我慢は大事
作戦会議を終えたアーデル達はやってきた警備兵に案内――連行されて議会場へと移動している。
とくに拘束するようなこともなく、丁重に扱ってくれる警備兵たちにはアーデル達も好感度が上がるほどだ。ただ、これを仕組んだメフィールとそれに賛同している者たちやコンスタンツがいう黒幕に関してはかなりイラっとしていた。
アーデル達にはやることがある。それは基本的に魔国とは関係ないこと。これが派閥間の争いというだけでなく、魔王崇拝が影響していることもあるが、そんなことはアーデルに全く関係ないのだ。
魔王であるクリムドアを崇拝する、それは別にどうでもいい。育ての親でもある魔女アーデルがああなってしまった原因ではあるので思うところはあるが、大元の問題は亜神だ。それに踊らされている魔族がいようとも、それはその人物の問題であってアーデルには関係ないからだ。
ただ、そのせいでこちらの邪魔をしてくる、もしくはクリムドアを狙ってくるというなら叩きのめそうと考えている。しかも圧倒的な力を持って。
コンスタンツとの作戦会議でやることは分かっているが、我慢できなくなったらやってしまおうと密かに考えているアーデル。長い付き合いの皆はそれが分かっているようで、移動しながらもアーデルを全員でなだめていた。
「いいですか、アーデルさん、我慢ですわよ。我慢するというのは大事です」
「コニーには言われたくないけど、こっちだって我慢の限界はあるからね。だいたい、皆の方が我慢の限界が早いんじゃないかい?」
「否定はしませんが、ギリギリまで我慢するべきですわ」
そんな会話にオフィーリアが割り込んだ。
「コニーさんは我慢と言いますけど、そもそもなんでこっちが下手に出るんですかね?」
オフィーリアの疑問はもっともで、メフィールはアーデル達にとって脅威とならない。オフィーリアが言っているのはあくまでも強さという面での話だが、外交的な面で言ってもアーデルにそういう手段は通用しない。
それを考えれば、少なくともアーデルが下手に出る必要は全くなく、あらゆる相手を負かしてしまえばいい話なのだ。むしろ下手に出るべきは魔族側であるというのがオフィーリアの考えだ。
コンスタンツは赤い扇子を取り出すと口元を隠した。
「暴力は最後の手段だからです。最初からその手段をとると誰も相手にしてくれませんわ。アーデルさんの場合は世界を敵に回しても勝てそうな感じではありますが、気に入らない相手を片っ端から倒したいわけではないでしょう?」
「そりゃ、まあ、そうだけど」
「朝から晩まで戦って、寝ている時は暗殺者がやってくる、そんな日常を送りたくないのなら敵ではなく味方を作らなくてはなりません。暴力は味方になりそうな人まで敵にしてしまう行為なので最後の手段なのです」
「単に我慢しろというわけじゃなくてちゃんとした理由があったのかい」
「当然あります。昨日の件はともかく、相手が外交的な手段できているのに暴力で返してはルベリーさんもこちらを味方する理由がなくなってしまいます。自他共にこれはぶちのめすしかなかったという状況を作れば、ルベリーさんも大手を振って味方してくれるでしょう。相手を悪者だと証明する、それが駆け引きです」
アーデルは「なるほどねぇ」と納得している。
我慢しろというのは、相手が完全な悪者になるまで待てという話なのだ。こちらには全く非がない、悪いのは向こう、そういう状況になるまで暴れるなというだけの話だ。
オフィーリア達も何となく分かったようで頷いている。
「あの、我々の前で言っていいことなのでしょうか……?」
警備兵のリーダーらしき人物が恐る恐ると言う感じで尋ねている。
「問題ありません。むしろそれが相手に分かっていないから伝えておいて欲しいくらいです。なんといいますか、魔族の皆さんは駆け引きが苦手のようですわね。こんな雑な対応をすれば滅ぼしてくださいと言っているようなものですわ」
警備兵は「はぁ」と分かったような分かっていないような感じではあるが、特に早足になるわけでもなく、それを伝えに行くつもりはないようだった。
そこからもコンスタンツの話は続き、色々と勉強になったところで議会場に到着した。
警備兵は最後に「お気をつけて」と言いながら議会場の扉を開く。
