魔王の転生
村で過ごしてから三週間が過ぎた頃、ブラッドから魔国へ行く準備が整いそうだと連絡が来た。出発はジーベイン王国の港からなので、到着することには出発ができるとのことだ。
コンスタンツ曰く、これはかなり早く済んだということらしい。そして早く済んだ理由はジーベイン王国とアルデガロー王国が競争するように対応したからだと言っている。
なぜ競走したのか。それはアーデルが関わっているためだ。
ジーベイン王国から戻ったアルバッハがアルデガロー王国にもたらした情報は「アーデルがジーベイン王国に引き抜かれそう」という内容だ。そんなことを聞かされたアルデガロー王国は当然困ると言うことで全力で対応した。
そもそも魔族はアルデガロー王国に宰相を送り込んでいたこともあって強気に出ることができる。それを使って魔国への入国許可を強引に手に入れたとのことだ。
またジーベイン王国もアーデルを引き抜こうとシャルナンド王が宣言しているので、有言実行というべきか、国の有益性を見せつけるために対応した。
そのためにアーデルとオフィーリア達に関しては国として信用が置ける者たちだと魔国に伝わっており、それが早めに入国の許可が下りた理由だと言っている。
当のアーデルとしては特に感謝はしていない。行こうと思えば入国許可があろうとなかろうと飛んでいける。そんなことでいちいち恩を売られても感謝なんかしないと笑っていた。
とはいえ、オフィーリア達が信頼できる人物だと魔国に伝えてあることには感謝していた。
国として信頼している人物を送るということは、もし魔国で何かがあればただでは置かないぞと警告しているようなものだ。そのためオフィーリア達が安全になるのは、アーデルとしてありがたいことだと思っている。
一筋縄ではいかなそうな魔国、おそらく危険が多い場所。正直なところアーデルはオフィーリア達を連れていたくはない。だが、そんな理由で留守番していると言うようなオフィーリア達ではない。
「私はサリファ教の聖女なんですよ! なにかあればサリファ様が守ってくれます!」
「わたくしも未来の宮廷魔術師ですわ! 魔族が怖くて宮廷魔術師がやれますか!」
「最高のゴーレムと言えば私しかいません。褒めてもいいですよ」
というわけで、オフィーリア、コンスタンツ、パペットの三人は絶対についていくと言っている。
これに関してはアーデルも最初に打診をしたくらいで、それ以降は来ないように説得することもなかった。危険ではあるが、行かないという選択肢は出てこないだろうと確信していた結果だ。
クリムドアに関しては逆に連れて行かないという選択肢は元々なかった。危険な場所ではあるが、基本的に離れることもないので安全だと思っているからだ。
ただ、問題はある。それはクリムドアが魔族の王――魔王クリムドアの転生体だからだ。
そして魔国ではある噂が広まっている。それは魔族の王クリムドアが復活したという噂。あくまでも一部の魔族が言っているだけで大半は信じていない。ただ、魔族の中でもクリムドアがいた頃の状況を願っている過激派はその噂を真実のように言っている。
アルデガロー王国で宰相に化けていた魔族は、クリムドアを見てそのことを魔国にいる仲間に伝えていたようで、それが魔王クリムドアの復活という形になっているとのことだった。
明日の朝出発するということでフロストやメイディーと共に夕食を楽しんだアーデル達は情報の共有ということでそのことを話していた。
「あの宰相に化けていた魔族だけどね、クリムを置いて行けと言ったんだよ。あれは魔力――魂の形を見てクリムドアが転生した姿だと確信していたんだろうね。あの時は不思議に思ったけど、いまなら納得できるよ」
「そんなことがあったのですね。それはともかく、魔族とやらは遠距離でも会話できる術があるのでしょう。おそらく牢屋の中であの魔族は魔国の誰かと連絡を取っていたと思いますわ」
コンスタンツはそう言ってから「魔法なら欲しいですわ!」と言っている。
今、その魔族は魔法が使えないような場所に捕らえているとのことらしいが、時すでに遅しという状況だ。なお、魔国からはその魔族をアルデガロー王国の法で裁いてくれて構わないと連絡があったらしい。
