貴族は面倒
アーデル達はシャルナンド王との食事会を済ませ、宿に戻ってきた。
部屋にはアーデル、クリムドア、コンスタンツ、アルバッハ、そしてベリフェスがいる。
オフィーリアは緊張のし過ぎでかなり疲れたらしく、まだ午後三時くらいであるにもかかわらずベッドで寝ることになった。パペットは王都を見てきますと出かけ、クリムドアはお土産にもらった食べ物を美味しそうに食べている。
アルバッハとベリフェスだけは疲れているのか顔がげっそりとしており、逆に元気なのがアーデルとコンスタンツだ。クリムドアは言わずもがな。
そんな状況でアーデルは自分で入れたお茶を飲む。普段、こういうことはオフィーリアがやるのだが、現在はベッドの上で眠っている。なのでアーデルが用意したのだが、ようやく終わったと一息ついた。
ただ、確認したいことがある。
「ベリフェスは帰らないのかい?」
「少し休ませてください……」
「それはここじゃなくて自分の家で休みなよ」
「いえ、今帰ると色々やらされそうなので、しばらくここに居させてください……」
アーデルからすれば、なんでコンスタンツやアルバッハよりも疲れた顔をしているんだと言いたいが、シャルナンド王の行動に振り回されて大変といったところだろうと推測した。
おそらくだがシャルナンド王の行動、発言はベリフェスに伝わっていない。同じような立場でいたリゲルという初老の男はベリフェスほどではなかったので、ある程度は知っていたのだろうとアーデルは思う。
「大変だとは思うけどね、これでもう終わりだろう? することなんてないと思うけどね」
「まあ確かに。アーデルさんの方に関しては王も満足したでしょう。少なくともアーデルさんを使って脅しをかけてくるようなことはないと確認したのですから」
「私の方に関してってどういうことだい?」
「今度はオフィーリアさんとコンスタンツさんに興味を持ったようですね」
名前を呼ばれたコンスタンツがお茶を優雅に飲みながら眉を少しだけ動かす。
「わたくしに興味を?」
「ええ、まあ。将来の宮廷魔術師というのもそうですが、アーデルさんを動かせる方という意味で興味を持った、もしくは注意すべき人だと思ったでしょうね――私がそう言ったと王には言わないでくださいね」
もともと言うつもりではないし、そもそも言う機会もない。それはそれとして気になる言葉だ。
「私を動かせるってどういう意味だい?」
「そのままの意味です。オフィーリアさんやコンスタンツさんに何かあればアーデルさんが出てくる。我が国としてはそれを避けなければいけませんから」
「普通にしてればそんな心配をする必要はないんだよ」
「かもしれませんが、国というのは王の意思だけで動くわけではありません。色々とやらかす人もいるわけですよ。派閥の関係でわざと失敗をして王の責任にするなどがありましてね」
「王の人望がないってわけか」
「王の人望というよりも、勘違いしている人たちが身の丈に合わない欲を持ちすぎなのですよ。相手の力量を分からずに勝てると思ってしまうところが頭悪いといいますか」
ずいぶんと辛辣な言葉が出てくるが、この辺りがベリフェスの苦労を助長しているところなのだろうなとアーデルは思う。
思うところがあるのか、それとも遠回しにアルデガロー王国に釘を刺しているのか、疲れ気味のアルバッハは苦い顔をしている。
言いたいことを言えたのか、ベリフェスは暗い顔から無理矢理に笑顔を作った。
「とはいえ、そればかりではなく、王は普通にオフィーリアさんやコンスタンツさんに興味を持ったようです。アーデルさんはもとより、二人もこちらに引き込みたいと思っているのは間違いないですね」
ベリフェスは亜空間から見事な紋章が彫られたペンダントを三つ取り出す。
「これは三人を国の貴族と同等に扱うという証明書のようなものです。オフィーリアさんには目を覚ました後にお渡しいただけたら助かります。お納めください」
「少々待ってもらえますかな、ベリフェス殿」
アルバッハがテーブルの上に出されたペンダントを見つめながらそう言った。
「私は当事者でないが、我が国の者にそんなものを贈られても困りますぞ。三人ともアルデガロー王国の住民なのでご遠慮願いたい」
「アルバッハ殿、これは三人をこちらに取り込むための贈り物ではありません。あくまでもこの国で三人は貴族と変わらない待遇を受けて欲しいという王の気持ち――感謝のようなものです」
「それが困るという話なのだが?」
「しかしですね、シャルナンド王は今回アーデルさん達には無理をさせてしまったことのお詫びとお礼ということで用意しておりまして――」
