実力差
アーデルはキュリアスが書いた術式や魔法陣を元に魔道具を作り出した。それが上手く動くかどうか確認するために、最初に訪れた小麦畑とは異なる畑へ向かう。
案内された畑はアーデル達から見て畑とは言えないような場所だ。何らかの草が生えているという程度で、食べ物が育っているようなようには見えない。
「収穫の時期がずれているのもありますが、この草から三割くらいは食べられる物ができるんですよ」
ルベリーが言うには、草が生えるだけで感謝しているくらいで、今年は豊作と言ってもいいくらい草が生えているとのこと。ただ、これが実際に食べられる物になるかどうかはもう少し先にならないと分からないらしい。
アーデルは何とも言えない気持ちになりながらも、畑の土を確認する。
相当な魔力が含まれていることを確認したのち、作った魔道具を地面に置いた。今回もパペット提供のミニチュアゴーレムだ。本来よりもかなり小さなゴーレムだが、この方が分かりやすいということで採用した。
吸収した魔力でゴーレムで動くようにもしている。これは魔力をキュリアスの場所へ届ける案の前に考え付いたものだが、すぐに魔力が満タンになることを考えてボツにした。
ただ、キュリアスのいる場所へ魔力を送ることも上手くいきそうなので、改めて案を採用し、自律的に防衛できるようなゴーレムにしたという経緯がある。
そのゴーレムが動き出すと、穴を掘ったり、水を撒いたりと色々やり始めた。これに関してはアーデルたちのほうが驚く。そんなことをするゴーレムだとは思っていなかったのだ。
「農業ゴーレムです。魔力をじゃんじゃん使っていいということでしたので、色々な機能を取り付けています。じゃがいもが好きです」
誇らしげにそう語るパペットをフォリーリアが褒め称えると、色々な農業ゴーレム取り出しては説明を始めた。
アーデルとしては、大量にゴーレムがいれば大農場も夢じゃないと思いつつも、まずは土地が大丈夫かと改めて地面の魔力を確かめる。
「思っていたよりも吸収が足りないね。あまり魔力を吸い過ぎてもまずいかと思って出力を下げたけど、もうちょっと強化してもよさそうだ」
「そういうのは分かるものなのですか?」
ルベリーが驚いた様子で尋ねると、アーデルは「分かるよ」と返した。
「ばあさんが作った魔道具を見たし、小麦畑の土も確認したからね。土地の範囲と吸収力を考えるともっと吸い取っても大丈夫だから、この辺りは微調整が必要だね。魔道具の稼働が大丈夫かも考えて、一ヶ月くらいは調整の必要があるけど、何とかなると思う」
それを聞いて最初はポカンとしていたルベリーだが、急にアーデルの手を両手で取った。
「ありがとうございます!」
「礼は上手くいってからでいいよ。でも、頼みたいことがあるからそれをやってもらえるかい?」
「なんでしょうか?」
「この大陸の真ん中に誰にも知られていないダンジョンがあるって話なんだ。その入り口を探してくれないかい?」
「誰にも知られていないダンジョン? 知られていないのにアーデルさんは知っているんですか?」
「そんなこと言われても、元神であるキュリアスって奴が言ってたことだからね」
「キュリアス……って、創造神ではないですか!」
「そうだよ。ちなみにここで吸い取った魔力はそいつの部屋に送るようにしてる」
「えぇ……?」
「魔道具に使われている術式もそいつが教えてくれたものだから問題ないよ」
ルベリーは口をパクパクさせているが、オフィーリアがルベリーの肩に手を置き、うんうんと頷いた。
そんな二人を横目にコンスタンツが扇子を取り出して口元を隠す。
「ところでアーデルさん、現在使われている魔女アーデル様の魔道具はすぐに回収するのですか?」
「言いたいことはわかるよ。でも、あれはまだだ。時の守護者――じゃなくて、亜神の奴が襲ってくるかもしれないからね。あれを回収するのは魔国でやることが終わってからと思ってるよ」
亜神がやってくるタイミングは様々だが、魔道具に触れたときが多い。現在使われている魔女アーデルが作った魔道具も、その可能性が高いので、しばらくは回収しないとアーデルは決めている。
