人外との比較
アーデル達が調査に来ている畑にメフィールという魔族がやってきて、いきなり攻撃をした。アーデルがそれを防ぎ、一触即発のような状況になる――かと思いきや、アーデル達は歯牙にもかけていない。
コンスタンツも相手を挑発しているわけではなく、本当に相手が弱すぎるのだ。それもそのはずで、アーデル達が相手にしてきたのは亜神と呼ばれる人外。それと比較すると弱すぎるのだ。
普通の人から見れば相手は魔族なので相当な魔力量ではある。とはいえ、アーデル達の相手ができるほどかと言われれば、答えはいいえだ。魔力量が絶対的な強さの指標ではないが、どう考えてもアーデル達に勝てる見込みはない。
アーデル達もこれまでの戦いや修行などにより、魔力量が増し、戦闘技術も増えている。普段は魔力を抑えるという訓練もしているので、それを見れば魔族たちの方が強いとの結論になるが、本当の強者であれば、それを見抜くことも可能だ。
コンスタンツも最初は隠蔽されている魔力があるのかと警戒していた。だが、メフィールはそんなこともなく、単に魔力を抑えていただけ。しかも魔力を解放しても、拍子抜けというか、逆に可哀そうになる程度の魔力しかない。
すでにアーデルはやってきた魔族に対して何の興味も持っていないようで、魔道具の調整を始めた。しゃがみ込んで土を見たり、メモに書き込んだりと、相手にすらしていない。
オフィーリアとクリムドアはアーデルをを手伝い、パペットはこんな農業ゴーレムはどうかと提案している。まともに対応しているのはコンスタンツで、魔族のルベリーはかなり困った顔をしていた。
当然、そんな態度を取られて黙っている魔族ではない。怒りの顔になったメフィールはアーデルが最初に作った結界に向かって魔法による攻撃を開始した。
「この結界が壊せるようなら相手をして差し上げます。頑張ってくださいまし」
「ふざけんじゃねぇぞ!」
「その程度の魔力で喧嘩を吹っかけてくる方がおふざけになるなと言いたいのですが、もし奥の手があるなら早めに出した方がいいですわよ。ここでの対応が終わってもまだいるようなら、邪魔したということでアーデルさんに踏みつぶされますから」
コンスタンツはそう言うと、アーデルの手伝いを始めた。
そしてメフィールは連れてきた魔族と共に結界へ魔法を放つが、ヒビすら入らない強固な結界は完全に相手を拒絶していると言ってもいい。
「あ、あの、いいんですかね……?」
ルベリーは誰かに向かって言ったわけではないが、それに反応したのはコンスタンツだ。
「ちょっとうるさいので邪魔ではありますが、アーデルさんなら気にしないと思いますわ」
「いえ、あの、メフィールは魔族の議員でもありまして、それなりの勢力があるのですが……」
「ルベリーさん、失礼ですが、私達は魔国の政治にまで口を出す気はありません。あの方が無礼なのは分かりますが、だからと言ってどうこうという話はありませんわ。攻撃してきたと言っても、あの程度じゃかすり傷にもなりませんし」
その言葉にメフィールはさらに怒りを露わにしたが、それでも結界はびくともしなかった。
「私達は魔女アーデル様が貸した魔道具の回収と、先ほどお伝えたダンジョンへの行くことだけです。それ以外のことは魔族の皆さまが解決する問題だと思いますが」
「……それは、そうですね……」
「ただ、わたくしたちの邪魔をするというなら叩き潰します。常に紳士や淑女でありたいと思いますが、敵対する相手に慈悲をかけるほどでもありません。あの方たちを助けたいのならルベリーさんが説得するべきですし、どうでもいいと思っているならアーデルさんが調査や調整を終えるまで待てばいいというだけです」
今はアーデルも調査や調整の方が大事なので放っているが、それらを終えて帰ろうとしているときにメフィールたちが因縁をつけてくるようであれば、何のためらいもなく倒す。殺すようなことはないだろうが、間違いなく全治何週間かの攻撃を放つ。
メフィールは結界を破壊できないのにいまだに実力差が分かっていないほどの愚か者。もしくは誰かに命令されてやっている可能性があるが、そんな相手をアーデルがまともに相手にすることはない。
