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無能な神

 

 地の奥底にある亜神の神殿、そこに別の世界にいるはずの魔女アーデルが時渡りの魔法によってやってきた。


 何をどうしたのかは不明だが、こちらの世界にいる亜神の身体を使って時渡りの魔法を完成させた。そしてそのまま亜神を倒してしまったのだが、その亜神にはほとんど興味を示さず、今の興味はアーデルの方に向いている。


 すでに自分自身でも亜神でもないと確信しているようで名前を聞かれている。だが、アーデルは言葉を発することもできずに驚きの表情で見つめたままだ。


 アーデルにとってばあさんと慕った魔女アーデルは絶対的な存在。亜神が模倣していた魔女アーデルを強いとは思ったが怖いとは思わなかった。


 ただ、目の前にいる本物の魔女アーデルに対して勝てるとは微塵も思っていない。老婆の姿であったならばなんとかなった可能性はあるが、今はアーデルと同じホムンクルスの身体を持った若い姿なのだ。


 魔力の高出力に耐えられるほどの身体とあらゆる魔法を使える知識。そしてなにより、すでにどこかの世界を滅亡させ、人を殺すことにためらいなど全く感じない雰囲気。アーデルに対して情があるならそこを突くこともできただろうが、相手は別世界の魔女アーデルであり、アーデルを知らない他人に過ぎない。


「名前を聞いたんだけどね、まさか名無しなのかい?」


 アーデルは唾を飲み込む。そして口を開いた。


「私の名前はアーデル……だよ」


「……へぇ、別人のはずなのに身体だけじゃなく名前も私と一緒なのかい?」


「育ての親である偉大な魔女のばあさんが亡くなったんでね、勝手に名前を受け継いだんだ」


「偉大な魔女……こっちの世界じゃ、私は死んだのか。アンタもホムンクルスの身体のようだけど、別の魂でも入ったのかい?」


「……そうだね。私がいたからばあさんはホムンクルスの身体に魂を移すことなかったよ。それに私を実の娘とか孫のようにかわいがってくれたね」


「こっちの私は幸せに生きたみたいだね。何が変わればここまで変わるのかねぇ」


 魔女アーデルはそう言って笑う。だが、ひとしきり笑うと、すぐに真顔になった。


「まあ、でも、結末は変わらないさ。この世界もどうせ滅ぶんだ。生きてたとしても私が殺してただろうしね」


 酷い内容であるにもかかわらず、なんということもなくそう言いのける魔女アーデル。そこに殺気や恨みがあるわけでもなく、知り合いに挨拶をする程度の言い方にアーデルは恐怖を感じた。


「ばあさん……」


「まさか私のことじゃないだろうね? 私はアンタにばあさん呼ばわりされる筋合いはないよ。それはそれとして、どうやら私のことも知っているようだし、色々な事情も分かっているようだね?」


「……この世界を滅ぼしたいと?」


「それが嫌なら私を殺しな、できるものならね」


「なんでそんなことを……」


「なんでだって? こっちの私はアンタに何も言わなかったのかい? 私はね、世界のために頑張ったってのに世界は私にやさしくなかったんだ。なら好きに生きていいだろう? それとも力を持った奴ってのはどんなに虐げられても死ぬまで耐えなくちゃいけないのかい?」


 アーデルは言葉に詰まる。


 何も知らなかった頃はアーデル自身も似たようなことを思っていたのだ。クリムドアの時渡りの魔法で世界が滅亡した場所へ行ったとき、別にこのままでいいと思った。


 正直なところ、アーデル自身もそう思っている部分がある。今は亡くなった魔女アーデルの不名誉な状況を覆そうと頑張っているだけだ。他にもオフィーリアたちのように魔女アーデルをそもそも嫌っていない人と出会い、思ったよりも世界は酷くないと理解してはいるが、それはあくまでも第三者の視点でしかなく、魔女アーデル本人ではないのだ。


 その魔女アーデルはやれやれと言う感じで大きく息を吐く。


「悲しいじゃないか。私は別に世界なんかどうでもよかった。惚れた男がどうしてもって言うから魔族の王を倒すことに付き合ってやったんだ。惚れた弱みってやつだけど、結局、その男にも裏切られた。むしろ五十年もよく耐えたと自分を褒めたいほどさ」


「……私が知ってるばあさんは世界を滅ぼさずにそのまま亡くなったよ。直前にウォルスから貰った指輪をはめて、幸せそうに亡くなったんだ。世界を滅ぼす必要なんて――」


「くだらないね。だからなんだい? 私にもそうなれと?」


 魔女アーデルはアーデルを見下すような笑みを浮かべた。


「若いってのはいいね、最後だけ幸せならそれでいいと? それに世界が違うなら私だって違うよ。こっちの世界の私が何をもって幸せを感じたのかは知らないけどね、私の幸せは世界を滅ぼすことさ。それ以外に気が晴れることがないね」


「ばあさん……」


「だからばあさんじゃないって言ってるだろ。ちなみに私が元いた世界を滅ぼした時は幸せを感じたよ。そして他の世界を滅ぼせることにも幸せを感じてるね。あとどれくらい世界を滅ぼして魔力を奪えば神を殺せるかを考えるのも幸せさ」


 魔女アーデルの言葉に嘘偽りはない。それを証明するかのように恍惚な笑みを浮かべている。


 何も言えなくなってしまったアーデルだが、そこでオフィーリアが体を半分だけ隠しながら「あ、あの!」と声を出す。


「ア、アーデルさんは神様を殺したいのでしょうか!?」


 少々上ずった声に魔女アーデルはゆっくりとオフィーリアの方へ視線を向ける。


「その恰好……サリファ教の信者かい?」


「は、はい! オフィーリアといいます! あと聖女をやってます! それにアーデルさんの親友です!」


「へぇ、聖女で親友ね。何がどうなればそうなるのか分からないけど、その勇気に免じて答えてあげるよ。その通り、私は神を殺したいんだ。世界を創っただけで何もしない無能な神をね」


