魔族のイメージ
魔国に二十人いる議員、その長であるルベリーがアーデル達が泊っている宿にやってきた。
ルベリーは三十代後半くらいの女性で、人間ではあまり見ない水色の髪を腰のあたりまで伸ばしている。以前のアーデルが着ていたような黒のローブを羽織っており、笑顔ではあるがその魔力量は侮れない。
ただ、その態度はかなり下手に出ているというか、こちらに対して丁寧な態度をとっている。そもそも敵対している関係ではないのだが、ここまで丁寧にされる理由もないのでアーデル達はやや調子が狂う。
しかも、ルベリーは一人。魔国という国を運営しているトップと言ってもいい魔族が護衛をつけずにやってくるのは少々不気味だ。宿の外に兵士たちがここを囲んでいるということもなく、本当に一人なのだ。
アーデル達はすぐに机と椅子を用意し、オフィーリアは紅茶やクッキーを用意した。
「あの、どうぞ。お口に合えば幸いです」
「良い香りです。いただきます」
ルベリーは笑顔でそう言うと、何の疑いもなくクッキーを食べて紅茶で喉を潤した。そして大きく息を吐くと、先ほどよりも笑顔でオフィーリアを見る。
「大変美味しいです。このようなお菓子を食べたのは久しぶり――というか、初めてかもしれません」
「そ、そうですか。おかわりもたくさんありますので、どうぞご遠慮なさらずに」
オフィーリアはそう言って皿にクッキーを追加した。
それを見ていたルベリーはごくりと喉を鳴らしたが、理性が働いているのかアーデルの方を見た。
「貴方がアーデル様で間違いないでしょうか?」
「そうだよ。で、アンタがルベリーかい?」
「はい、では、こちらの方が――」
ルベリーは一人一人、名前を確認していく。顔写真のような物はないが、大体の容姿に関してはすでに連絡が届いているのか、アーデル達の名前をきちんと当てていた。
「最後に――貴方がクリム様?」
「ああ、ドラゴンのクリムだ。よろしく頼む」
「では貴方が魔王クリムドアと同じ魂を持つ者ですか」
クリムドアはアーデル達以外の前ではクリムと名乗っている。それが伝わっているようで安心したアーデル達だが、ルベリーの言葉で全員が身構えた。
だが、ルベリーは座ったまま両手を軽く上げた。
「失礼しました。ですが、クリム様をどうこうするつもりはありません」
お互いしばらくそのままだったが、アーデルが警戒を解くと、オフィーリアたちも合わせて警戒を解く。そして最後にルベリーは手をおろした。
「いきなりあんな発言をしてしまって申し訳ありません」
「別にいいよ。でも、なんで知ってるんだい?」
「アルデガロー王国にいた魔族――宰相に化けていた男はジグロットと言うのですが、そこからとある組織に情報が送られていました」
「アンタが裏から糸を引いていたってことかい?」
ルベリーは慌てて首を横に振る。
「いえ、私とは――我々とは関係のない組織です。魔王クリムドアを崇拝する組織があるのですが、アルデガロー王国でそんなことをしていたのは我々も初耳でした。それもはるか昔から。なので、その情報を聞いた後、いくつかの拠点を壊滅させたのですが、その時に情報を得ました」
アーデルはコンスタンツの方へ視線を送る。
「アルデガロー王国としてもその情報は聞いていますわ。組織を完全に潰したわけではなさそうですが、何人かの構成員を捕らえたとか」
「なるほどね。アンタがクリムの魂のことを知っていたのは分かったよ。それでそれを確認してどうするんだい?」
アーデルから魔力が放出される。完全に押さえ込んでいた魔力がオフィーリア達を避けて部屋に充満した。さすがにこれには驚いたのか、ルベリーは自分でその高濃度の魔力を防ぎつつも、冷や汗をかいている。
「も、申し訳ありません。特にどうこうという話ではないのです。ただ――」
「ただ?」
「ただ、私は魔王クリムドアに会ったことはありませんので、同じ魂を持つ方がどのような方かと思いまして確認を。不愉快な思いをさせて申し訳ありません」
その答えに納得できたのか、アーデルは魔力の放出を止める。だが、今度はコンスタンツが魔力を放出させた。
「確認ですが、貴方は本当にルベリー様なのですか? 私達は貴方の見た目など全く知らないのですが、魔力量はともかく、武力で議員を勝ち取った魔族のようには思えないのですが」
「え? あ、ああ、そういうことですか。ですが、自分の証明は難しいですね。間違いなく私はルベリーなのですが、魔族にしては弱腰とか強さを感じないとかよく言われています……」
