魔国でやること
ブラッドの交渉により、泊る宿の確保はできた。
元々外部から人が来る季節ではないので大したもてなしはできないが、それでも問題なければ、という条件付きだ。アーデル達はほとんど期待していなかったので、ベッドで休めるだけでも十分だと答えている。
アーデル達は宿で休み、ブラッドは船員たちと商売の話をすると部屋を出て行った。体力面から言ってもさすがは元冒険者だと感心しつつ、アーデル達は質素な部屋で食事をすることにした。
部屋の中にも暖をとるような物はない。暖炉でもあるかと思ったが、それもなく、風が入ってこないように窓がぴったりと閉まっているくらいだ。
宿の従業員に聞いたところ、魔族としてはそれほど寒くないのでそういう物はないとのことだった。自前の魔法で暖をとるので火をおこすような場所は調理場くらいらしい。
それらの話を聞いた上で、アーデル達は顔を見合わせて頷く。
「嫌がらせというわけじゃなく、他種族との違いがあまり分かっていない感じだね。それに普通の従業員でもごく自然に体を温める魔法を使っているじゃないか。あれ、なかなか難しい術式だよ」
「魔族は他種族との交流なんて五十年前の戦争のときくらいですからね。今回みたいな商売は昔からあったでしょうけど、こっちまで来るような人はそれなりに魔力が高い人でしょうから分からなかったのかもしれませんよ」
アーデルの言葉にオフィーリアが紅茶を入れながら賛同する。
「あの戦争で人が弱いということは分かっただろうけど、魔国まで来る人は減っただろうから宿もたいして変わってないんだろうね。普段は魔国の方から他国へ出向くんだろう?」
「ブラッドさんがそう言ってましたね、基本的に魔族さんの方が鉱石なんかを船で運んでいるとか。それに基本的に船の上だけの商談で、上陸させないような場合もあるらしいですよ」
「ほぼ部外者の私が許してやってくれとは言えないけど、そこまでしなくてもいいような気がするけどね」
「ですよねぇ。そういえば、私達が魔国に行くって国を通して連絡はしてあるので誰かが来るのかは知ってたようですけど、食料を持ってきたとブラッドさんが言ったら驚かれたみたいですよ」
アーデルはなるほどと思いつつ、ふと思う。
「ところで魔国に連絡ってどこに連絡したんだい? 魔族の王っていないんだろう?」
「魔国は国を運営する二十人の議員がおりまして、現在の長であるルベリーという魔族の方に連絡がいっているはずです。人間の国に来ていた魔族に手紙を渡してあると聞いておりますわ」
アーデルの疑問にコンスタンツは待ってましたと言わんばかりに魔国のことを説明した。
現在の魔国は合議制の国であり、国の運営からなにからすべて評議会を開いて決めている。その評議会に参加できる者を評議員と呼んでいるとのことだった。
五年に一度、その評議員を入れ替える仕組みがあるが、基本的に強者が選ばれ、ルベリーは第六期目で一番長く評議員をやっている魔族らしい。
「強さで決めるのは魔族としてはらしいのですが、最近は戦闘だけで決めているわけでもなさそうですわ」
「というと?」
「理念とか理想を掲げ、多くの魔族の支持を受けた人が半分選ばれるようになったとか」
「つまり、強い奴が十人と、魔族から支持を受けている十人が評議員というわけか。で、そのリーダー的なルベリーに連絡が行っていると」
「そうですわね。ちなみにルベリーは強さで選ばれている議員ですわ」
「なるほどね」
アーデルとしてはその方が分かりやすいと思っている。正直血筋だけで王になれるという仕組みはこれまでの経験からあまり好きではない。ただ、それを言ったら生まれつきの魔力量や頭の良さで何かが決まるという可能性もあるのでどちらがいいとは言えないが。
そんなことを考えていたアーデルだが、ふと気になった。
「もしかして一度挨拶に行った方がいいのかい? 面倒ではあるけど、色々配慮してくれたわけだし、色々やってくれた奴らの面子を潰すわけにもいかないからね」
アーデルとしては有難迷惑なところはあるが、魔国に向かうときにアルデガロー王国やジーベイン王国がかなり働いてくれた。勝手にやったことだと言えばその通りだが、そのおかげで不要なトラブルがなくなったと思えば多少は感謝している。
恩をあだで返すのはアーデルの流儀ではない。せっかく連絡をしてくれたと言うなら、手土産でも持って挨拶に行くのが普通のようにも思える。
昔のアーデルならそんなことは絶対にしないが、フロストと共にメイディーから常識的なことを教わった後だと、何もしないというのは逆に居心地が悪い。
そんなアーデルの葛藤を分かったのか分かっていないのか、コンスタンツが扇子を開いて口元を隠してから頷いた。
「アーデルさんの成長を嬉しく思いますわ!」
「なんでコニーが上から目線で私を褒めてんだい」
「当然、そういう配慮ができるようになったことを褒めているんです! 実を言えばわたくしもアルデガロー王国の貴族として挨拶に向かおうと思っていました。アーデルさんをどう説得するか考えていたのですが、杞憂でしたわね!」
納得がいかないアーデルだが、まあいいかと早々に諦める。
「そういうことなら皆で挨拶に行こうか。それに魔国をそれなりに調べないといけないからね」
「魔道具の回収だな?」
クリムドアがそう反応する。
魔国にも魔女アーデルが作り出した魔道具がある。それを回収しなければいづれ世界が滅亡するという話なのでそれは回収、必要があれば破壊をしなくてはならない。
「それが最優先ではあるけど、他にもある。どこかにある魔王クリムドアの魂を見つけることと、それを竜王の卵に入れてキュリアスに渡さないといけない。少なくとも魂を見つけるのは魔国でしかできないからね。でも、どこにあるのか知らないから色々な場所へ出向かなきゃいけないだろう」
やるべきことは単純だが、内容は単純ではない。どこに魂があるのかも分かっていないし、キュリアスにどう会えばいいのかも分からないからだ。キュリアスの方は勝手に接触してくる可能性はあるが、魂の方はそうもいかない。
魔道具の方はその魔力反応からある程度分かっているが、魂の方はどうしたものかとアーデルは悩む。
「魔国は広いので私が作った鳥ゴーレムを何羽か放ちましょうか? 情報収集させますよ」
「パペット? そんなことができるのかい?」
「もちろんです。私が作ったゴーレムは最高なので。時間はかかりますが、魔国全体から情報を得ることは可能だと思います。褒めてもいいですよ」
「すごいじゃないか。ならお願いするよ。いちいち聞いて回るのは面倒だとおもってたからさ」
「えっへん。それでは鳥ゴーレムを百羽くらい放ちます。一週間から十日くらいかかると思ってください。明確な答えが得られるかどうかはともかく、怪しい個所を探しておきますので」
「ああ、頼むよ」
魔国にはそれなりに滞在するつもりだったので期間は問題ない。その間に挨拶に行き、どこかにある魔道具の回収をすればいいとアーデルは簡単に予定を立てる。
細かいことはブラッドが帰ってきたら皆と決めよう、そう考えたアーデルはオフィーリアが用意したクッキーに手を出すのだった。