世界最高の魔女
アーデル達はダンジョン探索用のゴーレムがいた場所まで移動した。
壁があって進めないという話は、穴が小さくて通れないというような意味だと思っていたのだが、それが勘違いだったことが分かった。道を塞いでいる壁は人工的な物であり、天然の洞窟に存在することはあり得ないものだったのだ。
アーデルはその壁の先からはかなりの魔力を感じた。そしてクリムドアの魔力の形がその壁の向こうに見える。
「この壁の先だね。クリムと同じ魔力が見えるよ」
「そうか、俺の魂がここに――」
「ばあさんは大したもんだね」
「いきなりどうした?」
「魔族の王ってのはこんな魔力を持っていたのかって話さ。それを倒したばあさんがすごいって話だよ」
アーデルが見た魔王クリムドアの魔力、それは自分よりもはるかに大きい。肉体という器がないのもあるだろうが、むき出しの魔力の塊が壁を通しても分かるほどだ。
それだけでなく、その魔力はどす黒い。亜神に浸食されている状態なので禍々しく、普通の人なら近づくことすらあり得ない。だが、アーデルはすぐに壁に手を触れた。
「これから壁を壊すから、自分の身は自分で守りなよ」
当然アーデルは皆を守るつもりではあるが、自分に頼りすぎるなという意味でそう言った。そのことは分かっているのか、皆は特に何も言わずに頷く。
それを確認してからアーデルは壁を破壊した。
一瞬で周囲を覆う禍々しい魔力。魔力を遮断する結界を張っているオフィーリア達はそれでも顔をしかめるほどの濃さだ。
「大丈夫かい?」
「だ、大丈夫ですよ!」
オフィーリアがそう言うと、コンスタンツやパペットも同じように大丈夫だという。多少の強がりが入っているだろうが、ここで帰りなと言っても帰るわけがないのはアーデルも分かっている。
ならすぐにでも仕事を終わらせることが一番いいとアーデルは一度だけオフィーリア達に頷いてから壁に開けた穴から中へと入る。
しばらく細い通路を進むと、その先に広い空間があるのが分かった。そこへ足を踏み入れるとアーデルは息を呑む。
「ここは……あの場所かい」
アーデルには見覚えがある。ここは滅亡した未来に飛ばされたときクリムドアが捕まっていた神殿と同じ造り。しかも天井の四隅からは鎖が伸びており、それが天井付近の魔王クリムドアの魂を拘束していた。
そしてクリムドアもこの内部の造りを見て驚いている。
「これはあの場所か」
「なんでクリムが――ああ、記憶の宝珠とか言ったっけ。あれで記憶を引き継いでいるんだね」
「その通りだ。未来でも俺から魔力を吸い取っていたようだな」
滅亡が早まった世界でもクリムドアは捕らえられており、鎖で自由を奪われていた。
「ここで捕まっていた記憶があの神殿を造らせたのかもしれないな」
未来の神殿はクリムドアが造った物であり、亜神が造ったものではない。魂に記憶が受け継がれるのかは不明だが、ここの状況がクリムドアにあの神殿を造らせた可能性があると言っている。
「一体何の話をしているんですの? わたしたちにも分かるように説明してほしいですわ」
周囲に危険な存在は確認できない。ならばとアーデルとクリムドアは簡単に説明する。
時渡りの話を知っているオフィーリア達はなるほどということで納得はしていたが、パペットが疑問を口にした。
「先ほどの話ですとあの鎖を切ると、また亜神が襲ってくるってことですか?」
「ああ、そういう可能性があるのか」
亜神も常に襲ってこれるわけではなく、何かしらの条件がある。それはアーデルが魔道具に触れた時が多いのだが、他の条件でも亜神が襲ってきていた。
クリムドアの話では歴史が変わることが確定した場合ということだが、滅亡した世界ではクリムドアを捕まえていた鎖を切ったことで骸骨姿の亜神が襲ってきた。それを考えるとここの鎖を切った場合も襲ってくる可能性が高い。
とはいえ、ここまで来て何もしないわけにはいかない。
「いいかい、皆。悪いけど、私を模倣した亜神が来たら残念だけど皆を守りながら戦うのは無理だ。だから全員で身を守っておくれよ」
文句を言いたそうな顔をしたコンスタンツだが、アーデルが笑いかける。
「コニー、クリムを含めて全員を守っておくれよ。私が一人で好きに暴れていい状況なら誰にも負けないからさ」
「……アーデルさんにそう言われてしまっては仕方ありませんわね。ですが、危ないと思ったら私も参戦しますわ」
「わ、私もやりますよ! サリファ教の奥義を見せます!」