「そんな物よりもお金でお礼を払っていただければ――」
「王は形に残るものが良いと言っておりまして――」
「そういうのは他でやりな。なんで私達へ渡すものを二人が決めようとしてるんだい」
アーデルがぶっきらぼうに言う。
「私はそんなものいらないよ。お詫びとお礼がしたければ、お金か希少な植物でも持ってきな」
「わたくしもお金か魔術書がいいですわね。フィーさんは知りませんけど、お金か食材の方が喜ぶと思いますわよ?」
色々と言っていたアルバッハとベリフェスだが、二人そろって大きく息を吐いた。
「よかったですな、ベリフェス殿」
「……お見通しでしたか。まあ、そうですね。私としても受け取られたらそれはそれで困りますので。これを使われたら我が国の貴族からも不満が出るでしょうから。まったく王はなんでこんな危険なことばかり……反乱分子をあぶり出そうとしているのは分かりますが、アーデルさん達を巻き込むなと言いたい」
「一体何の話をしているんだい?」
おそらく貴族特有のやり取りだったのだろうとは思っているが、アーデルとしてはよく分かっていない。
ベリフェスは笑顔を作ってからペンダントをしまった。
「国はこういう物を用意しましたがアーデルさん達の方から断った、という形を作りたかっただけですよ。ただ、本当に受け取る可能性があったのでアルバッハ殿の前でやりましたが。ああ、もちろん、お詫びとお礼の品は別途送らせていただきます。先ほどのご希望で構いませんか?」
アーデルはよく分かっていないが、とりあえず頷く。そんなペンダントや貴族の待遇よりも希少な植物があった方が薬を作るのに役に立つ。
「他にもパペットさんには希少な金属、ブラッドさんには我が国での商売拡充などを考えています。アルバッハ殿にもお金による謝礼がありますね。そうそう、魔国への入国申請の手続きといいますか、ジーベイン王国の保証書を付けますので」
ベリフェスは今回のことに関するお詫びとお礼の品を淀みなくアーデル達に伝える。
アーデルもお礼はこっちが本命だったのだろうと納得する。
ただ、どういう理由でペンダントを用意して、こちらから断る必要があったのかは不明だ。そんなものは最初に断ってくださいと言ってくれれば十分なのに、貴族や国同士の付き合いというのは面倒という感想しかない。
「――というわけでして、それらは数日中に準備いたします。ちなみにアーデルさん達の予定はどうなっていますか?」
「日にちは決めてないけど、一週間後くらいにはアーデル村に向かって出発しようと思っているよ。そのあと魔国へ行く感じだろうね。ブラッドも船の準備に時間がかかるとか言ってたし」
「分かりました。そういうことでしたら二、三日の内にはお礼の品を用意しておきますので。それまではこの宿をお好きにお使いください。ただ、滞在中にアーデルさんが出かけるときは私が同行する形になります――そんなに嫌そうな顔をしないでくださいよ」
「嫌なんだけどね?」
「口にも出さないでください。私だってアーデルさんの邪魔はしたくないんですから。でも、アーデルさんを放っておくと余計に大変なんですよ。アーデルさんが、というわけではなく、この国の貴族たちが、という意味ですが」
「……貴族ってのは本当に面倒だね」
「まったくです。家に帰って魔術書でも読んでいたい……」
「あの、ベリフェス殿、ちょっと聞きたいのだが」
「確かクリムさんでしたね。どうしましたか?」
先ほどまでお土産を食べてご満悦だったクリムドアが真剣な顔でベリフェスを見ている。ドラゴンの幼体ということでベリフェスも最初はかなり驚いていたが、今では普通だ。
「皆がお礼を貰っているようだが、俺にはないのだろうか?」
「……失礼ですが、クリムさんは何かしましたか?」
「……何もしてないが、それを言うならブラッドやパペットも何もしていないかと」
「パペットさんはあのわずかな時間でゴーレムを作って離宮に置いていきましてね。自動卵割りゴーレムらしいのですが、短時間で大量に割れると料理長が感動してました。それにブラッドさんはエルフを雇っていますからね。エルフとの交渉窓口としても今後大事にしたい方です」
「ぐぬぬ……!」
「……あの、食べ物でいいですか? 料理長に何か作ってもらいますので」
クリムドアは笑顔で頷き、残りの料理を食べ始めた。本当に何もしていないのにいいのかとアーデルは思ったが、少しでもクリムドアの魔力の糧になるならいいかと特に何も言わずにお茶を飲むのだった。