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精霊祭

 

 精霊祭当日、アーデル村ではあちらこちらで楽し気な声が響いている。


 とくに噴水周辺では水の精霊たちが村人の音楽に合わせて楽し気に踊り、フロストをはじめとする子供たちや若い人も同じように踊っていた。


 メイディーや村長などはそれら楽し気に眺めており、目に涙を浮かべている者もいる。数か月前の状況から考えればあり得ないほどの活気に喜んでいるのだろうとアーデルは思う。


「さあ、今日はわたくし、領主のコンスタンツ主催の精霊祭ですわ! 今日の料理はわたくしが支払いますので皆さん無料で食べるといいですわ!」


 こんな時でもアピールを忘れないコンスタンツはここぞとばかりに自身の宣伝をしている。村にいる住人だけでなく、村に来ている商人にもアピールしているのだ。


 料理もそうだが、オフィーリアも昨日からクッキーを大量に作っており、それらをパペットや、パペットが作ったゴーレムが配り歩いている。一部には果物のジュースやお酒もふるまわれており、クリムドアはお祭りよりもそれに夢中だ。


 しばらく前からこの村に住んでいる獣人たちも、今日は魔の森にいくことはなく、お祭りに戸惑いながらも参加している。話によればこういうお祭りという文化は獣人にもあるが、人族と一緒にというのは初めてらしく、参加していいのかと心配しているらしい。


 これはコンスタンツが「うちの領地に住んでいるのだから当然ですわ!」と胸を張って言ったこともあって、徐々に慣れてきているようではあった。


 獣人以上にお祭りというものに関りがなかったアーデルは本の知識しかない。こういうのがお祭りなのかと眺めているが、皆が幸せそうにしているのを見るのは悪い気分ではなかった。


 ただ、自分がばあさんと慕った魔女アーデルがこれを見たらどう思うか、という気持ちはある。魔女アーデルは知識はもちろん、若い頃は祭りに参加したこともあるだろう。


 魔の森に移り住んでからはほぼ一人で何十年も過ごした。たまに魔道具を求めに来る相手に作る程度で祭りに参加することもなかっただろう。それを思うと、少しだけ罪悪感がある。


(ばあさんとウォルスの墓に何か持って行ってやるかね。楽し気な雰囲気のおすそ分けだ)


 アーデルはそう思い、何を持っていくかを考え始める。魔女アーデルの嗜好はあまりよく知らない。知っているのは花が好きだったという程度だ。しかも薬草を調合するためだ。


 ウォルスやグラスド、それにリンエール辺りに魔女アーデルの好きな物を聞いておくべきだったと今更後悔しているアーデルだが、ふと、メイディーが視界に入った。


 アーデルはすぐにメイディーに近寄る。


「メイディーはばあさんが好きだった食べ物とか知ってるかい?」


「あら? どうしたのいきなり?」


「せっかくのお祭りだからね、このあとばあさんたちにもおすそ分けしようと思ったんだけど、何を持って行ってやれば喜ぶか分かんなくてね」


 メイディーは一瞬呆けた顔になったが、目を輝かせながら両の手のひらを合わせる。


「アーデルちゃん、素敵な考えよ! そうよね、アーデルやウォルスにも楽しんでもらわないと!」


 思ったよりも食いつきのいいメイディーに少々驚きながらもアーデルは何が良いかと再度質問した。


「それはもちろん、私のクッキーね! ウォルスの方はお酒がいいと思うわ! こうしちゃいられないわ、すぐに作らないと!」


 アーデルが何か発言する前にメイディーはすぐに教会へと戻った。


 そこそこな年齢なのに行動力があり過ぎだろうと思うが、魔女アーデルのために行動してくれる姿は嬉しい。なら、持っていく物はメイディーが作ったクッキーでいいかと思ったところでフロストがやってきた。


「アーデルお姉ちゃん、一緒に踊ろう」


「私が踊れるように見えんのかい?」


「踊りは淑女のマナー。あと、淑女の誘いを断るのはマナー違反」


「いや、フロストは淑女って言うか子供だけどね」


「子供でも立派なレディ。社交界デビュー前のお誘いはかなりレアだから、その栄光をアーデルお姉ちゃんにあげる」


「なんか適当に言ってないかい?」


 どう断ろうかと思っていたが、よく見るとオフィーリアやコンスタンツ、さらにはパペットも子供達と踊っていた。コンスタンツの踊りが上手いのはなんとなくわかるが、オフィーリアとパペットは適当に踊っているようで特に型はなさそうに見える。