議会場はそれだけを目的とした施設になっており、魔都の中心地にその建物がある。円形の建物で正面には議長が座る立派な席があり、議会場の中心を囲むように議員たちの席がある。中心から外側に向かって階段のような段差があり、外側に行くほど高くなっている。おそらくだが、議員以外もこの議会を見ることができるようになっているのだとアーデルは思った。
その段差の方へ案内されることもなく、アーデル達は入口に立ったままだ。すでに入口は閉じられており、このままどうするのかもよく分かっていない。中央に椅子があるが、そこに座っていいのかも分からなかった。
「皆さん、申し訳ありませんが、中央の椅子にお座りください」
ルベリーが本当に申し訳なさそう――むしろ泣きそうな顔でアーデル達にそう伝える。
説得できなかったことに申し訳ないと思っているのか、一連のすべてに申し訳ないと思っているのか分からないが、顔面蒼白とも言えるルベリーにアーデル達の方が心配するほどだ。
逆にメフィールはニヤニヤしており、むしろ誇らしげに見える。なぜ勝ち誇っているのか全く分からないアーデル達は状況を分かっていないメフィールに同情するほどだ。
アーデル達はほぼ無防備と言っていいほどに椅子に近づき、そして座る。さすがにパペットだけは木製の椅子に座っただけで破壊しそうなのでクリムドアを抱えたまま立っていた。
「呼ばれたんだけど、謝罪でもしてくれるのかい?」
アーデルがそう言うと、ルベリーを含めた二十人の議員が驚きの顔になる。そしてメフィールだけは怒りの顔になった。
「貴様が俺に謝罪するんだろうが!」
「何を謝罪するんだい? 気絶させるほど恐怖を与えて悪かったって? 魔族があんなに弱いとは思ってなかったんだ。悪かったね」
謝罪はしたが明らかに挑発。議員たちの方が騒いでいるが、ここでコンスタンツがアーデルに落ち着くように伝えてから議長の方を見た。
「わたくしはアルデガロー王国の貴族――いちおう辺境伯という爵位を頂いております。よろしければわたくしがアーデルさんに代わってお話をさせていただきますが、よろしいですか?」
議員たちはざわついていたが初老の男性である議長が頷いた。
「では、そうしてもらえるだろうか」
「ありがとうございます。では、まずお聞きしたいのですが、私達をなぜここへ呼んだのか明確にしていただいてよろしいでしょうか」
「うむ。昨日発生した襲撃事件のことだ。メフィールが突然そちらのアーデル殿に襲われたとのことなので、当時の状況を本人たちから確認し、必要であれば謝罪を求めるために呼ばせてもらった」
「理由はわかりましたわ。それを第三者が証明できるということでしょうか?」
「……第三者が証明?」
「メフィールさんが襲われたと言っていますが、それは自己申告でしょう? まさか本人がそう言っているからと言って調査もせずに呼んだわけではありませんよね? 少なくともルベリーさんはそんなことがないと言っているはずですが」
「う、うむ。だが、ルベリーは議員なので第三者と認められない」
「なるほど。つまり、メフィールさんのほうには議員ではない第三者の証言があると」
「……ど、どうだっただろうか……?」
議長はキョロキョロと議員たちの方へ視線を向けるが、誰もが目を逸らした。そしてメフィールも悔しそうにしている。
それを見たコンスタンツが眉をひそめ、小声で「えぇ……」と驚いていた。
アーデルが小声でコンスタンツに問いかける。
「どうしたんだい?」
「思った以上にポンコツ過ぎて作戦が台無しになりそうですわ!」
小さな声で返答しているが、憤りがあるのか、口調は非難めいている。おそらくだが、レベルが低すぎて相手にならない状況だとアーデルは思った。
「だ、第三者の証言はある。それは間違いない」
議長が苦し気にそう言うとコンスタンツはため息をついた。
「ならこの場に呼んでください。まさか証人を呼ばずに状況を確認したり、罪を問うつもりはありませんわよね?」
「む、そ、それはそうだが……」
「それともう一つ」
「な、なんだろうか?」
「つまらない相手に与したところで、つまらない結果を共有するだけです。沈んでいく船に乗ったままなんて馬鹿がすることだけと言っておきますわ。それを理解した上で、この議会を続けるのか終わりにするのか、そして誰の味方をするべきなのか、ちゃんと考えてから決めてくださいな」
コンスタンツはぶっきらぼうにそう言うと誰にでも分かるようなため息をつく。そこでアーデルはコンスタンツに「我慢しな、まだ始まったばかりだよ」と助言するのだった。