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未来の話

 

 アーデル達が村に戻ってきて二週間が経った。


 その間、アーデル達は村での生活を満喫しつつも、魔国へ行く準備を着々と進めていた。オフィーリアはメイディーに魔力の使い方を学び、パペットは自分の改造、コンスタンツは領主としての仕事に専念した。


 アーデルはフロストに魔法を教える日々だが、ほぼ毎日のようにクリムドアと魔の森にある家で掃除をしていた。


 今日も早い時間からクリムドアと共に家の掃除をしている。メイディーもたまにここに来ては掃除をしているそうだが、魔物はともかく距離が遠いということで頻繁には来れずに申し訳ないとアーデルに謝り、アーデルはたまにでもありがたいよと答えていた。


 アーデルはこの家から持ち出した本などを本棚に戻した。


 魔女アーデルが何を研究していたか、それは大体判明した。そしてドワーフのグラスドとエルフのリンエールから得られた情報で自分がホムンクルスであることが分かった。


 人工生命体ホムンクルス。魔女アーデルは自分の魂をそこへ移そうとしていたというのが有力だ。それはおそらく間違いではないのだろうが、今のアーデルの体には魂があったためにそれを断念したと思われる。


 色々とショックなことはあったが、オフィーリアやコンスタンツのおかげでアーデルは自分が何者であろうと関係ないと思えるようになった。


 そのことをメイディーやフロストにも話したのだが、メイディーはアーデルを優しく抱き寄せただけで何も言わず、フロストはなぜか「アーデルお姉ちゃん、かっこいい!」と興奮しただけだった。


 ここ最近、アーデルは気を付けない笑顔になる。メイディーやフロストの行為もそうだが、オフィーリアやコンスタンツが言ってくれた言葉を思い出すだけで心が温かくなるのだ。


 いかんいかんとアーデルは両手で挟むように頬を軽く叩く、そして掃除を再開させた。


「アーデル、このウォルスが書いた手紙はどこにしまっておくんだ?」


 クリムドアは小さな木箱に大量に入っている手紙を見てそう言った。


 これはウォルスが魔女アーデルに向けて書いた手紙。ウォルスの世話をしていたラトリナが宰相に化けていた魔族の命令で届けなかったもので、ウォルスが亡くなったときに持ってきたものだ。


 ラトリナは宰相から捨てるように言われていたのだが、ウォルスに対して何かしらの感情があったのか、捨てることなくずっと持っていた。毎年誕生日に一通だけアーデルに送っていたということで五十ほどの封筒が木箱に敷き詰められている。


「それはそっちの棚に置いておくれよ」


「ああ、ここか……ところで聞きたいんだが」


 アーデルはホウキを動かす手を止めてクリムドアの方を見る。


「なんだい?」


「ウォルスが書いた手紙の封がそのままだが読んでいないのか?」


「ばあさん宛の手紙を私が読むわけがないだろ」


「だが、魔女アーデルはもう亡くなっている。もう誰にも読まれないということだぞ?」


「別にいいじゃないか。墓に供えた方が一番なんだろうけど土で汚すのもなんだしね。まあ、全部が終わったら木箱ごと墓の近くに埋めるよ」


「そうか」


 クリムドアは納得すると、アーデルが示した棚に木箱を置く。


 その後、雑巾で家具を拭いたり、床のホコリを掃いたりと掃除をすすめるのだった。




 一通り掃除が終わり、アーデルとクリムドアは家の外に出た。魔女アーデルとウォルスの墓に花を添えると、アーデルは「それじゃ帰ろうかね」と言った。


 クリムドアがそれに同意すると、アーデルは飛行の魔法を使って宙に浮いた。同じようにクリムドアも宙に浮く。


「クリムは魔力が回復したのかい?」


 クリムドアは時渡りの魔法をアーデルに使ったことで魔力が枯渇状態となった。それが今の小さな竜の姿なのだが、最近、大きくなったような気がしていた。それに以前は地面スレスレくらいしか飛べなかったのだ。


 クリムドアは魔力が戻ってきたことが嬉しいのか笑顔で頷く。


「全盛期よりもはるかに少ないが多少は魔力が戻ってきた。とはいえ、アーデルに出会ったころの姿になるにはもっと長い期間が必要になるが」


 アーデルがクリムドアに初めて会った時はかなりの大きさであった。まさにドラゴンという姿だが、当時のアーデルはでかいトカゲという認識しかなかったが。


 詳しく聞けばあの時点で時渡りの魔法で未来から移動したばかりらしく、アーデルと会ったときでも半分程度の魔力しかなかったという。


「魔国に行くんだから多少は戦えるようにしておきなよ。少なくとも自分の身は守れないとね」


「確かにその通りだな。よし、今日も腹いっぱい食事をしよう!」


「魔力関係なくただ大食いなだけなんじゃないかい?」


「……それもあるが、二千年後は食料が不足していたから腹いっぱいになるのが難しいんだ。今の時代はいいな、もちろんただじゃないが美味い物をたらふく食える」


 アーデルは「ああ」とつぶやいてから納得した。そしてクリムドアと共に村の方へと向かう。


 二千年後は魔女アーデルが作った魔道具が世界を滅亡に追い込んでいた。それを防ぐためにアーデルは魔道具を回収している。残りの魔道具は魔国にあるものだけ。この旅も魔国で終わりだと思うとアーデルは少しだけ残念な気持ちになる。