コンスタンツの言葉にルベリーは頷くと、結界越しにメフィールと話を始めた。
「この方たちは私のお願いを聞いて土地を改善する魔道具を作ってくださっている! 邪魔をするんじゃない!」
「武闘派の魔族も墜ちたもんだな? 人間どもにしっぽを振るなんて魔族のプライドはどうしたんだ?」
「ならお前に食糧問題を解決できるのか!」
「そんなもん、人間達を襲って奪えばいいだろうが!」
「この結界を壊せない程度の癖に、そんなことができると思っているのか!」
ルベリーは説得していると言うよりも非難している。徐々にエスカレートしているが、アーデル達は全く気にせずに作業を進めるのだった。
「よし、大体の情報は揃ったね。それじゃ宿に戻って、調整した魔道具を作ろうか」
メフィールが襲ってきてから一時間ほど経過すると、アーデルがそう言った。手を叩いて土を払いながら立ち上がったアーデルはようやく周囲の状況に気付く。
いまだにメフィールがいるようだが、ルベリーと言い争いをしている。アーデルからすれば、人に魔道具を頼んでおいて何をやってんだい、という言葉がでかかったが、面倒なのでやめておいた。
「ルベリー、それじゃ私達は帰るから」
「え? あ、ちょ――」
「結界を解くからちょっとどいておくれよ」
「待った! ちょっと待ってください! 今結界を解いたら危ないです!」
アーデルは「危ない?」と胡散臭げな視線をメフィールに向ける。
「アンタ、まだいたのかい。私に何か用なのかい?」
「ようやく話ができそうな奴がいたな。おい、お前らが持っている物を全部おいていけ。魔国への入国料だと思ってくれればいい」
「嫌だよ。アンタ、馬鹿なのかい?」
あまりにもストレートな表現だったので、アーデル以外の全員が驚く。アーデルはさらに続けた。
「さっきコイツが議員とか言ってたと思うんだけどね、盗賊とか山賊でも議員になれるなんて魔国のことが心配になるよ」
皮肉でもなんでもなく、本当に心配そうな顔をしているアーデル。基本的にアーデル村といくつかの町くらいしか知らないが、それでもこんな奴が議員という国を運営する立場なのは大丈夫なのかと心底心配している。
それは魔国が心配というよりもせっかく作った魔道具が勝手に奪われないかと心配しているにすぎない。これはパペットに頼んでもっと強力なゴーレムにしてもらわないと駄目かと考えているほどだ。
「それに結構時間が経ったのに結界が壊れていないじゃないか。その程度の強さなのに、なんで私に持ち物を寄越せなんて言ってんだい?」
「たぶんですが、お馬鹿さんなのですわ」
「ああ、そういうことか。ルベリー、教育っていうのは大事だと思うよ。私が住んでいる村にも学校とかいう教育機関を作ろうとか言ってるからね」
「そう! 教育は大事ですわ!」
なぜかアーデルとコンスタンツの話になってしまったが、ルベリーが「はぁ」と曖昧な返事をしていると、メフィールが震えている。
「殺す!」
「できないことは言うもんじゃないよ。でも、言っても分からないだろうね」
アーデルはそう言うと、結界に手を振れる。直後に結界が解かれた。ただ、それだけでは終わらない。アーデルが魔力を解放したのだ。
全員の動きが止まった。
濃い魔力はそれだけで人を死に至らしめる。そんな魔力がメフィールたちの周囲にまとわりつく。ほんの少しでも触れたら死ぬ、そんな死の気配が周囲に立ち込めた。
「魔法を使わなくてもアンタらくらいなら殺せる。ここで死ぬか謝るか、いま決めな。言っておくけど、アンタらの勢力とやら全部を相手にしたって殺せるからちゃんと考えるんだね。アンタでもそれくらいは想像できるだろう――あ」
あまりにも濃い魔力に死の危険を感じたのか、メフィールたちは全員が気絶してしまった。
「えっと、ルベリー、このままにしてもいいのかい?」
「あ、はい。人を呼んで運ばせますからこのままで。あの、これは謝罪したでいいんですかね?」
「どう見てもしていないけど、私に恐れて気絶したって情報は流しておきなよ。つまらない因縁を吹っかけられるのは嫌だからね」
ルベリーは複雑そうな顔で「分かりました」といい、人を呼びに行った。そしてアーデル達は特に何事もなかったように宿の方へと戻るのだった。