魔力の献上
「パペット、アレは人を乗せて運んじゃ駄目だ」
「ブラッドさんの貴重な意見は今後の参考にします」
「意見じゃなくて文句な。普通の奴なら死んでたぞ」
アーデル達が小麦畑を見に行った日の夜、超高速のゴーレム馬車に乗ったブラッドは着いた時点でボロボロだった。すぐさまオフィーリアが治癒の魔法を使ったので問題はない。
ブラッドだから耐えられたという状況ではあるが、通常の四分の一程度の時間で来ることができたという結果は出した。ブラッドとしてももっと改善できれば運送の革命が起こせるレベルなのでそこまで強くは言っていない。だが、文句は言いたいところだ。
「それで魔国で食料を作ることに首を突っ込んでいるんだって?」
ブラッドはそう言って部屋にいるアーデルの方へ視線を向ける。
そのアーデルはテーブルの上に置かれた何枚もの紙に書きなぐるように文字や魔法陣を書いている。ボツになった物も多いのか、床に落ちている丸まった紙もいくつかあった。
それを拾いながらオフィーリアが説明する。
「魔女アーデル様が貸している魔道具が小麦畑の魔力を吸い上げるものでした。穏便に返してもらうために似たような魔道具を作るんですけど、それはそれとして農業的なことに関してはブラッドさんの方が詳しいかなって」
「そういうことか。魔道具を返してもらっても魔族が困窮するなら後味が悪いしな。ところでコニーは?」
「コニーさんは魔族の議長であるルベリーさんと一緒に魔都の視察をしています。魔石や魔鉱以外にも取引が可能な物があるかもしれないからとか」
「その方が俺の分野だと思うが……まあいい。鳥ゴーレムで事前に連絡は受けていたから種や苗を持ってきた。だが、魔力がある土でちゃんと育つ食材か……」
「一応、アーデルさんが土の魔力を吸い取るような魔道具を作ろうとしているんですけど、魔国全体にいきわたるわけじゃないし、どこでも育つようなものがあればいいんじゃないかと」
商人のブラッドとしては少々複雑な思いではある。魔国での食料自給率が上がると今後の取引に影響が出かねない。とはいえ、魔国や魔族を恨んでいるわけでもないし、個人の矜持として足元を見すぎる取引はしたくない。
ならばきちんと考えようと以前アーデルに作ってもらった亜空間の魔道具から持ってきたものを空いているテーブルの上に並べる。
「相当な量ですね?」
「どれも少量しかないが、種類だけは多くそろえているから一つ一つ検証してみる。できれば魔族で農業をしている人にも話を聞いてみたいんだが誰か知らないか?」
「そういうのはルベリーさんに聞くのが一番でしょうね。私がパペットちゃんと一緒に聞いてきますよ」
「そうか、頼む。あと、魔国で売られている食材を買ってきてくれ。俺が持ってきた食材なら交換してくれるはずだ」
「分かりました。それじゃちょっと行ってきますね。パペットちゃん、行こう!」
「護衛は任せてください」
オフィーリアは作る魔道具を懸命に考えているアーデルをちらりと見てから、パペットと共に部屋を出て行った。
ブラッドはそれを見届けると、ベッドの上にいるクリムドアの方へ視線を向ける。
「クリム、知識を借りたい。魔力に強い種や苗があるか一緒に確認してくれないか?」
「俺の知識を頼ってくれるのはブラッドくらいだ……アーデルに俺の案はことごとく却下されたからな……」
「なにがあったのか知らんが、気を落とすなよ」
なにか気を落としている感じのクリムドアだが、おそらく自分が来る前に何かあったのだろうとブラッドは想像する。とはいえ、下手に慰めてもアレなので、普通に協力してもらうだけだ。
アーデルは集中しているのか、オフィーリア達が部屋の外に出たことも気付いていない。せめて邪魔しないようにとテーブルの上に広げた種や苗を確認するのだった。
その日はルベリーが連れてきた農家の魔族や、宿の従業員も巻き込んで色々と状況を確認した。アーデルだけは魔道具作成に集中しているようなので、それの邪魔にならないように対応している。
