リベンジ
会議場で謝罪をしてきた魔族はキルフィアと名乗った。
謝罪を兼ねて晩餐に招待したいと言う申し出をコンスタンツが受けた。今は泊っている宿に戻っており、そのキルフィアという魔族について色々と調べている状況だ。
調べるとは言っても同じ魔族で議員のルベリーに話を聞いている程度で、誰それ構わず聞きまわっているわけではない。ただ、ルベリーもキルフィアのことはあまりよく知らないと言う。
「優秀な人ですし、魔族としてはかなり名門の出です。普段から穏やかな方ですし、魔王崇拝の組織と関係があるとは思えないと言うのが正直なところですね」
「よく知らないのに関係がないのはわかるのかい?」
「これまでの実績からそう思えないと言うだけです。個人的な付き合いもないので、どういう思想なのかは詳しく知らないのですが、問題を起こすようなこともないですし、魔族間の争いもよく仲裁をしている方ですから」
ルベリーの言葉にコンスタンツは鼻で笑った。
「そうやって色々な方に恩を売っているというのは一番怪しいですわ。そういう方はそう思わせない行動をとった上で、周囲を自分の思い通りに動かすような人です。ここを押さえれば魔王崇拝の組織は壊滅でしょう」
「さすがにそれはどうかと思うけどね?」
あまりにもコンスタンツの予測がいちゃもんのような感じなので、アーデルがツッコミを入れる。だが、コンスタンツは自信があるようだった。
「おそらくキルフィアさんは直接指示をだしたと思われないようにそれとなくメフィールさんたちを誘導していたのでしょうが、人選ミスとしかいえませんわね。あまりにもお粗末なので、本人が直接出てきたという感じでしょう」
コンスタンツはキルフィアが黒幕だと疑っていないようで、晩餐中にクリムドアを狙ってくるから気を付けるように言っている。
「食事に関しては毒が入っていても問題はないでしょう。中和が可能な魔道具をアーデルさんが作ってくださいましたし、クリムさんを魔法で拘束することができないような魔道具もあります。もちろん物理的にも拘束できませんので安心して大丈夫ですわ」
「なあ、魔王崇拝の組織とやらは本当に俺に執着しているのか? キルフィアという奴は俺の方は全然見ていなかったぞ?」
「そんなことは貴族でもやります。本当に欲しいものをジロジロ見たりしませんわ。むしろ一度も目が合わなかったのなら逆に怪しいです。前にも言ったと思いますが、我が国の宰相に化けていた魔族――名前はジグロットでしたか。あの者は牢屋から遠隔通話用の魔法で魔国に情報を送っていました。クリムさんの情報も当然送っていますから、間違いなく狙っていますわ」
そもそも緊急会議の場にクリムドアを連れてくるように言っていた。本来であればあの場で何らかの話が出たはずなのだが、あまりにも自分が魔族たちにとって想定外の行動をしていたので何もなかったように見えるだけと、コンスタンツは言っている。
「あの、クリムドアさんは本当に魔王様の生まれ変わりなのですよね? 私もそういう情報を得ていますが、実は違うということは?」
ルベリーが恐る恐ると言った感じで尋ねる。
「ありえません。クリムさんが魔王クリムドアの生まれ変わりです」
コンスタンツが即座に答えた。
この件に関しては神であるオーベックが認めているとアーデルが言っていたので間違いない。また魔王と面識があったと思われるジグロットが、クリムドアを見て置いて行けというほどだったともアーデルは言っている。さらには魔国で魔王クリムドアが生まれ変わったと言う噂も飛び交っているので、まず間違いなく、魔王崇拝の組織はクリムドアを狙っている。
「分かりました。ですが、クリムドアさんが魔王様の生まれ変わりだとして魔王崇拝の組織は何をするつもりでしょう?」
「単純に組織の象徴とするだけでしょうね。魔国なら魔王の名のもとに好き勝手やることができます。その後はおそらくですが他国への侵略でしょうね」
「そ、そんなことをしたら……!」
「間違いなくまた魔族と私達の戦いが始まります。それが分からないわけがないと思いますが、おそらく――」
コンスタンツはルベリーへ向けていた視線をアーデルの方へと変えた。
アーデルは椅子に座って背もたれに体重を預けていたが、少しだけ前のめりになる。
「もしかして亜神が絡んでるのかい?」
「おそらく。この魔国は亜神のテリトリーみたいなものです。魔族の一人や二人、自分の配下として操るくらい余裕でしょう」
亜神の目的がはっきりしないところはあるが、少なくとも世界の滅亡を望んでいることは分かっている。魔族の王であったクリムドアも魔女アーデルもそのために操られた。
