらそう言う魔女アーデル。


「ばあさん! 何を笑ってるんだ! 早く自分を守るための魔法を使いな! 本当にに死んじまう!」


「だからばあさんじゃないって何度言えば分かるんだい。アンタが慕ったばあさんというのはね、ほら、そこの墓で幸せに眠ってるよ……愛した男と一緒にね」


 凶悪な笑みを浮かべていた魔女アーデルだが、今は穏やかな笑みを浮かべている。


「別の世界を滅ぼした私はね、アンタにばあさんと呼ばれるような奴じゃないのさ。それに誰かから親友と呼ばれるほどの奴でもない。間抜けな亜神と一緒に消えるのがお似合いなのさ」


「アーデル……」


「泣くなよ、メイディー。アンタの親友はもう死んだ。私はそこで眠っている奴とは全く違う存在なんだよ」


 死の恐れすらなく、そう言って笑う魔女アーデル。狂気的なわけでもなく、絶望しているわけでもない。ただ、そうあるべきだという考えのもと、自分を囮にするようにして亜神を殺そうとしている。


 そんな状況の中、黒い液体は球体で暴れまわっている。白い光線が液体を貫くたびに不快な絶叫が響き渡り、その量が徐々に減っている。そして何度か魔女アーデルに攻撃しようとするものの、全く攻撃が届かない。


「魔力を一部でも私に奪われたのが運の尽きだね。それに今の私は自分の魂を使うほどの魔力を放出している。アンタはここで私と一緒に死ぬ運命さ、亜神とは言え、神なら最後くらいは潔く散りなよ」


 魔女アーデルがそう言ったとしても亜神の方は全く諦めていないのか、攻撃を仕掛けている。だが、その攻撃が当たることはない。


 そんな亜神を無視して魔女アーデルはアーデルの方を見た。


「最後に聞いておきたいんだが……アンタ、何者だい?」


 いきなりの質問にアーデルは驚く。


 そんな質問をしている場合じゃないだろうと思ったが、目の前にいる魔女アーデルはすでに気持ちを固めている。メイディーも今はもう何も言わず、魔法陣越しに魔女アーデルの姿を目に焼き付けようとしているだけだ。


 アーデルは少しだけ息を吐いてから答える。


「私はばあさんに育てられた弟子で――」


「そういう意味じゃなくてね、アンタの魂の話だよ。何者だい?」


「私は……何者でもないよ。ばあさんが作ったホムンクルスの身体に最初からいた魂ってだけさ。まあ、ばあさんが身体と一緒に魂を作ってくれたんだろうね」


「……魂は作れない。それは神が世界を創った時に決められていたはずだ。つまりアンタはどこかの誰かだったはずだ」


「え?」


 驚くアーデルだったが、魔女アーデルが目を細めると何かに気付いたような顔になった。


「……そうかい。ようやく納得がいったよ。アンタがやってくれたのか」


「一体、何を……」


「なんでもないさ。ただ、礼を言わせておくれよ。手紙のこともそうだが、亜神を出し抜くためのチャンスをくれたのもアンタだ。私の身体を使った亜神が瀕死になったおかげで次元を超えて操れたからね」


「だから一体何を言って――」


「なんでもないよ。さて、メイディー、そろそろ時間だから言っておきたいことがあるんだが」


「……なに? 何でも言ってちょうだい」


「私の銅像を建てるのは止めておくれよ。それはこの世界の私だって嫌がるからさ」


「……もっと気の利いたことが言えないの? 最後なのよ? もう会えないのよ……」


 メイディーはそう言うと目から涙がこぼれた。


「湿っぽいのが嫌だから笑いを取ろうとしたが駄目だったようだね……なら言っておくよ。最初で最後だから良く聞いておきな」


 魔女アーデルはそういうと深呼吸をした。


「メイディーは確かに私の親友だったよ。一方通行じゃない。私もそう思ってた」


「アーデル……」


「メイディーが作ってくれたクッキーは私の好物だった。それが食べられなくなったのが魔の森に来て一番の苦痛だったよ。ウォルスに会えないことよりもね」


「……もっとたくさん作ってあげられたのに……今からだって……」


「その権利があったのは墓で眠っているこの世界の私だよ。私はただの幻、メイディーの親友に似ているだけの魔女でしかないさ」


 球体の中は白い光線がかなりの速度となっており、今や黒い液体はほんのわずかしかない。すでに亜神の悲鳴のようなものもなくなっており、動きすらなかった。


「さて、それじゃお別れだ。達者で暮らしなよ」


「アーデル……!」


「ばあさん……」


「……私の名前を受け継いだのなら誰にも負けんじゃないよ。まあ、アンタが誰かに負けるとは思えないけどね」


 魔女アーデルはそう言って笑う。その直後に魔女アーデルは白い光に飲み込まれた。


 その後も白い光は球体の中を高速で動き回り、徐々に眩しいほどの白い光で埋め尽くされる。しばらくすると光を放つ白い球体となった魔法陣がすべて砕け散り、そこから白い粒子がアーデルの家を中心に魔の森へと落ちるのだった。


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