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引き抜きと宮廷魔術師

 

 オフィーリアが限界を迎えた。


 アーデルからすれば目の前のシャルナンドに対してそこまで緊張する必要はないと思うが、そこは孤児院育ちの庶民という部分があるのだろう推測する。


 さすがにこれ以上は厳しいとオフィーリアには先に馬車の方へ戻ってもらうことにした。アーデルもできればそのまま帰りたいと思ったが、さすがにそういうわけにはいない。


 なのでこの国にいるサリファ教の信者を呼んでもらった。急に呼ばれた信者はそこまで高位ではないものの貴族の女性で聖女であるオフィーリアに対して礼節を持って対応している。


 ただ、さすがにシャルナンド王に呼ばれるとは思っていなかったのか、それなりに緊張はしていたようだった。


 アーデルは少しだけ心配ではあったが、まあ、大丈夫だろうとオフィーリアとサリファ教の女性を見送った。


「すぐそこの距離だけどね、もしフィーに何かあったらこの国の危機だと思いなよ」


「もちろん分かっている。だからこそ時間をかけてでもサリファ教の信者を呼んだのだ。それに護衛もいるから安心してほしい」


 シャルナンドは笑顔でそう言うと、果汁の飲み物に口をつける。


「それにしてもオフィーリア殿はなかなか面白いね」


「緊張しすぎて何を言ったのかも分かってない風だったけどね」


 そうは言いつつもアーデルは笑顔だ。自分でも気づかなかった訂正の指摘、言われてみれば確かにそうだと納得したためだ。本人達がどういう関係だと思っていたのかは分からないが、結果だけ見れば二人はお互いに想い合っていた。


 だからと言ってあんな状況にした魔族に対して好意的な感情はない。むしろ怒りがこみ上げるが、もう今更だとアーデルは余計なことを考えないようにする。


「それでまだ話があるのかい? 私も帰りたいんだけどね」


「まあ待ちたまえ。まだまだ話したいことはあるのだからね」


 シャルナンドはそう言うと、アルバッハとコンスタンツの方へちらりと視線を向ける。


 さすがに貴族と言うべきか、たとえ一国の王の視線でもそれに怯むことはない。ただ、それは表情や行動に出ていないだけで心の内は不明だ。


 シャルナンドは視線をアーデルに戻すと微笑んだ。


「アーデル殿、アルデガロー王国を捨て我が国へ来ないかね?」


 ここでコンスタンツとアルバッハがすぐに声を出さないことは賞賛できる。アルデガロー王国で、それどころか世界で最強の魔法使いが引き抜きにあっているのだ。普通ならすぐに声を上げてもおかしくはない。


 アーデルの方は不思議そうな顔をしているだけで特に驚いてもいなかった。一番驚いているのはシャルナンドの後ろにいるベリフェスだろう。


「魔女アーデル殿への仕打ちといい、アルデガロー王国にいる必要はないと思うがどうだね?」


「シャルナンド王、魔女アーデル殿への仕打ちは魔族が仕組んだことで――」


 シャルナンドはアルバッハの発言を手のひらをみせるようにして止める。


「アルバッハ殿の言いたいことは分かる。だが、魔族が化けていた宰相の意見を採用したのはディグレス王だろう。そこに責任がないとは言わせない。王とは国の方針を決断する者のこと。それにね、王の決断に反対した者がいたのかね? アルデガロー王国全体がその状況を作ったのだから、それは国の責任だ」


 そう言われたアルバッハは黙ってしまう。シャルナンドが言った通り、アーデルを化け物のように扱ったのは魔族の策略だったのだろうが、それに関して追従したのは王やその国民。大半は世論に流されただけとも言えるが、それに対して反対するような人もいなかった。


 もちろん魔女アーデルに感謝している人も多かったが、それは助けられたとか直接の恩がある年齢が高めの者が多く、若い人たちは何とも思っていなかった可能性の方が高い。


「さて、アーデル殿、どうだろうか?」


「さっきと同じでね、アンタは認識が間違っているよ」


「ほう? 色々と調べさせた結果なのだが、どのあたりに認識違いがあるのだろうか?」


「そもそも私はアルデガロー王国の国民だとは思ってないよ」


 引き抜きの言葉にも慌てていなかったコンスタンツとアルバッハだが、この発言には目を見開いてアーデルを見ている。


「一応、今はコニー……コンスタンツの治める領地に住んではいるけどね、もともと私は人が住んでいない魔の森でばあさんと二人で住んでいたんだ。どこかの国の住人だとは思ってないよ」


