お人好し
魔族の議員であるルベリーは言いたいことを言って帰った。
宿の部屋に残されたアーデル達は、さてどうしたものかと考えるが、そもそもルベリーの願いを叶えてやる義理も、そんな知識もない。それをなぜ自分に頼むのかとアーデルは理解に苦しんだが、その事情も説明してくれた。
魔女アーデルから借りている魔道具がその理由だ。簡単に言えば、その魔道具は土壌の改善を行っている物で、返したいけど返すと魔国が大変なことになるという。
そもそもなぜ魔女アーデルの魔道具が魔国にあるのかという話にもなるのだが、魔族は人目を避けて魔の森へ行ったことがある。それはアーデルが生まれる前の話だ。
魔女アーデルから見れば恨みがある魔族になぜ魔道具を貸したのか。ルベリーは魔道具作成に必要な鉱石を大量に持って行ったからと言っていたが、それはおそらく違うとアーデルは思っている。憶測でしかないが世界を破滅させるための魔道具をより多くの場所へ送った結果だ。
それに関しては亜神の思惑があったからだが、当時の魔族は大変感謝しており、魔族の王であったクリムドアよりも崇拝しているほどだ。
それを聞いてしまうと、アーデルとしても何とかしてやりたくはなる。そもそも魔女アーデルが作った魔道具を回収してしまうと、魔国が大変なことになると言われたら断りづらい。
そんなこと知らないよの一言で終わらせることもできたが、かなり大きなため息をつきつつも、アーデルは考えさせてほしいと回答し、ルベリーは喜んで帰っていった。
そして今に至る。
「アーデルさんはお人好し過ぎませんか?」
「コニーの言いたいことは分かるけど、私だってばあさんの魔道具を回収しなきゃならないんだ。無理矢理奪うことはできるだろうけど、穏便に済ませたいだろう?」
「それがお人好しだと言っているのですが、具体的にどうするか決まっているのですか?」
「ばあさんが作った魔道具を調べてみるしかないだろうね。それに知識と言えばクリムだろう? そもそも魔国ではどうして食べ物を作るのが難しいんだい?」
アーデルはクリムドアに視線を向ける。クリムドアが短い前足を腕を組むようにして考え込むと「おそらく」と言った。
「魔国の土地は魔力が濃すぎるのだろう。そういう場所で育てられた野菜や果物は大きくならない。濃い魔力に耐えられないからだ。もちろん例外はあるが、そういう例外的に育ってしまったものはどちらかというと錬金術に使うような素材になる」
「そういうものなのかい?」
「魔の森も似たようなところだろう? 薬に使えそうな花などは多いが、実際に食べ物が育ちやすいのはアーデルの家周辺だけだ。もしかするとアレは魔女アーデルが何らかの手段で周辺の改善をおこなったのだろうな」
アーデルは、確かに、と頷く。
自給自足の生活をしていたが、食べられる野菜や果物などは家の周辺だけであり、そこ以外で食事として使えそうなものはない。他は魔力を帯びたもので薬に使えるが、体内に取り込み過ぎると逆に危険になる物ばかりだ。
魔族は人間よりも魔力に強い体を持っている種族なので多少は平気だろうが、それでも食べ続ければ危険な状態になるだろう。
「となるとフロストちゃんの時みたいに魔力を吸い取るような魔道具を作る感じですか?」
オフィーリアがそう言うと、アーデルは難しい顔になった。
フロストは魔力過多症という症状であったが、アーデルが作った薬で今は落ち着いている。その薬を作るまでは、小さなクマのゴーレムを魔道具化してフロストの魔力を吸収していた。
「あれはフロストの魔力を吸い取るだけだったからできたことなんだよ。魔国でどれくらいの土地を改善させるのかは知らないけど、畑一つだけだとしても相当な大きな魔道具にしないと駄目だろうね」