「まあ、それはどうでもいいよ。問題はクリムを魔国に連れて行って本当に大丈夫かどうかさ。もちろん、攫われたりしないように守るけどさ」
魔国には復活したクリムドアを新たな魔族の王にしようとする勢力がある。それを考えれば連れて行かない方がいいとも言えるが、今のところ連れて行かないという選択肢はない。
「当の本人が行く気ですし、魔王クリムドアの復活を望んでいる勢力は魔国でも少数派です。そこまで危険はないと思います。ただ、クリムさんを見た魔族がどう思うかというのはちょっと分かりませんわね。下手をすれば少数派が多数派になるかもしれません」
「なんとも思っていなかった魔族がその少数派の勢力になりかねないってことかい?」
「可能性はあるかと。ですが、魔王クリムドアがいた時代、魔族も被害者であるという状況がありました。それを考えると復活を望んでいない魔族の方が多いと思いますわ」
「コンスタンツちゃんの言う通りよ。あの頃は魔族も無理やり戦わされていたから、あの時代に戻りたくないというお年寄りは多いと思うわ。問題は若い子たちね」
その時代を知っているメイディーが心配そうにそう言った。
今の魔国は貧しい生活を余儀なくされている。魔王クリムドアがやらかしたことに関する賠償という形で各国に資源などを格安で提供しているためだ。
今の状況を抜け出すため、魔王クリムドアに復活してもらいたいというのが少数派の理念らしく、一部の若い魔族に支持されている。
大半は魔王クリムドアの暴挙を止められなかった魔族の責任と考えているが、その戦争を知らない世代は不満があるということだ。
そんな状況で魔王クリムドアの転生体であるクリムドアが竜の姿で向かったとしたらどうなるか。それに関しては全く予想がつかないというのが全員の意見だ。
当のクリムドアはオフィーリアが作ったクッキーを口に放り込むとよく味わってから皆を見渡す。
「分からないことを考えても仕方ないだろう? そもそも行かないなんて選択肢はないんだ。なら先のことで悩んでも意味はないと思うぞ」
「それはそうなんだけど、ある程度対策は練っておくべきじゃないかい?」
「アーデルがいるのに対策なんて必要か? それに転生なんてのはこの時代でも信じられてはいないんだろう? なにか言われても人違い――魂違いと言えば問題ないと思うが」
アーデルは、確かに、とクリムドアの言葉に納得した。
クリムドアが魔王の転生体であることは間違いないが、それは神であるオーベックから聞いた内容であり、転生が一般常識という話ではない。転生なんてあるわけがないと笑い飛ばせばそれで終わりそうな話なのだ。
「言われてみればそうだね。違うと言えばそれで終わる話か」
「でも、アーデルちゃんもクリムちゃんも気を付けてね。たとえ違っても、そう信じたい人っているのよ? そういう人たちには事実なんて関係ないの。だからアーデルはあんな風に恐れられちゃったんだから」
メイディーが申し訳なさそうにそう言った。
魔女アーデルは自ら魔の森へ行ったのだが、魔王クリムドアを倒せるほどの魔女として恐れられたので追放されたと言われている。それは宰相に化けていた魔族の策略でもあったが、事実よりもそれを信じた人が多かったとも言える。
思うところがあったのか、クリムドアは深く頷いた。
「人は真実ではなく信じたいことを信じるか。確かにそうかもしれないな。俺が魔王の転生体でなかったとしても、そうだと吹聴したり、勝手に崇めたりすることはありえる」
「なら、クリムはこれまで以上に私の近くに居なよ。そして誰かが魔王とか言い出したらすぐに魔王じゃないと否定しな。それでもガタガタ抜かす魔族がいたら私が黙らせてやるよ」
たとえ黒でも白と言わせるだけの力がアーデルにはある。ずいぶんと悪者的だと思いつつも、それなら確かに文句は言えないと全員が納得した。
「そうだな、なら魔国ではアーデルのそばを離れないように注意しよう。問題はこれで解決だな。それじゃ明日のためにも早めに――」
クリムドアがそう言いかけたところで、黙って聞いていたフロストが「問題はまだある!」と言いながら手をあげた。
「よく分からないけど、また皆が出かけちゃうのは分かった。なら今日は夜更かししてでも私とお話するべきだと思う!」
力強くそう言ったフロストを皆は微笑ましく感じながら、改めてフロストとお話をするのだった。