「む、無能ですか……?」


「世界に亜神エイブリルという問題があったくせに放置してそのままにした神なんて無能もいいところだろう? その無能の代わりに亜神に操られた魔族の王を殺してやったのに、私にも何もしてくれなかったよ。その結果、今度は世界を滅ぼそうとする私が生まれたわけさ。無能以外になんて言えばいいんだい?」


「サリファ様は力が強すぎるので、世界に干渉することが難しいんです。だからこそ神には――」


「サリファ様は言いました、『神に頼るべからず』、だったかい? 私の知り合いがそんな風に言ってたけどね、私には無能だから何もできませんって言ってるようにしか思えないね」


 オフィーリアが何かに気付いた顔になる。


 アーデルにはその顔の理由が分かった。魔女アーデルが「私の知り合い」と言った相手。その知り合いというのは間違いなくメイディーであり、オフィーリアもそれに気づいたのだ。


「その知り合いというのはメイディー様のことですか?」


 オフィーリアの言葉に今度は魔女アーデルが少しだけ目を見開く。


「メイディーを知ってるのかい?」


「私の上司……師匠とも言うべき方です」


「へぇ、こんな弟子がいたなんて知らなかったよ。まあ、そうだね、知り合いというのはメイディーさ。もう何年も会ってないけどね……」


 ほんの少しだけ寂しそうな顔をする魔女アーデル。アーデルだけでなく、オフィーリアもそう思ったのか目に力を入れて口を開いた。


「あの! 世界を滅ぼす前にメイディー様に会いませんか!?」


「……なんだって?」


「私達じゃ説得できないと思いましたのでメイディー様にアーデル様を説得してもらおうかと!」


 アーデルもほんの少しだけそこに活路を見出す。確かに自分たちでは倒すこともできないし説得することも難しい。だが、メイディーなら魔女アーデルを説得できる可能性がある。


 それをそのまま言ってしまうオフィーリアに対してはどうかと思ったが、むしろ正直に言った方が魔女アーデルには効果的かもしれないと考えを変えた。


 そう考えたのだが、魔女アーデルは明らかに動揺していた。


「メイディーが……まだ生きているのかい?」


「え? もちろんですけど……?」


 メイディーはアーデル村にいる。フロストに勉強を教えたり、オフィーリアの修行をしたりと元気いっぱいだ。つい最近もパペットの鳥ゴーレムを使ってフロストと手紙でやり取りをしていたが、その際にもメイディーの勉強が大変だと書かれていた。


「おかしいね、私の世界だともうとっくに亡くなっているはずなんだけど……そうかい、メイディーは生きてるのかい……なら、ウォルスも生きてるのかい?」


「ウォルス様は少し前に亡くなりましたが……」


「そうかい。それは私の世界と変わらないようだね……」


 不敵な笑みを浮かべて世界を滅ぼすと言っていた魔女アーデルが明らかに意気消沈している。


 裏切られたとは言いつつも魔女アーデルは明らかにウォルスに対してまだ気持ちが残っている。そんな風に感じたアーデルはあることを思い出した。


 効果があるかどうかは分からないが、メイディーの説得とそれがあればなんとかなるかもしれないとアーデルは口を開く。


「そっちの世界のことは知らないけど、ウォルスは裏切っていなかったよ」


「……言葉に気をつけるんだね、その場しのぎのつまらない嘘を言ったらすぐに殺すよ」


「こっちの世界でもばあさんを迎えに来なかったことは確かだけどね、ウォルスの奴はずっと手紙を書いてた」


「手紙……?」


「アンタのことは知らないが、ばあさんは毎年ウォルスに手紙を書いていた。その手紙はウォルスに届いてなかったし、ウォルスの手紙はばあさんに届いていなかった。宰相に化けていた魔族の計画――たぶん、亜神がそうやって操っていたと思う」


「……そんな証がないことなんて何とでも言える――」


「証拠がある」


「証拠だって……?」


「ウォルスが書いた手紙を全部受け取った。捨てずにばあさんの家に置いてあるよ。もちろん封は開けてない」


 魔女アーデルが驚きの顔になってからアーデルを睨む。


「それが嘘だったらアンタを最初に殺すよ」


 アーデルは何も言わずに頷くだけだ。


 魔女アーデルは右手を天井に向ける。直後に神殿の広さと同等の魔法陣が構築された。


 アーデルから見て信じられないほどの構築速度で作られた魔法陣、そこに大量の魔力が注ぎ込まれると、巨大な音とともに白い光が天井に向かって放たれる。


 かなり地下まで降りてきたはずなのだが、それをものともせずに地上までの巨大な穴を天井に開けた。直後に魔女アーデルは空を飛んで穴から出て行った。


 危険なのはアーデル達だ。さきほどの魔法で地面が大きく揺れ、さらには衝撃で開いた穴から岩や土が落ちてきて、アーデル達を襲った。


「こっちのことは任せて魔女を追え!」


 クリムドアがそう叫ぶと、オフィーリア達を守るように覆いかぶさり、さらには結界を張った。


 アーデルはそれを見てからクリムドアに頷くと、魔女アーデルの後を追うように天井に開いた穴を上へと飛ぶのだった。


次回投稿は10/12(土)になります。

一週お休みをいただきますが、引き続きよろしくお願いします。

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