「わたしもです。最強のゴーレムの名前が伊達ではないことをお見せしましょう」
「お、俺も気持ちは一緒だぞ……魔力がないから無理だが」
アーデルは一瞬だけぽかんとした顔になったがすぐに笑い出した。自分は良い友を持ったと思える。一年前は人間なんて嫌いだったのだが、今では背中を任せられるような仲間がいることに少しだけ体がくすぐったい。
「わかったよ。なら危ないと思ったら助けておくれ」
絶対にそんなことはさせないという気持ちでアーデルは天井の方を見上げる。そして両手をかざすとクリムドアを捕らえていた鎖が破壊された。
直後に耳が痛くなるような甲高い音が響く。それが止まるとアーデルが空けた壁の穴から足音が聞こえてきた。その足音が徐々に近づき、そこに一人の女性が現れる。
それはアーデルにそっくりの女性。着ている服も同じで黒い乗馬服のような恰好に白いシャツとコルセットも同じでマントもしている。まったくの瓜二つだ。
「芸がないね、やっぱり私を模倣したのかい?」
予想していた通りの展開にアーデルは挑発気味にそう言うと、亜神が模倣したアーデルが笑う。
「お前を模倣? 勘違いも甚だしいな」
「どこからどう見たって私じゃないか」
「お前にはそう見えるのか?」
訝し気にアーデルは亜神を見ていたが、一瞬息が止まった。そもそも自分が誰を模倣しているのか気付いたのだ。
「まさか……」
「お前に敬意を払い、世界最高の魔女を模倣した……紹介は不要だな?」
「ばあさんだってのかい!?」
アーデルの驚きはその声量に現れる。これまで発したことがないほどの声量でアーデルは叫ぶように言った。そしてオフィーリア達もそれに気づいたのか、驚きの目で魔女アーデルを模倣した亜神を見た。
「別の世界で魔女アーデルは魔道具などを使わずに自らの手で世界を滅ぼした。本来であればそこのクリムドアのようにアーデルからも魔力を吸い取る予定だったのだが……世界を滅ぼしてくれるならと放っておいたのだが、まさかこんな形で力を借りるとはな」
「……力を借りるだって?」
「模倣すると言ってもただではないと言うだけだ。まあ、そんなことは今から死ぬお前に言っても意味のないこと。さて、魔王すら殺した魔女の力だ、存分に味わうといい」
亜神はそう言うと周囲に魔法陣が現れた。その構築速度は相当な速さで、今のアーデルには行えないほど。そしてそれを見た瞬間にアーデルは目の前に障壁の魔法陣を構築してそこへ全力で魔力を注ぐ。
次の瞬間、亜神から放たれた複数の魔法がアーデルに向かった。炎の矢、氷の槍、雷撃――魔法としては基礎とも言えるものだが、その威力はすさまじく、アーデルが全力で作った障壁を五秒とかからずに破壊した。
その衝撃でアーデルは後ろに吹き飛ぶが、多少の傷を負ったものの致命傷ではない。アーデルは慌てて立ち上がりすぐにでも魔法が使えるように構えるが、亜神のほうは眉間にしわを寄せていた。
「チッ、魔力の消費が激しいな……どうやらここのクリムドアを解放したことで魔力の供給量が減ったか」
たった一度の魔法で圧倒的な力を見せた亜神だが、アーデルを吹き飛ばしたことに喜ぶことなく、そんなことを忌々し気に言う。
「まあいい。ここでお前らを殺してまた魔力を奪えばいいこと。お前も同じように魔力を奪い取ってやろう」
「……さっきので殺せなかったくせにもう勝った気でいるのかい?」
「さっきので反撃もできない奴が勝った気でいるのか?」
アーデルは痛いところを突かれたと心の中で舌打ちをする。防御に精一杯で反撃することができなかった。完全に魔法を防げたのならともかく、力で押し負けたところから考えても確実に勝てるとは言えない。
「この体を使っている以上、お前に勝ち目はない。次で終わらせよう」
亜神はそう言って魔法陣を作った。アーデルは自分を取り囲む魔法陣を見て驚愕する。
「威力は知っているな? これならお前をチリ一つなく消滅させることができる。結界など何の役にも立たないと知れ」
亜神が構築した魔法陣、それはアーデルが魔女アーデルから教わった「魔王を殺す魔法」。
逃げ場のない魔法陣の結界の中で白い光線が周囲を埋め尽くす防御不能の魔法。使う魔力や複雑な術式のために一瞬で構築することは不可能だと思っていた魔法がアーデルの目の前でいとも簡単に構築された。
「さあ、死ぬがいい」
亜神が魔法陣に魔力を込める。それに反応した魔法陣が白く輝いた。