 ズボンの裾を笑顔で引っ張るフロストに観念し、アーデルも踊りの輪に入った。さすがにこれには驚いた人たちも多いのだが、大きな歓声が上がり、楽器を奏でている人たちも音を少しだけ大きくしたようだった。


「アーデルさんのファーストダンスを奪われた!」


「わたくしよりも目立つとはいい度胸ですわ!」


「最高の踊りを提供するゴーレムに勝とうとは身の程を分からせます」


 いつもの三人がアーデルに対して色々と言っているが、そんなことは知らないとばかりにアーデルはフロストと見よう見まねで踊る。ぎこちないのは仕方ないが、フロストはそんなことは関係ないと、アーデルの手を掴んで笑顔で踊っている。


「アーデルお姉ちゃん、踊りは笑顔だよ、笑顔。上手く踊ろうとする必要はないんだって」


「そういうもんかい?」


「そういうもん。私も踊りの勉強を始めたのは最近だけど、皆そう言ってた」


「ああ、そうだったね」


 フロストは魔力過多症と呼ばれる病気で最近まで寝たきりの状態だった。踊りはもとより、動くことすら叶わなかったのだ。アーデルが作った魔道具や薬のおかげで人並みに動けるようになったのは最近だ。


 動けるようになってからこの村へ引っ越してきたのだが、メイディーや執事、そしてメイドが色々とフロストに教えているようで、そこで踊りのことも教わったらしい。


 アーデルは踊りがどういうものか理解していないが、笑顔を作る方が難しいと思っている。なんとか笑おうとするが、ぎこちなさすぎて変顔になった。


 それを見たフロストはやや残念そうにしている。


「アーデルお姉ちゃん、もしかして笑顔が苦手?」


「もしかしなくても苦手だよ。私も今まではずっとばあさんと二人だけだったし、最近はともかく笑ったことなんて意識したこともないし」


「なら楽しかったことを思い出せばいいと思う。私はベッドから飛び降りたときを思い出すとすぐに笑顔になる」


「ああ、あれか。でも、もうあんな危ないことは止めなよ。近くにいたメイドが死にそうな顔になったからね」


「うん、ちょっと反省してる。それでアーデルお姉ちゃんはこれまで一番楽しかったことは?」


「一番楽しかったこと……?」


 アーデルはふと考える。確かに最近は楽しいことが多い。嬉しいこともあった。だが、どれが一番かと言われるとよく分からない。


「もしかしてないの?」


「いや、一番楽しいことと言われるとどれかと思ってね」


 もっと子供のころ、それこそ魔道具のガラスの中にいたころ、魔女アーデルの真似をして魔法を使ったことがある。その時に魔女アーデルが驚き、褒めてくれたことがあった。あの時は楽しかったと言える。


 それに魔女アーデルから「魔王を殺した魔法」を教わったことがあるが、その時も楽しかった覚えがある。だが、魔の森を出てから面倒なことも多いが楽しいと言えることも多い。正直なところ、優劣が付けられない。


「分かった。それじゃ今、このとき、私と踊れたことを一番楽しいことにして」


「なんだいそりゃ」


「私と踊れるのはかなりレアだし楽しいこと。だから笑顔で踊って」


 フロストは満面の笑みで自信満々にそう言い切った。どんな理屈なのかよく分からないが、アーデルはフロストの笑顔を見ると自然に頬が緩む。


「そうだね、今日は最高に楽しい日だ」


「うわぁ」


 いきなり驚いた声を出したフロストを訝し気に見る。


「なんだい、いきなり」


「アーデルお姉ちゃんの笑顔にびっくりした。どこかのお姫様みたい。むしろ女神様?」


「何言ってんだい。こんな口の悪いお姫様や神なんていないだろ。さあ、ほらほら、リードしてくれないと踊れないじゃないか」


「うん」


 アーデルはフロストのリードで踊る。その後、オフィーリアをはじめとする知り合い全員から踊りを申し込まれて律儀に踊り、最後は時の守護者と戦ったときよりもくたくたになったと愚痴を言うのだった。


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