元神への提案
アーデルはベッドの上で目を覚ますと上半身を起こしてから大きく伸びをする。
魔道具の作成を考えてからほぼ丸一日寝ずに対応していたのだが、最終的に作る魔道具の構想は決まった。疲れたのでそのままベッドに倒れ込んだのだが、いつの間にかちゃんと寝ていた。
オフィーリアが色々やってくれたのだろうと感謝しつつ周囲を見る。
うっすらと窓から明かりが入っているが部屋の中はかなり暗い。朝だとしてもまだ早い時間だと、もう一度横になった。そして作る魔道具に関して改めて考える。
現在使われている魔女アーデルが作った魔道具は、魔力を吸収する魔道具だが、それは世界を滅ぼす黒い炎を作る魔道具。多くの魔力を貯めると、いつかは黒い太陽になり多くの生物を殺してしまう。
その魔道具は長い年月をかけて魔力を吸収するが、クリムドアがいた時代にはそれが完成したようで世界が滅びかけていた。かなりの魔道具を回収したので多少は遅らせることができるが、二千年後くらいには世界の再生ができないほどになる。
今回、魔道具を回収すればその危機は回避される。とはいえ、これは亜神エイブリルが魔女アーデルを操り行ったこと。亜神が生きている限り、別の誰かを使って同じことをする可能性が高い。
そこでアーデルが考えたのは吸収した魔力を別の場所へ転送すること。その候補はキュリアスがいた場所だ。あの不思議な空間に魔国の大地から吸収した魔力を転送する。
当然、アーデルだけではできないので、キュリアスの許可が必要だ。もともと、どこかにあるクリムドアの魂を竜の卵に入れてキュリアスに渡す必要があるので、会わなくてはならない。
さて、どうすれば会えるのかと思ったところで、外の窓から差し込む光よりも、部屋の入口であるドアの隙間から明るい光が漏れていた。
ただの光ではなく、不思議な気配も感じるので、同じ部屋にいる皆を起こさないようにベッドから降りて入り口のドアに近づいた。そしてドアノブを掴み、開けた。
ドアの先は以前キュリアスと出会った大量の本がある空間。そして多くの本棚が置かれた場所の先にはキュリアスがいた。
相変わらず机の上には本が山積みになっているが、以前よりも減ったのか、机越しにキュリアスが見えるくらいにはなっている。
「やあ、久しぶりだね。僕に用がありそうだから招待させてもらったよ」
「さすがは神と言ったところかい。いや、元か。まさか会いたいと思ったらそっちから招待してくれるとはね」
アーデルはそう言いながら、キュリアスの対面にある椅子に遠慮なく座る。
その行動にキュリアスは笑いながら、呼んでいた本を閉じて机の上に置いた。
「友達なのだから当然だよ。いつでもと言うわけにはいかないけどね。それに君は自身の秘密も知った。オーベックにも話を聞いただろう?」
「私がホムンクルスで、ばあさんは私の体に移ろうとしていたって話かい?」
「そのとおりだ。辛い思いをしたとは思うけど――」
「別に辛くないさ。私が何であろうとも気にしない友人たちがいるからね」
「――そうか。いい友人を持ったんだね。それに君自身のことや魔女アーデルの意思を知っても、魔道具の回収を止めていない。以前とは違った行動を起こしてくれたようだ」
その言葉にアーデルは少しだけ眉をひそめる。別世界の自分の行動を言っているのだろうが、そんなことを言われても何も答えようがないのだ。
「アンタらしか分からないことを私に言うんじゃないよ。アンタ達が私を使って何をさせようとしているのかは知らないけどね、こっちにも協力してもらうよ」
「もちろんだ。何をすればいいかな?」
「魔国の土地から魔力を吸収する必要があるんだけどね、吸収した魔力をここへ送りたいんだ。この部屋なら別にいいだろう? 術式を教えな」
吸収した魔力を別の形、例えば水や炎に変えるという手段も考えたのだが、魔力量が多いために魔力の消費が追い付かない。かといって、空気中にそのまま放出するのは意味がない。
魔国というよりも、亜神の領域とも言える場所から魔力を吸い上げ、ここへ転送してしまった方が手っ取り早いと考えた結果だ。神だったキュリアスしかいない領域に魔力があっても問題はない。