今はアーデルが魔道具の回収を行っているため、魔道具による世界の滅亡は回避される可能性が高い。亜神側で考えれば、クリムドアという魔王の転生体がいるならそれを捕まえて、魔族たちをけしかけるのは重要なことになる。
「ならどうするんだい?」
「まだ証拠がない状態なので何とも言えないのですが、今日の晩餐で色々判明するでしょう。証拠が揃ったらボコボコにして、できれば組織も壊滅させたいですね。それが亜神にダメージを与えることになりますから――ルベリーさん」
「え? あ、はい」
亜神など少々話について行けないルベリーが不思議そうな顔でコンスタンツを見る。
「信用できる方たちをキルフィアさんの館周辺に集めておいてください。おそらくですが、向こうもなりふり構わずクリムさんを捕まえようとするはずですので」
「で、ですが、なりふり構わず捕まえようとしても、アーデルさん達に勝てますかね?」
「だからこその晩餐会なのです。謝罪の振りをして料理に毒を盛るという罠を張り、目的を果たす。貴族も良くやります」
「えぇ……」
笑顔で言い切ったコンスタンツの言葉にルベリーはドン引きだ。そしてアーデルは引くと言うよりも呆れている。
「コニーから聞く貴族の話って本当なのかい? それが本当だったら貴族を見ただけで殴りたくなるけどね?」
「多少は話を盛っていますが、貴族なら普通です。その辺の薬師よりも毒に詳しくなるのが貴族ですので」
その発言にはアーデルはもとより、部屋にいる全員が呆れている。
「そんな陰謀渦巻くドロドロな世界で、アルデガロー王国は魔族に策略で負けました。それも数十年もの間ずっと。正直なところ、魔国で貴族まがいのことをしたくないと言うのが本音です。私は貴族としては下の下、策略など使わず力で言うことを聞かせるタイプですので」
嫌なタイプだと思いつつ、コンスタンツが言ったのは宰相に化けていたジグロットという魔族のことだとアーデルは理解する。数十年もの間、ジグロッドは宰相としてアルデガロー王国に潜入し、魔女アーデルに対して色々やっていたのだ。
アーデルの憶測になるが、ジグロットも亜神に思考を操られており、魔女アーデルを孤立化するように仕向けていた。それで魔女アーデルに恨みを募らせ、世界を破滅に導く魔道具を作らせた可能性が高い。
そして姿を変えるための魔道具を魔女アーデルに作らせた。アーデルはその状況を後になって知ったわけだが、もっとボコボコにしてやればよかったと後悔しているほどだ。
「権力者に化けるなど策略の中でもかなりの力技ではありますが、ばれなければ間違いなく効果的です。そんな策略を実行した魔族なので今回のことも心配していたのですが、全くの期待外れ。これでは復讐になりません」
「復讐? もしかしてコニーは今回のことで魔国にやり返そうとしているのかい?」
「当然です。魔族がアルデガロー王国に長年介入していたこともそうですが、それに気づかなかったことは国の恥、ひいては貴族の恥です。その汚名をそそぐためには魔国に対して策略で勝つべきでしょう。なので不本意ながらも気合をいれて会議場に向かったのですが、最終的には力で圧倒しそうな状況に怒りを覚えます……」
怒りの矛先が迷子になっている感じではあるが、コンスタンツがなぜこんなにも策略にこだわっているのか、アーデルにも少しだけ理解できた。
単純に策略、謀略でやり返したいのだ。そうすることで、アルデガロー王国が魔族にしてやられたという事実を払拭したいと考えている。アーデルはそう結論付けた。
「最終的には武力の行使になりそうだけど、仕方ないんじゃないかい? 私は魔族への復讐というよりも亜神への復讐だけど、やりかえすだけならなんだっていいじゃないか」
「……そうかもしれませんが、アルデガロー王国の貴族として少々残念です。たぶん、後世でアルデガロー王国は力任せの国と言われるんですわ……」
コンスタンツが何に対して悲しいのか微妙に分かっていないが、これは気が晴れるくらい魔王崇拝の組織をボコボコにしないと駄目かな、とアーデルはちょっとだけ本気を出そうと思う。
「さて、未来を悲観しても仕方ありません。そろそろ時間ですので向かいましょう」
コンスタンツの言葉に全員が頷く。
「ではルベリーさんもよろしくお願いいたしますわ。魔王崇拝の組織をぶっ潰しますので、その準備を頼みます。今日で議員たちの勢力図を塗り替えますわよ」
「分かりました。信用できる人を集めておきます」
ルベリーを見送った後、アーデル達も部屋を出てキルフィアの屋敷へ向かうのだった。