一番理解している魔法
魔王を殺す魔法。大きさが異なる大量の魔法陣に囲まれた直径十メートルほどの球体、そんな結界の中を白い光線がすべてを消し去る不可避の魔法。
アーデルはその結界の中に閉じ込められた。
すでに魔法は完成しており、魔壊と呼ばれる魔法陣を破壊する魔法も使えない。さらに結界を作り出している一つの魔法陣から白い光線が放たれている。
最初こそ速度は遅いが、その光線が他の魔法陣に反射するたびに速度を上げ、最終的にこの結界内を白い輝きで埋め尽くす。そうなればアーデルも生きてはいられない。
最終的には光速に匹敵する白い光線が結界内を埋め尽くしたとき、アーデルがつくる普通の結界など消し飛ぶからだ。
それはアーデルも理解しているが、すぐさま魔法陣の構築を開始した。
「何をする気だ? お前なら分かっているだろう? この魔法から逃れる術はない」
魔女アーデルの姿をした亜神がそう言ったが、アーデルはそれを完全に無視。無視というよりもその言葉が耳には届いていないほど集中している。
(ばあさんが唯一教えてくれた魔法……試したことなんてないが、これで耐えられるはず……!)
アーデルは魔法陣を構築しながら光の動きを確認する。構築までの時間が足りないため、可能な限り白い光線が来ない場所を計算し、そこへと移動した。
そこで身をかがめるように片膝をついて、今度は魔法陣の構築に集中する。亜神の言葉どころか、オフィーリア達が叫ぶ言葉も聞こえていない。さらにはパペットやコンスタンツが亜神を攻撃していることも気付かないほど集中している。
(ぶっつけ本番だけどね、この魔法は私が一番理解しているんだよ……!)
なぜこの魔法だけ教えてもらえたのか分からない。ただ、魔女アーデルはゆっくりと丁寧に、そして嬉しそうにこの魔法を教えてくれた。アーデルはそのことを昨日のことのように覚えている。
その術式理論を完璧に覚えているアーデルはそれをアレンジして新しい魔法を作り出そうとしている。だが、初めての術式なので魔法陣の構築に時間がかかっている。
アーデルの腕や肩、それに足など白い光線が掠る。致命的な怪我はないが、かすった場所からは血が出ており、服もボロボロになり始めた。オフィーリア達が叫ぶが、痛みも言葉も気付かないほどに集中しているようで、アーデル自身はまったく気にしていない。
速度が徐々に上がった白い光線はアーデルに直撃するコースをとった。アーデルはそれにも気づかないようで、いまだに魔法陣の構築に集中している。
そして白い光線がアーデルを飲み込んだ。
「アーデルさん!」
白い光線に飲み込まれたアーデルを見てオフィーリアが叫ぶ。オフィーリアは足の力が抜けたのか、呆然としながら両膝をつきながら座り込んでしまった。
クリムドアを抱えていたが、それも地面に手放すほど。自由になったクリムドアはすぐにオフィーリアの背中を叩く。
「フィー! しっかりしろ! アーデルは何かの魔法を構築していた! 俺が見ていた限り魔法が完成していたはず! まだ死んだわけじゃない!」
クリムドアにそう言われたオフィーリアの目に生気が戻る。
「そ、そうですよね! アーデルさんがあれくらいで死んだりしません!」
いまだに亜神が使った魔王を殺す魔法は継続中で結界の中を白い光線が動き回っている。徐々に結界内の輝きが増しており、アーデルを確認することはできないが、オフィーリアは自分に言い聞かせるようにそう言った。
「フィー、俺たちは俺たちができることをしよう」
「な、何をするんです?」
パペットとコンスタンツは亜神と戦っている。実力差がある戦いではあるが、先に魔王を殺す魔法を使っていることが影響しているのか、亜神は優位でありつつも二人に対して圧倒的な強さを見せているわけではない。
パペットは巨大なハンマーを振り回し、コンスタンツは高速の赤い光線を連射しながら亜神の魔法陣の構築を邪魔しようとしている。勝つ戦いと言うよりは時間稼ぎの戦いだ。