それにアーデルはキュリアスを巻き込む気満々だ。
世界を亜神から救う為とはいえ、色々なことをやらされる羽目になった。最終的にはそれがアーデルのためになるとはいえ、いつまでも使われているのは性に合わない。
キュリアスが神の力を振るえないとしても、それくらいはしてするべきだろうとアーデルは今回のことを考えた。
そのキュリアスは驚きの顔でアーデルを見ている。
「驚いたよ。そんな提案をしてきたのは君が初めてだ。一体何が違うのだろうね?」
「だから、私が知らない私のことでいちいち驚くんじゃないよ。もしかして、できないのかい?」
「これでも元は神だよ。それくらいはできる。しかし、君にはいつも驚かされる。見ていて飽きないね」
「誉め言葉として受け取っておくよ。それじゃ、魔力の吸収まではできているから、集めた魔力をここへ送るまでの術式を決めておくれよ。一応、私が考えたのはこれだけど」
アーデルはそう言いながら、自分で紙に書いた魔法陣や術式をキュリアスに渡す。
キュリアスはその紙を受け取ってから確認し、紙に羽ペンで修正を入れた。ほぼ悩むことなくそれを書き込むのを見てアーデルは驚く。内容を一瞬で理解し、さらにはより良くなるように直したのだ。
いまだに神という存在を少し疑っていたアーデルは、目の前にいるキュリアスに少しだけ畏怖を感じる。
「これでどうだろう? 問題がないか確認してくれないかな?」
訂正が入った紙を確認すると、完璧とも言える回答の魔法陣と術式が書かれている。術式の効率はもとより、空間をつなげるほどの術式が追加されており、これだけで世界を驚かせるほどだ。
「別にばらす気はないけれど、私にこの術式を教えてもよかったのかい?」
「構わないよ。どうせ、何百年後には判明する術式だ。それに場所の指定はともかく、空間をつなげる術式はクリムドア君も知っている。時渡りの魔法の基礎術式だからね」
時渡りの魔法は時空を超える魔法。それを考えれば、確かに空間をつなげる魔法も必要だろうとアーデルは解釈する。
それはそれとして、これで魔力を吸収してここへ送る魔道具を作れるようになった。あとは実際に作ればいいだけだと、アーデルは椅子から立ち上がろうとする。
だが、それをキュリアスが止めた。
「待って欲しい。伝えておきたいことがあるんだ」
「……また何かさせようって話じゃないだろうね? それでなくても、やることがあるってのに」
「その心配は無用だよ。伝えておきたいのはクリムドアの魂のことだ。オーベックから言われて魔国まで来たんだろう?」
「そうだね。で、魂がなんだい?」
「魂がある場所は魔国の中心にある洞窟の中だ。誰にも知られていないのでは名前はないけどね」
「調べる手間が省けたのはありがたいね。ところで、魔国は亜神が作り出したものなのかい?」
クリムドアが言っていた仮説。それはこの島全体が亜神の領域だという。そのために泊まっている宿には盗聴防止の魔道具を使っているほどだ。
「その推測は正しいよ。最初は小さな島でしかなかった。その島には多くの価値あるものが存在し、人々を魅了した。今のダンジョンと同じだね。そうやって島に上陸する人々から魔力を集め、今ではあんな大きな島になった」
「アンタらはそれを黙って見てたのかい?」
「もっと早くに気付けたら良かったのだけどね、向こうは色々とばれないようにしていたし、神として手を出せないうちに亜神エイブリルは強大な魔力を手にしてしまったんだ」
「私たちはその尻拭いをしているってわけだ」
「申し訳なく思っているよ。だから君がやってくれると言った時は――いや、これもまた君が知らない君のことだ。とにかく、何かあればいつでも頼ってくれ。オーベックは神としてこの世界に干渉することは難しいが、僕ならある程度は自由が効く身だ。限度はあるが、君の要望に応えよう」
「期待してるよ。それじゃ、次は竜の卵にクリムドアの魂を入れて持ってくる。邪魔したね」
「分かった。また会おう」
アーデルは今度こそ椅子から立ち上がると、すぐに入ってきた扉の方へ向かい、部屋の外へと出たのだった。