 魔女アーデルと過ごした日々は楽しかったが、魔の森を離れ、皆と旅をするのも悪くない。色々なことが刺激的であり、アーデルはこんな生活も悪くないと思っている。


 だが、それも終わりが近い。魔道具の回収が終わり、時の守護者を退けた後は何をするか。おぼろげながらそんなことまで考えるようになった。


 皆とアーデル村で幸せに暮らす。そんな未来があるかもしれないと思うと、アーデルは体がムズムズするのだ。


(オフィーリアはサリファ教の聖女、コンスタンツは領主か宮廷魔術師、パペットはゴーレムづくりで、ブラッドは商人として色々な場所へいくんだろうね。メイディーはここで余生を過ごし、フロストは立派な魔法使いになるかもしれない)


 そこまで思うと、ふと隣を飛んでいるクリムドアに目がいった。


「クリムは全部が終わったらどうするんだい?」


「いきなり何の話だ?」


「未来の話だよ。すべての魔道具を回収して、時の守護者を倒したらクリムはどうするのかと思ってね」


 クリムドアはぽかんとした顔でアーデルを見ている。何を言っているのか分からないという顔だ。だが、すぐに難しい顔になった。


「そ、そうか、全部終わった後の話か」


「なんだい、その反応は?」


「いや、まったくそのことを考えていなかったからちょっと驚いただけだ。そうか、未来の話か……」


「未来から来たクリムに未来の話をするなんて変だろうけど、私達がやろうとしていることはいつか終わるんだ。その先を考える余裕くらいは出てきたと思うけどね?」


「そうだな。後は魔国での対応が上手くいけば世界を滅亡から救える。そうなったときは――」


 クリムドアはそこまで言うと言葉が止まる。


 アーデルはそのままクリムドアを見ているがそれ以上の言葉が出てこないことを訝しる。


「なったときはなんだい?」


「……今は何も思いつかないな。今はそんな風に思っていないが、俺がこの時代へ来た当初はアーデルを殺すことだけを考えていた。人違いだったし、アーデルを未来に飛ばしたら滅亡が早くなったということもあって情報を疑うほどだったが」


「そんなこともあったね。でも、それが?」


「アーデルを殺した後、何かをするというわけじゃなく、世界を見守るために生きると思っていた。俺が生きていた二千年後、世界が滅亡しないことを確認する、それまでただ生きていればいいと思ってた。もしかしたらまた母に会えるかもしれないとはおぼろげながらに思ってはいたが」


「ああ、そうか未来には母親がいるんだね。でもそんな人生――竜生を送る気かい?」


「アーデルや皆のおかげでもっと楽しんでもいいと思えるようにはなったぞ。俺が魔族の王クリムドアであったとしても今の俺には関係ないと言ってくれたしな」


 魔族の王クリムドアは亜神エイプリルに操られていた可能性が高い。なぜ操られることになったのかは不明だが、それを考えればクリムドアのせいではないのは当然のことだ。


「未来のことは何も考えていなかったが、これから考えてみる――あ、そういえば、最近になってやろうと思ったことはあるんだ」


「やりたいことって何さ?」


「いつかこの世界が無事なことを見届けたら、時渡りの魔法で別の世界へ渡ろうかと思っていた。いくつも存在している並行世界、滅亡しそうな異世界に行って、そこでもアーデル達を救ってやろうとちらっと考えたことはあったな」


「別の世界の私達を救ってやる、か」


「まあ、何百年も先の話だ。いきなりいなくなるなんてことは――」


「いや、そうじゃなくて、クリムが私達を救ってくれるのかい? 今のところクリムに助けられたのって数えるほどなんだけどね……いや、あったかな?」


「ち、知識で頑張ってるだろ、そ、それに魔力が戻ったら俺だって強いんだぞ」


「それは最初に戦った時に知ってるけどさ……まあいいさ、まずは魔国だ。その後、亜神をぶっとばそうじゃないか。この世界でもちゃんと頑張っておくれよ?」


「もちろんだ。それじゃ今日も魔力回復のためにいっぱい食べるか!」


 アーデルは、本当に大丈夫かね、と思いつつも前足でパンチを繰り出しているクリムドアを見て、笑みを浮かべるのだった。


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