高速魔法
炎の囲まれた部屋でコンスタンツは時の守護者が擬態している自分――どこかの世界に存在したコンスタンツと対峙している。
アーデルと共に戦ってきたコンスタンツは間違いなく強くなっている。ただ、時の守護者を一人で撃退できるかどうかと言われれば、それは無理ではないかというのがアーデルの考えだ。
それでもコンスタンツに任せたのはコンスタンツがそれを望んでいるからだ。コンスタンツの目が「必ず勝って見せる」と訴えているので、それを信じることにした。
「戦う前によろしいですか? 言葉は分かりますわよね?」
何を思ったのか、コンスタンツは時の守護者に話しかけた。これにはアーデルたちも驚き、擬態しているコンスタンツの方も眉をひそめる。
「襲ってこないところをみると同意するということですわね。その私の姿、どこかの世界にいるという私を模倣しているとのことですが、どんな状況なのか聞かせてもらえないでしょうか?」
「……それを聞いてどうする?」
「単なる興味です。その姿、どう見てもボロボロ。自慢の縦ロールもぐちゃぐちゃでドレスに至っては淑女として許されない恰好です。ですが、貴方は私のその姿をアーデルさんに匹敵すると言ってくださった。大変興味がありますわ」
その言葉にアーデル達も頷く。どう見ても負ける寸前、何があればそうなるのか分からないほど時の守護者が擬態したコンスタンツはボロボロだ。にも拘わらず、その強さはアーデルに匹敵するという。
それに応える義理はないはずだが、戦いの前にそんなことを聞いたコンスタンツに興味を持ったのか、擬態したコンスタンツはニヤリと口角を上げて笑う。
「これはジーベイン王国に攻め込まれたときのお前だ」
「ジーベイン王国に?」
「ここではない別の世界でアルデガロー王国はジーベイン王国に攻め込まれた。すでに王族は逃げてしまったというのに、お前は貴族として、そして宮廷魔術師として戦い、城を枕に討ち死にした」
「私がそんなことを……」
「守るべき王もおらず、城に避難していた別の貴族や国民のためだけにお前は無謀な戦いを試みた。馬鹿な奴だと思うが、その強さは本物だ。何百という兵士と渡り合ったお前は最終的には力尽きたが、その世界で後に最高の宮廷魔術師として英雄扱いされていた」
「……それはどうでもいいのですが、城にいた方たちは?」
「自分のことを聞きたいわけじゃないのか? そいつらはお前の頑張りによって命までは取られなかった。お前は圧倒的な力で敵を殺せたはずなのに誰も殺すことがなかったからな――なぜそんなことを?」
その世界にいるコンスタンツとこの場にいるコンスタンツは同じ人物だが違う人物でもある。そんなことに答えられるわけがないとアーデルは思ったが、コンスタンツは笑った。
「それはわたくしが貴族だからですわ!」
時の守護者が擬態したコンスタンツは不思議そうな顔でコンスタンツを見る。
「何を言っているのか分からないが?」
「貴方には分からないでしょう。貴族とは民を守る者、そのためならいくらでも強くなれるのです。そして貴方には残念な情報ですが、事情が分かった以上、わたくしに勝つことはできませんわ」
「なんだと?」
「それはこの戦いで証明いたしましょう――前回、貴方がオフィーリアさんに擬態して戦った時のことを思ったのですが、貴方もわたくしが研究中の攻撃をしてくるのでは?」
時の守護者は何も答えないが、それが正しいのか、右手の指が少しだけ動いた。
それと同時にコンスタンツは横に動く。
直後にコンスタンツの赤いドレスのスカート、その左ふとももあたりが少しだけ燃えた。コンスタンツはその部分を握りこむとその火が消える。
アーデルの目でも一瞬しか追えなかったのだが、時の守護者は凝縮した炎の光線を放った。それくらいならアーデルにもできるのだが、特筆するべきはその早さ。魔法の速度もそうだが、魔法陣の構築から魔力の注入までが早すぎる。それはアーデルにも真似できない。