年上がしょんぼりしている状況にアーデル達はかなり困っているが、コンスタンツが何かを思いついたのかパペットの方を見た。
「パペットさん、すみませんが、この宿にいる従業員を誰でもいいので連れて来てもらえますか?」
「それはいいですけど、なぜでしょう?」
「ルベリー様は議員の長として有名な方。念のために、この方がルベリー様なのか確認してもらいましょう」
そもそもこの宿はアーデル達が選んだ宿。魔族全体でアーデル達を騙そうとしていない限り、ここにいるルベリーが本物か偽物か間違うはずがない。
パペットは頷くとすぐに部屋を出る。
アーデル達はルベリーを注意深く見るが、ルベリーは特に慌てる様子もなく、クッキーを見つめるだけだ。オフィーリアが「どうぞ」と促すと、ルベリーはまた嬉しそうにクッキーを食べて幸せそうな顔をしていた。
その表情にアーデルは偽物でも別にいいのではないかと思うほどだ。そしてクッキーが食べ終わったころにパペットがこの宿の従業員を連れてきた。しかも一人ではなく三人。さらには小さな子までいる。
「情報の精度を上げるために多くの人に協力を仰ぎました」
自慢げにそう言うパペットをコンスタンツが褒める。そしてここにいるルベリーが本物か確認すると、三人とも「ルベリー様です」と不思議そうな顔で答えた。
オフィーリアは協力に感謝しますと皆にクッキーを渡す。受け取った三人は嬉しそうに受け取って感謝しながら部屋を出て行った。
「私がルベリーであることは証明できたでしょうか?」
「問題なさそうですわね。ですが、その、魔族のイメージとかなりかけ離れているのですが」
どちらかといえば残忍、凶悪、卑怯者。そんなイメージがある魔族なのだが、そんな感じが全くない。なぜアルデガロー王国で何十年も暗躍したいたのかと思えるほどだ。
「我々の親やさらにその親の世代は暴走する魔王クリムドアを止めることができませんでした。そしてその魔王を止めることができたのは人間である魔女アーデル様。今の魔族たちは自分たちが弱いと思っています。物理的、魔力的なことではなく、心が弱いということですね」
「心が弱い?」
「身体能力や魔力で言えば、魔族は人間よりも強い。ですが、我々魔族は命惜しさに強大な力を持つ魔王クリムドアに従った。ですが、人間達はそれに怯むことなく立ち向かった。そして勝利した。あの戦いで我々魔族が学んだことはそれです。どんなに強くても心が弱いのなら、間違いなく弱いのです」
「単にばあさんが強かっただけじゃないのかい?」
「そうでしょうか? あの戦いに参加したわけではありませんが、魔王クリムドアと対峙する状況を作ったのは間違いなく魔女アーデル様以外の方たちでしょう。四英雄だけで勝ったわけではないと思いますが」
アーデルは、なるほど、と頷く。
魔王クリムドアが単身乗り込んできたわけではないのだ。多くの魔族と共に侵攻してきたのだから、付き従っていた魔族が何人もいたはず。魔女アーデルは確かに魔王クリムドアにとどめを刺したのだろうが、そんな状況を、多くの人が命を賭して作り上げたのだろう。
「団結した者たちは強い。個人で強いからといって何を粋がっているのか。今の魔族にはそういう風潮があるのですよ」
「なるほどね」
「ですが、それを別の意味で捉える魔族もいます」
「というと?」
「魔王クリムドアを中心に魔族が団結すればすべてを支配できるのではないかという考えです。それが魔王を信仰する者たちが掲げている思想のようです」
厄介な思想だとは思うが、思うのは自由というのがアーデルの考えだ。だが、それでこちらに被害がでるようなら全力で叩き潰すしかない。
「残念なことに評議会の議員にも似たような思想を持っている魔族がおります……そこでアーデル様たちのお力を借りたいと思っております」
「ちょっと待ちなよ。面倒ごとは御免だよ」
「そこを何とか!」
「あ、あの、アーデルさん、聞くだけ聞いてみましょうよ。なにかすごく困っていそうですし」
オフィーリアにそう言われると強く出られないアーデル。しぶしぶと言った感じで話を聞くことにした。
「聞くだけは聞くよ。で、何をしてほしいんだい?」
「魔国で多くの食料を作れるように何とかしてもらえないでしょうか!?」
それは頼む相手が間違っているとアーデルは思ったが、聞くだけは聞いたので断ろうと心に決めたのだった。