最終的には宿の空き部屋を使うほどの人が集まってしまい、多くの魔族が意見を出すことになった。オフィーリアやパペットはその意見を一つ一つメモしていたが、紙が束になるほどだ。
現時点では魔力に強い食材はないと言う判断になった。ただ、無理だとは分かっているが、実験をしてみようとブラッドから種や苗が農家の魔族に提供された。
その種や苗に対して対価を払うと言う話にもなったのだが、ブラッドはそれを断り、結果を報告するという約束を取り付けただけだ。
時間も遅くなったので、また明日から色々と調査するということになり、今日はお開きとなった。部屋にはアーデル達のほかにルベリーだけが残り、お茶を飲んでいる状況だ。
そんな状況でもアーデルはいまだに魔道具作成で頭を悩ませている。食事はとるし、話しかければ反応するが、基本的には生返事。雑に頭を掻いては、テーブルの上にあるクッキーを食べ、紙に魔法陣を描いている。
オフィーリアはそんなアーデルの世話というか、乱れた髪に櫛を通したり、クッキーを補充したり、水分補給のお茶を飲ませたりと、色々と大変ではある。ただ、なんとなくだがオフィーリアは楽しそうにも見えた。
そちらを邪魔しないように他は別のテーブルを囲んでいる。
「ブラッドさん、今日はありがとうございます。皆、喜んでおりました」
「気にしないでくれ。こちらも結果を知りたいからな」
「そう言ってもらえると助かります。ですが、魔力に強い食材というのはありませんでしたね」
「確かにそうだが、アレがこの世界にある全ての種と苗というわけじゃない。他にも可能性があるから諦める必要はないと思うぞ」
ルベリーは頷く。
今回ブラッドが用意したのは手持ちにある物だけだ。そもそも商売や実験という目的で持ってきたわけではないので、この世には他にもたくさんの種や苗が存在する。
「なんでもブラッド殿はエルフの国に伝手があるとか」
「俺の伝手というかアーデルの伝手ですがね。ですが、あそこも島国で魔力が濃い国です。魔国でも順応できる何かがある気はします」
「なるほど、それは考えていませんでした。そもそも魔族はエルフと交流すらないので……」
「まあ、アーデルが土地の魔力を吸い取る魔道具を作ってしまえば問題はないんですけどね」
「問題はあるに決まっているだろう?」
ブラッドはいきなりアーデルが会話に入ってきたので驚いた。先ほどまで鬼気迫る感じに色々やっていたが、今はテーブルから離れて立ったままお茶を飲んでいる。
「もしかして魔道具ができたのか?」
「できたわけじゃないけど、こういうのを作ろうかなとは思っているよ」
アーデルはそう言って一枚の紙をブラッドに渡す。ブラッドがそれを見ると、オフィーリア達もその紙を覗き込んだ。複雑すぎて何が書いてあるのかは分からないが、タイトルだけは分かる。
「魔力の吸収と転送……?」
「魔力の吸収は難しいもんじゃないけど、転送の術式とか魔法陣が難しくて時間がかかっちまったよ」
「転送とはなんだ? 魔力を空気中に放出すると言うわけじゃないんだよな? 魔力が濃い魔国でそれをやると何が起きるか分からないとか言って却下されたと聞いたが」
ブラッドはそう言ってクリムドアを見る。そのクリムドアはがっくりと肩を落とした。
「そうだね。だから吸収した魔力を別の場所に移す感じで考えているよ。許可が必要だから、まだ作れないんだけどね」
「許可?」
「ああ、せっかくの魔力だ。神に魔力を献上しようと思ってね」
アーデルはそう言うと口を開けて笑う。そしてそのまま大あくびをした。
「疲れたから寝るよ。詳しい話はまた明日だ」
そう言ったアーデルはふらふらとベッドの方へ移動すると、仰向けで倒れ込み、数秒後には寝息を立ていた。
オフィーリアは「もー!」と言いながら、アーデルを仰向けにしたり、シーツを掛けたりとアーデルの睡眠を補助するのだった。