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親友

 

 アーデルはクリムドア達を残して、魔女アーデルが空けた穴から外へと飛んだ。


 すでに魔女アーデルの姿は見えないが、向かった場所は分かっている。アーデルはすぐさま魔の森の方へと向かう。


 飛びながら思う。他の世界から来た魔女アーデルを説得できる可能性はある。メイディーの説得やウォルスからの手紙があれば、世界を滅ぼすことを思いとどまってくれるような雰囲気はあった。


 ただ、それは可能性でしかない。


 思いとどまらずに魔女アーデルが暴れた場合はどうするべきか。戦って勝てるとは思えないし、そもそも戦いたくない。


(最悪、時渡りの魔法でどこか別の世界……遥か未来に……)


 前にアーデルがクリムドアにやられたこと。それを行う。時渡りの魔法に関してはクリムドアの魔法陣と、つい先ほど魔女アーデルが亜神を操って使った魔法陣を見た。多少の違いはあるが基本となる部分の魔法陣は構築が可能だ。


 だが、問題は魔力量。今のアーデルでは時渡りの魔法を発動させるだけの魔力が圧倒的に足りない。今更ながらクリムドアを置いてきてしまったことを後悔する。


 魔力を取り戻したクリムドアなら間違いなく使えた。だが、戻って連れてくるのは難しい。


(できるだけばあさんとの話を長引かせてクリムが来るのを待つしかないね。ただ、そもそも追ってきて欲しいなんて言ってないし、いくら待っても来ない可能性はある。それでもダメなときは……)


 魔力が足らなくとも魔法を発動させる方法はある。自分の魂そのものを使って魔法を完成させるという禁忌。ただし、使えば最後、命を落とす可能性が高い。


 昔は死ぬのが怖くなかったが今は怖い。死ぬことではなく、皆と共に生きられないことが怖い。皆の未来を見てみたいと思えるようになったら死ぬということが怖くなった。


 もちろん、それをやっても生き残る可能性はある。ただ、魔力の根源とも言える魂そのものも壊れる。辛うじて生き残ったとしても、壊れた魂では二度と魔力を扱うことはできない。


 生き残る可能性が低い上に、生き残ったとしても魔法が使えなくなった自分に何の価値があるのだろか。そんな思いがアーデルを支配する。


 だが、すぐにそんな考えは捨てた。


(私が知ってるばあさんはやったはずだ。名前を受け継いでおいて、自分にはできないなんて恥ずかしい真似ができるわけない。私はばあさんみたいになりたいんだ)


 実際のところは分からない。それはアーデルが思っている理想でしかないが、アーデルは本気でそう思っている。


(単に名前を受け継いだだけじゃない。自分はばあさんの気高い魂も受け継いだんだ)


 そう思ったらアーデルから恐怖が消える。


 アーデルは魔力の出力を上げ、さらに速度を上げて魔女アーデルがいる魔の森へと飛んだ。




 魔国の大陸から海を渡りきり、さらに東へと飛ぶ。


 雲一つない天気ではあるが、先に飛んでいる魔女アーデルはまったく見えない。


 さらに速度を上げて十五分、ようやくアーデル村が見えた。さらに魔の森にある家へ向かおうと思ったところで、村の様子がおかしいことに気付く。


 活気のある村ではあるが、今は広場にほとんどの住人が集まっているのだ。


 何かあったのかもしれないとアーデルは村の広場へ降りる。


 広場にはフロストや村長たちがいた。だが、そこにメイディーの姿はない。


「アーデルお姉ちゃん!? もう帰ってきたの?」


「その話はあとだよ。フロスト、皆はここで何をしているんだい? それにメイディーはどこに?」


「メイディー先生が皆に家に入っているように言って魔の森の方に飛んでちゃったの。だから、どうしようかって……」


 おそらくメイディーは魔女アーデルの魔力を感じたのだろうとアーデルは推測する。それを追って魔の森へ向かったのだ。


「いいかい、メイディーが言った通り、今は家に入って待ってな。絶対に魔の森へ入っちゃだめだ」


「アーデルさん、それは一体……?」


「村長、いいから聞いてくれないかい。頼むよ」


 村長は一瞬だけ驚いた顔になったが、すぐに頷く。


「分かりました。皆、聞いたな、メイディー様やアーデルさんがそう言っているなら何か危ないことが起きているかもしれない。今日は家で過ごすこと。家が心配なら教会に集まりなさい」


