国の状況
アーデルとクリムドア、そしてオフィーリアは村を出発して南西にある砦を目指していた。
砦はすでに壊滅しているが、そこからさらに西に目的の町があるためだ。
砦を通らずに町へ行く道もあるが、険しい山を越える必要があるのでそちらは選ばなかった。
アーデルだけなら飛んでいけるのだが、アーデルはクリムドアを抱えて飛びたくないと言い、オフィーリアは「飛びたくありません」と真顔で言った。
そういうこともあって徒歩で砦に向かっているのだが、そこへ行くのは他にも理由がある。
この数日、アーデルは砦の人間達を警戒していた。砦を壊滅させた報復に来ると思っていたのだ。
圧倒的な力の差があったとしても、不意打ちをかければ勝てる。そう思う輩は多い。
実経験ではなくあくまでも聞いた話だが、それを信じて村を復興させながら周囲を警戒していたのだが、全くそんなことがなく、誰かが偵察に来ることもなかった。
対策を練っているという可能性もあるが、それにしては遅すぎる。それが気になるということで砦を目指したのだ。
ただ、その懸念をクリムドアやオフィーリアに話すと、報復に来る可能性は低い、という話だった。
理由を聞くと、この国は周辺国と戦争中でそれどころではないらしい。
「この辺りは平和な方ですけど、国の西側や南側の方は大変らしいですよ。領土を少しずつ奪われているとか」
「初めて知ったよ。魔道具をあんな強引な方法で奪ったのもそのためだったのかね」
「そうですね。そういう状況もありまして、砦には必要最低限しか人がいなかったんだと思います」
砦の大きさの割には人が少なかった。それに隊長と呼ばれる人物が砦の実権を握ってやりたい放題というのも少々おかしい。人手不足なのは本当の事なんだろうとアーデルは納得した。
ただ、気になることもある。
「侵攻してこないならそもそも砦に人すら置かないんじゃないのかい? ばあさんも亡くなっていることは知っていたはずだしさ」
「この辺りに侵攻してくる国はありませんけど、魔の森から魔物が来る可能性がありますからね。まあ、私が赴任してから魔物が来ることなんてほとんどなかったですけど」
「ああ、そういうことかい」
魔物は気まぐれだ。特に何かを考えて行動しているわけではない。いきなり森から大行進してくる可能性もある。
「よく考えたら、いままで襲って来なかっただけで、いつだって危険はあるんですよね。村長さん達大丈夫かな……」
「気づくのが遅くないかい? まあ、今は大丈夫さ。水の精霊を召喚しておいたし、森から魔物が出てきたら精霊がなんとかするよ」
「あんなに可愛らしい女の子の姿なのに強いんですか?」
水の精霊は身長一メートルくらいの水で出来た女の子だ。精霊にも色々と性格があるようで、あの精霊は噴水で踊ったり、オフィーリアのクッキーを食べたりと好奇心旺盛な感じだった。
オフィーリアが「うちの子にします」と言うほどの可愛らしさではあったが、見た目からして戦えるようには見えない。
「この砦を破壊できるくらいには強いね」
「なんて子を召喚したんですか。いえ、可愛いからいいですけど。でも、村長さん達は大丈夫なんですよね……?」
「大丈夫だよ。村長達のことを気に入ってたみたいだし、村長達も嬉しそうだったじゃないか。毎日噴水を綺麗にしていれば問題ないよ」
「そうですね、噴水をもっと立派にしようとか言ってましたし、帰ったらすごく仲良くなってるかもしれませんね」
「ところでオフィーリア、この国が戦争しているのは俺も知っているが、なんで戦争をしているんだ?」
話が終わったところでクリムドアが割り込んだ。
そう尋ねるには理由がある。この時代に国が戦争していたことは知っているが、その情報は憶測が多く、どんな理由があったのかは未来に伝わっていない。
アーデルがいなかった世界での記録もない。アーデルを時渡りの魔法で未来に送り、魔力が不足して行動範囲が狭かったということもあって記憶の宝珠に記されていなかった。
オフィーリアは腕を組んで考える仕草をした。
「実は私もよく知らないんです。ただ、この国の貴族は結構裕福なんですよ。別に鉱山とか特産品があるわけでもなく、周辺国とそこまで変わらないはずなんですけど……なので、国のお金を狙って戦争を起こしているんじゃないかって言われてますね」
「そうなのか……その、気になったんだが、オフィーリアはずいぶんと他人事に言うんだな?」
オフィーリアの話し方はどこか他人事のような感じで、その国に住んでいるという感じがしない。どうでもいいという感じが態度からも分かる。
「勝っても負けても関係ないかなって思ってますから。両親のことは覚えていませんけど、私が孤児院に預けられた原因になったわけですし」
オフィーリアは戦争で両親を亡くした。十数年前の話であまり覚えていないし、今は普通に暮らせているが、当然、戦争に対していい感情はない。戦争に駆り出される可能性もあるが、そうなったら逃げると言った。
他の国民も同じ考えなのか、今は周辺国へ逃げる人も多い。
また、周辺国は元々の領地を取り戻しているだけという話もあって、最初に手を出したのはこの国の方だと言われている。そんな理由もあって国民も兵士も士気が低いという話だった。
「ここ数年、戦争が本格化してきたんですけど、正直、どっちでもいいから早く終わって欲しいというのが皆の意見でしょうね」
オフィーリアがそこまで言うと、アーデルは笑った。
「今まではばあさんがいたからね。周辺国は怖がって様子を見ていたわけだ。でも、この国にはもうその力がないとバレたのさ。今の王も馬鹿だね」
「ちょ、ちょっとアーデルさん! そんなこと言っちゃだめですよ! 誰が聞いているか分かりませんから!」
そう言ってオフィーリアは周囲をキョロキョロと見渡す。
「いいんだよ。この国の王はばあさんの力を自分の力だと勘違いしたんだ。昔、言ってたよ。今の王は周辺国に脅しをかけたってね」
「脅し?」
「うちの国にはアーデルがいる。逆らえばお前達の国なんてすぐに潰せるぞってね」
「そんなことをしたんですか!?」
「直接そう言ったわけじゃないだろうけど、そういう含みを持たせる脅しをかけたんじゃないかって言ってたね。ばあさんがそんな理由で力を振るうことなんてないのに、周辺国はそれを信じたのさ」
アーデルはそう言って笑った。だが、すぐに真面目な顔になる。
「つまり自業自得さ。今の王はそのことで周辺国から恨みを買ったんだよ。この国の貴族が裕福というのも、そういうことをして周辺国から金品を巻き上げたり、無茶な要求を通したりしたからじゃないかい?」
「詳しくは知りませんけど、言われてみるとそんな気もします。駄目な王様だったんですね……」
「まあ、私達には関係ないさ。そんなことよりもそろそろ昼食にしようじゃないか。今朝作ったときに会心の出来だと思って早く食べたいって思ってたんだよ」
「そうですね。国や王様よりも昼食ですよね!」
「それは違うと思うんだが……オフィーリアはアーデルに毒されている感じがするな……いや、素なのか……?」
クリムドアはそんな疑問を抱きながらも、アーデル達と昼食をとるのだった。