「まずはダンジョンの探索が先だ。やることをやってからだね」
「いつになくやる気ですわね?」
「面倒なことを押し付けられるのは嫌だけどね、それがばあさんの仇討ちになるならいくらでもやってやるさ」
魔王であったクリムドアの魂をダンジョンで見つけ、それを竜王の卵に入れる。それをキュリアスに渡すことで未来から竜のクリムドアがやってくる。これがオーベックに言われた内容だ。
すでに別の世界で行われた行為ではあるが、この世界でも同じことをしなければ別の世界に問題が生じる。本来関りがない世界だが、今は色々な世界がお互いに支え合っている状態だとアーデルは考えている。
そうしなければ亜神を欺けず、全ての世界が滅ぶ可能性が高い。アーデルからすれば、そんなことは神が自分でやりなよという考えではあるが、自分がばあさんと慕った魔女アーデルを不幸にしたのが亜神なら、落とし前をつけさせるのは当然だとも考えている。
もともと魔道具の回収をしようとは思っていたものの、現在のアーデルのモチベーションは亜神への復讐にシフトした。この魔国がその亜神の本拠地だと思うと、それなりにやる気がわくのだ。
「それじゃ、ルベリー、ダンジョンのことは任せたよ。私はその間、魔道具の調整を――」
アーデルはすぐさま結界を張った。
直後に結界の外側に氷で出来た槍のような物が当たる。当然というべきか、氷の槍は結界を突き抜けるほどではなく、弾かれて砕かれた。
「ほう、たかが人間にしてはやるじゃないか」
髪が白く、やせこけた感じのが何人かを引き連れてアーデル達がいる方へやってきた。
「メフィール! 貴様、何をする!」
ルベリーが白髪の男に向かってそう叫ぶ。メフィールと呼ばれた白髪の男は特に悪びれることもなく笑った。
「ルベリー、いたのか。怪しい奴らがいたので殺そうと思っただけだ。悪気はないから許せ」
「ふざけたことを……!」
「そんなことよりもそいつらを紹介してくれないか? それとも本当に殺していいほどの怪しい奴らなのか? なんだったらお前の代わりに殺してやってもいいぞ?」
メフィールがそう言うと、周囲の魔族たちも笑った。
「ルベリーさん、あの下品な男たちは何なんですの? 教養の欠片もなさそうな殿方たちですが」
コンスタンツが扇子で口元を隠しながらそう言うと、メフィールたちの笑いが止まる。
「ご不快な気持ちにさせて申し訳ありません。あんなのでも一応議員の一人でして……」
「まあ! 魔国は人材が不足しているのですわね。お察ししますわ」
明らかにコンスタンツは煽っている。アーデルはともかく、オフィーリアは「よく言った!」的な顔だ。
メフィールは興味深そうにコンスタンツを見ているが、周囲の魔族は怒り心頭だ。
「人間にも度胸があるやつがいたものだな。だが、悲しいな。実力差が分からないのか?」
「いえ? 分かるからこの態度なのですが。もしかして貴方の方が実力差が分かっていないのでは?」
余裕そうだったメフィールは目を細める。そして納得したように頷いてから笑った。
「ああ、こちらが魔力を押さえ込んでいるから勘違いしたのだな。なら見せてやろう」
そう言うとメフィールの魔力が膨れ上がる。周囲に影響するほどの魔力が溢れ、メフィールは笑ってから口を開いた。
「これでどうかな? 自分の勘違いが分かっただろう?」
「……お聞きしたいのですが」
「謝罪の言葉くらい、自分で考えてほしいものだね。それとも贈り物の方かな? なら魔道具でも贈ってくれるなら機嫌を直してやっても――」
「いえ、そういうことではなく、それで本気ですの? 遠慮する必要はありませんわよ?」
「……なに?」
「いえ、ゴブリンがオーガになった程度でドラゴンに勝てると思っているなら、滑稽を通り越して憐れみしかないのですが。その五倍くらいは魔力を出せますわよね? そうでないと、その、弱い者いじめは貴族として恥ずべき行為ですので、謝らなければならないと思いまして。ああ、悪気はないのですのよ」
アーデルとしてはそれも煽ってないかとは思いつつ、貴族って嫌味な言い方が得意なんだなと、どうでもいいことを考えていた。