また、アーデルが作った魔力吸収用の魔道具は吸い取った魔力を空気中に放出するもの。それは魔力が少ない土地だから問題ないのであって、大地から魔力を吸い上げて空気中に放出してしまえば、それがまた大地に染みこみ、土壌の改善にならない可能性が高い。
「明日になればわかることだけど、ばあさんはどんな魔道具を作ったのかね?」
明日、ルベリーの案内で魔女アーデルが作った魔道具がある場所へ行く。可能であればそれを量産してほしいとのことだが、どんな仕組みの魔道具なのかはアーデルも知らないのだ。
「まあ、とりあえず明日だね。それとブラッドに連絡を入れてくれたかい?」
「先触れの鳥ゴーレムと全自動型運転の馬車ゴーレムを送っておきました。ブラッドさんなら多少馬車が暴れても平気だと思いますので、全力を出すようにしています。明日の夜には着くでしょう。でも、薬を用意しておいてください」
「ブラッドに怒られるよ?」
「怒る元気があるなら大丈夫です」
「そういう意味じゃなくてね。良くはないが、こういうのはブラッドの方が詳しいような気がするし、無茶をさせてでも来てもらうしかないね」
魔国で食料を作れるようにする。これまでの考え通りならアーデル達だけで対処は可能なのかもしれないが、実際に食べ物を育てるにはそれなりの知識が必要になる。そのためにブラッドを呼んだ。
魔王クリムドアを崇拝する組織に関しては注意が必要だが、ルベリーの態度を見ると大半の魔族は人間に対して敵対的ではない。港が船員達だけになるのは心配だが、護衛のゴーレム達がいるから何とかなるだろうとの判断だ。
「ブラッドなら魔力に強い食べ物を知っているかもしれないし、何かいい方法を知っているかもしれないからね」
「クリムさんとは違った方面の知識がありそうですからね!」
「そうだな、俺のいた時代だと食料もなかなか作れなくてな。さすがにそのあたりは俺よりもブラッドの方がいいと思う」
知識と言ったらクリムドアではあるが、今回ばかりはあまり役に立てそうにないと身を引いている。
「ただ、魔道具に頼った土地の改善もそうだが、そもそもこの魔国は全体的に魔力量が多い。その原因を突き止めて対処するという方法もあるぞ」
「土地の魔力量を何とかするって話かい?」
「その通り。それなら俺の知識でも活躍できるかもしれないからな」
「具体的にはどうするんだい?」
「調べていないから何とも言えないのだが、ひょっとすると――」
そこまで言ってクリムドアは言葉を止める。
全員が不思議そうにクリムドアを見つめるが、なかなか次の言葉が出てこない。
「どうしたんだい?」
「アーデルは盗聴防止の魔道具を作れるか?」
「盗聴防止? もしかして魔族に聞かれたくないのかい?」
「……ああ、そうだ。作れるか? この部屋での会話が誰にも聞こえない状態になるといいんだが」
アーデルはそんな重要な話をするのかと疑問に思いながらも数分で魔道具を作り出す。何に魔法を付与するか迷ったが、やはりと言うべきか、パペットが作った小さなゴーレムだ。
そのゴーレムに魔力を通すと、盗聴を防止する空間が展開された。
「これで大丈夫だよ。ゴーレム周辺で発生した言葉に魔力を乗せて周囲に聞こえなくしている。部屋の外までは聞こえないよ」
「助かる。念のための対策だがやっておくべきだろう。ちなみに魔族に聞かれたいのではなく、亜神に聞かれたくないからやってもらった」
「そうなのかい? でも、亜神が私達の言葉を盗聴している可能性なんかあるのかね?」
「まあ、念のためだ。やっても意味はないかもしれないけどな」
「そこまでして言いたいことって何だい? 土地の魔力量のことと亜神が絡んでいるのかい?」
「おそらくな。多分だが、この島全体が亜神が作ったものだと思う。魔の森がダンジョン化しているレベルではなく、魔国の大陸まるごとだ。俺たちは亜神の胃の中にいると言っても過言じゃないと思うぞ」
それを最初に言ってほしかったと全員がクリムドアを非難めいた目で見つめるのだった。