「アーデルさん向けに作った私のオリジナル魔法が使われるのは困りますわね」
「お前が英雄となった世界ではこの魔法で兵士たちを戦闘不能にしていたのだがな」
アーデルとしては言いたいことが色々あるがここは黙る。ただ、これを使われていたらかなり不味いという状況に少しだけ恐怖を感じる。
普通なら魔力の流れから魔法が使われたことまで分かるが、先ほどの魔法は一瞬。魔法が使われたと思った次の瞬間には体を貫いているという魔法なのだ。見た限り飛距離が短いというデメリットもあるが、至近距離でアレを撃たれたらアーデルでも危ない。
そんな攻撃を躱したコンスタンツは焦げてしまった部分を気にもせずに立つ。そして右手に持っていた扇子で口元を隠してから、流し目で時の守護者を見る。
「やはりわたくしには勝てませんわね」
「その根拠を教えてもらおうか?」
「どれほどわたくしを真似しようともそこに心が伴っていないのなら意味はありません。貴方が見た世界でわたくしが強かったのは魔力量や魔法ではなく、国民を守ろうとした貴族としての心です。それが分かっていない貴方にこのわたくしは倒せませんわ」
周囲が燃えていてもいつも通りのコンスタンツ。そのコンスタンツの魔力が徐々に溢れていく。するとアーデルを含め、この場にいる全員が息をするのもはばかれるほど緊張する。
周囲が燃える音すら聞こえなくなるほどの緊張感は時の守護者の方にも伝わっているようで、全く動けないようだった。
ほんの数秒かそれとも数分か。
コンスタンツと時の守護者の間、その天井にあった木製のシャンデリアが炎で燃え尽き落ちてきた。
それが床に落ちた次の瞬間、時の守護者の方が驚愕の顔に変わる。そして床に膝をついた。そして徐々に体を保てなくなったのか、身体が灰のようになって崩れていく。
「ば、馬鹿な……!」
「強さとは状況によって異なるもの。魔力量や魔法だけでは勝てないと学んだようですわね。授業料は要りませんが、不愉快なのでもう私にはならないでくださいな。わたくし、そんなに弱くありませんので」
状況が呑み込めていない皆だが、アーデルだけは見えた。
木製のシャンデリアが床に落ちた瞬間、二人のコンスタンツは炎の光線が出る魔法を使った。アーデルが見ていた限り、先に動いたのは時の守護者。だが、後に動いたはずのコンスタンツのほうが先に魔法陣を完成して魔法を放った。そして時の守護者の魔法が完成する前に心臓部分を撃ち抜いたのだ。
一秒の半分の半分にも満たない時間での高速魔法。しかも高威力。来るのが分かっていても自分に防げるか分からないと思うと、アーデルは背中に冷たいものを感じだ。
だが、そんなアーデルのことなどまったく気にしていないのか、コンスタンツは「おーほっほっほ!」と高笑いだ。
「見ましたか、アーデルさん! これが宮廷魔術師の実力ですわ!」
「……ああ、見たよ。アイツが言っていた通り、コニーは最高の宮廷魔術師だ。アレをやられたら私も危ないね」
アーデルの言葉にコンスタンツは首を傾げる。
「アーデルさんが悪いことをしなければあの魔法は使いませんわ。それ以前にアーデルさんが悪いことをしたらフィーさんにクッキーを貰えませんわよ?」
「確かにそれはコニーの魔法よりも怖いね」
そんな話をしていると時の守護者は完全な灰になり、その灰の中からメフィールを含む議員たちが出てきた。その直後に部屋の炎が収まる。
考え込んでいたオフィーリアだったが、すぐにメフィールたちに駆けよって脈を図ってから治癒の魔法を施した。
そして何が起きていたのか全く分かっていなかったルベリーだが、同じように呆けているキルフィアに近づき拘束したのだった。