「今のうちに俺の魂を竜王の卵へ入れてしまおう。フィーの亜空間に入っているんだよな?」
「私のと言うかアーデルさん達との共有亜空間ですけど……」
「細かいことはいい。まずはアーデルが受けた神の依頼を片付けよう」
「い、今ですか?」
「試したいことがある。亜神の注意がパペットたちに向いている隙にあの魂を捕らえよう」
魔王クリムドアの魂は鎖からの呪縛は解けたが、この部屋からは出ることができない。
これがいつか未来で今のクリムドアとしてとしてどこかの世界の過去へと向かう。ここでそれが失敗になるとどこかの世界が消えることになる。
アーデルが死んでしまっても神に竜王の卵を渡せずに同じ結果になるだろうが、それはそれとしてクリムドアには試してみたいことがあった。
オフィーリアはクリムドアのことを疑っていないのか、すぐに亜空間から竜王の卵を取り出した。両手で抱えるほどの大きさを持つ竜王の卵だ。
「ど、どうすれば?」
「俺も手伝うから一緒に掲げてみてくれ」
オフィーリアはクリムドアの言葉に従って、そこそこ重い竜王の卵を両手で掲げた。それを補助するようにクリムドアも前足を添える。
直後に竜王の卵が光る。浄化の力を持つという竜王。その卵が周囲の汚染された魔力を吸い込み始め、魔王クリムドアの魂も同様に吸い込みだした。
さすがにこの状況には亜神も気付いたのか、パペットたちとの戦いを止めて、オフィーリアの持つ竜王の卵の方へと向かう。
「貴方の相手は私です」
「行かせませんわ!」
すぐさま、パペットとコンスタンツがその妨害をした。
「邪魔だ!」
無数の魔法を使い、パペットとコンスタンツを攻撃する亜神。だが、パペットとコンスタンツはボロボロになりながらも決して引かない。
「邪魔は貴方です」
パペットは雑になっている亜神の動きを巨大なハンマーで捉えて吹き飛ばした。
そして空中に放りだされた亜神にコンスタンツが魔法を叩き込む。高速で作られた魔法陣、それが十個、赤い光線となって魔女アーデルの姿となった亜神を貫いた。
「おととい来るといいですわ!」
コンスタンツの魔法である赤い光線は確実に亜神を貫いた。それは間違いないのだが、その亜神は空中に浮いたまま、なんでもないように動いた。
「なかなかやるな。だが、この体はホムンクルス。残念ながらその程度では死なんよ。俺を殺したければ魔王を殺す魔法を使うことだ」
亜神はそう言いながら自身の背後に巨大な魔法陣を構築した。
「アーデルがいない今、お前達に勝ち目はない。さあ、寂しくないようにこの場で全員を殺してやろう」
亜神は不敵な笑みを浮かべると、巨大な魔法陣がある場所よりもさらに上昇した。魔法陣へ魔力を注いでいる最中なのか、点滅を繰り返している。
そして魔力が十分にいきわたったのか、点滅が終わり、輝きを増した。
直後に小さな光の球が雨のように魔法陣から放たれ、パペットたちを攻撃する。
パペットは身体の強化、コンスタンツは結界を張ることでその攻撃を防いでいるが、あまりにも大量な攻撃に徐々に身体が壊れ、結界も削られていく。それは竜王の卵を掲げているオフィーリア達も同様で自らの結界が徐々に削られていった。
「ほう、これも耐えるか。だが、耐えただけだな」
光の雨のような魔法は終わった。ただ、全員が満身創痍で動けそうにない状態になっている。
「まずはその卵だな」
亜神はそう言うと、竜王の卵を掲げているオフィーリアとクリムドアに高速で近づいた。
オフィーリアは掲げていた竜王の卵を守るように抱きかかえ亜神に背中を向ける。
そんなことをしても守れるわけがない、そんな考えが一瞬だけ浮かんだオフィーリアはすぐに亜空間への退避をしようとするが、自分を覆うような影に疑問を持った。
そして大きな衝撃音と共に地面が少しだけ揺れる。
「え?」
「貴様……!」
「そろそろ知識だけじゃないところを皆に見せたいと思っていたところだ」
オフィーリアは何事かと振り向く。
そこには巨大な竜がオフィーリアを守るように立ちふさがっていた。