 村長の言葉に住民たちはすぐに行動を開始した。


「精霊さん達とゴーレムさん達を連れてくる!」


 フロストはそう言うと、広場の噴水まで走り、異様な雰囲気を感じ取っていた精霊たちや、いつも通りに巡回しているゴーレム達を教会の方へ誘導しはじめた。


 アーデルはそれを見届けると、改めて魔の森にある家の方へと飛んだ。




 歩けば時間のかかる距離でも空を飛べるなら一瞬、五分とかからずに家に着いた。そして予想通り、そこには魔女アーデルとメイディーがいた。


 アーデルが家の庭に降り立つと、二人はアーデルの方を見た。魔女アーデルは特に表情を浮かべなかったが、メイディーの方はアーデルを見て微笑む。そして魔女アーデルの方へ視線を向けると警戒するような顔になった。


「貴方、本当にアーデルなのね」


「さっきから言っているだろう。それにメイディーなら私の魔力を見れたはずだ。それともこっちの世界のメイディーはそんなこともできないのかい?」


「……本当に別の世界のアーデルなのね。でも、こっちのアーデルと変わらないわね、そのふてぶてしい感じ、懐かしいわ」


「メイディーは変わったね。ずいぶんと歳をとった。それに昔なら有無を言わせずに殴ってきたもんだけど、ずいぶんと丸くなったじゃないか」


「丸くなったんじゃない、あの頃よりもいい女になったの。でも、女性に歳のことを言うものじゃないわ。貴方だって見た目は若いけど、中身は私と同じでおばあちゃんでしょう?」


「……なるほど、確かに歳のことは言われたくないね。まあ、それはもういいさ」


 魔女アーデルはそう言うと、左手を首の後ろ辺りに当て、ゆっくりと頭を左右に振り、コキコキと首を鳴らす。


「私はそこにいる奴からここにウォルスからの手紙があると聞いたんだ。それを見せな」


「手紙……それを見てどうするの?」


 メイディーの放ったたったそれだけの言葉だが、魔女アーデルは少しだけ動揺する。それを見たメイディーはさらに続ける。


「アーデル、手紙のことはともかく、そんなに殺気を振りまいて何をしようと言うの? 魂の形は変わっていない、見た目も若返った、そこまでは許容できるけど、目に入った物をなんでも消し去ろうとする感じの殺気だけは見過ごせないわ」


「……なら、教えておこうか。私はね、目に入った物を全て破壊したいのさ。証明はできないが、別の世界は滅ぼしたよ。生物が何もいなくなった世界で暇をしてたんだが、私を使って何かをしようとしている奴がこの世界にいたんでね、そいつを使ってこっちの世界に来たわけだ」


「世界を滅ぼした……」


「事情は言わなくても分かっているだろう? 私はメイディーのことをそう思ったことはないが、そっちは私のことを親友だと言ってたじゃないか。なら私の気持ちくらい分かってくれるだろう?」


「……ええ、事情は分かるわ。それにアーデルにはそれをするだけの権利も力もある」


「さすがは親友だ。ならこの世界を滅ぼしたって構わないだろう?」


「……それは駄目よ」


「なんでだい? 事情を理解してくれたし、その権利も力もあると言ってくれたじゃないか」


「それでも間違っているからよ。間違っているならそれを止めてあげるのが親友なの」


「ずいぶんとまあ都合のいい親友だ……だけど、メイディーならそう言うだろうなとは思ってたよ。やれやれ、世界が違ってもメイディーは面倒だね」


 魔女アーデルは楽しそうにそう言う。逆にメイディーはまだ真顔だ。


「事情は分かったわ。なら最初の質問に戻るけど、手紙を見てどうするの?」


「別に何も考えていないさ。ただ、読みたいだけだよ」


「手紙を読めば、貴方のその殺気がなくなると思っていいの?」


「なんでそうなるんだい? 私は手紙を見に来ただけであって、それを見たからって何かを変えるつもりはないよ」


「なら約束して」


「約束?」


「手紙を見て、ウォルスが貴方を裏切ってなかったら世界を滅ぼすのは止めて」


 笑っていたアーデルだが、今度は真顔になる。


「ウォルスが手紙を出していたくらいで私に我慢しろって言ってのかい?」


「……ええ、そうよ」


「ずいぶんと価値がある手紙だね……でもね、そんな約束はできない。私はね、ウォルスのために五十年耐えた。亜神の奴に魂を汚染され、激しい破壊衝動に耐えながら、いつか迎えに来てくれる時をずっと待ってたんだ。確かに私の方からウォルスを突き放したし、自ら魔の森へ赴いた。面倒くさい女だとは思うけどね、それでも迎えに来てくれると信じてた。でも、ウォルスは来なかった、その結果が今なんだよ。だから、私に耐えろと言うのはお門違い。今の状況に文句があるなら、何もしなかったウォルスや神に言いな」


 アーデルがそう言うと、メイディーは首を横に振る。


「確かにウォルスは迎えにはこなかったみたいね。でも、手紙は書いていた。内容は知らないけれど、おそらく貴方を満足させてくれる内容になっているはずよ」


「知らないのによく言えたもんだ。確かにウォルスは何もしなかったとは言えないね。なら神は? メイディーが信仰している神は何もしてくれなかったよ」


 その言葉にメイディーはまたも首を横に振る。


「サリファ様は言葉をくれたわ」


「言葉? 女神の声を聞いたって言ってんのかい?」


「昔はこれでも聖女をやっていたのよ。サリファ様の言葉を聞くという大役をこなしていたわ。そしてサリファ教へではなく、私だけの神託を貰えた」


「ああ、そういえば聖女ってのはそんな感じだったね。でも、それが? その言葉は私と関係ないだろう?」


「ええ、私もアーデルには関係のない言葉だと思っていた。でも、今ならこれは貴方のための言葉だったって思える」


「……何を聞いたんだい?」


「『長生きしなさい』とだけ言われたわ」


「長生き……?」


「貴方の世界の私はどうだった? 長生きだった? それとも貴方が殺したの?」


「お前を殺すわけ――」


 魔女アーデルはそこまで言って止める。そしてばつが悪そうに顔を背けた。


「貴方の世界の私がサリファ様からの言葉を聞いたかどうかは分からないけれど、私はサリファ様の言葉通り長生きしている。それは貴方のために待っていろという意味だったと思う」


 メイディーはそう言うと、アーデルの方へ視線を向けてから微笑んだ。


「最初はね、アーデルちゃんが教会に来たときのための言葉だと思ったの……でも、違ったわね。親友であるアーデルのために長生きしろって言われていたのね。今度こそ殴ってでも止めてやれってサリファ様は言ってくれたのよ」


 それは嘘かもしれないとアーデルは思った。女神サリファはすでに亡くなっている。いつ亡くなったのかは知らないが、そんな神託を与えられる状況ではないのだ。


 ただ、メイディーがそんな嘘をつくようにも思えない。メイディーもクリムがサリファが死んだことを言った時には殴りかかろうとしていた。それは若い頃に言葉を聞いていたからかもしれない。そもそも、メイディーがそんな嘘をつくような人ではないというのがアーデルの考えだ。


 どちらにしても、アーデルはそれを否定するつもりはない。重要なのは魔女アーデルを止めること。世界の滅亡を止めてもらうことが重要だからだ。


 アーデルは固唾をのんで魔女アーデルの言葉を待った。


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