「何を言ってるのですか! アーデルさんはウチの住人ですわ!」


「まあ、そうだね。コニーの領地の住人ではある。でもね、アルデガロー王国の住人って気持ちはないよ」


「……ええと?」


 コンスタンツはアーデルが言っていることが分からず首を傾げる。


「理解できないのは分かるよ。コニーはアルデガロー王国の貴族だ。そして魔の森とその周辺の領地を治めている領主。ならそこに住んでいる私もアルデガロー王国の国民ってことだろう?」


「全くその通りですわ!」


「でもね、コニーの治める領地の領民ではあってもアルデガロー王国の国民だとは全く思ってないよ」


 コンスタンツは改めて首を傾げるが、アーデル以外のこの場にいる全員が何を言っているのか分かっていない。


「上手く言えないけどね、アルデガロー王国のために何かする気はないよ。だけど、コニーのためなら何かしてやってもいいって程度なのさ。コニーがアルデガロー王国に反旗を翻すって言うなら手伝ってやってもいいけど、アルデガロー王国がどこかに攻め込まれても助けるつもりはないし、どこかに攻め込むとしてもそれに参加する理由がないって言えばいいかい?」


「……少々理解が追い付きませんわ!」


「なんで自信満々に分からないって言うんだい? まあ、それこそがコニーだけど」


「なるほど。アーデル殿は人のためには動いても国のためには動かないということか」


 なぜかコンスタンツではなく、シャルナンドの方が理解したように頷く。


「先ほどの聖女オフィーリア殿もそうだが、アーデル殿は友人たちのためだけにしか動かない。たとえ国が危険なことになったとしても聖女殿やコンスタンツ殿が安全ならどうでもいいというわけか」


「ああ、なるほど……それはそれでどうかと思いますわ!」


「正直な気持ちさ。あの村の皆や知り合いたちに被害が及ぶなら全力で反撃するけど、それ以外は別にどうでもいいさ。アンタはそういうことを聞きたかったんじゃないのかい?」


 アーデルはシャルナンドを見つめながらそう言った。


 先ほどの魔女アーデルの話からの推測しただけだが、シャルナンドはアルデガロー王国に攻め込むつもりだと思っている。


「しかし、前の戦争ではベリフェスの前で派手な魔法を使ったようだが、あれはアルデガロー王国のためではないと?」


「あれは取引さ。それに親友――知り合いのお願いを聞いたに過ぎないよ」


 親友という言葉を言いかけて知り合いに置き換えたわけだが、単に照れ臭いだけだ。あの時はオフィーリアからディグレス王の頼みを聞いてあげて欲しいと言われた。それはオフィーリアがアーデル自身の評判を気にしてのことだ。


 オフィーリアはサリファ教が魔女アーデルの評判を必ず良いものにすると言い、メイディーを通して実際にそうなっている。ディグレス王が持ち掛けた魔女アーデルの評判をちゃんとした形にするという報酬の取引を受ける必要などまったくなかったのだが、オフィーリアにお願いされたら受けたという理由が大きい。


 ただ、そんな細かいことをアーデルが説明するわけがない。なので単に取引と言った。


「ふうむ、取引か……」


「聞きたいんだけど、アンタはアルデガロー王国の領地が欲しいのかい?」


「欲しいか欲しくないかで言えばもちろん欲しいね」


 簡単に言っているが一国の王が領地が欲しいと言うのはそれなりに重い言葉になる。しかもその国の貴族が目の前にいるなら宣戦布告をしたと言ってもいい。


 アーデル以外の全員が少しだけ表情を崩したが、シャルナンドは笑って「まあまあ」と周囲をなだめる。


「欲しいとは言っても別に戦争をするための言葉ではない」


「なら今までの質問はなんなんだい? アルデガロー王国に攻め込むための情報収集なんだろう?」


「そう捉えられてもおかしくはないが、そんなことのために直接話を聞くわけがない。そもそもその国の貴族がこの場にいるのだ。やる気ならもっとぼかすなり言質を取られないようにする」


「ならなんで聞いたのさ?」


「領地は欲しいがもっと欲しいのはアーデル殿だね。それに私が怖いのはね、アルデガロー王国ではなくアーデル殿ただ一人だ」


 その言葉にアーデルは眉をひそめるが、シャルナンドは笑顔で続ける。


「これまでは魔女アーデル殿を使ってアルデガロー王国は好き放題してきた。その魔女アーデル様が亡くなってようやく対等になったと思ったら次はアーデル殿だ。しかもベリフェスの話では信じられないような魔法を使ったとか」


「派手な魔法を頼まれたからね」


「ただ派手ではなく威力も申し分ないと聞いている。あれほど必死に私を止めようとするベリフェスを初めて見たよ」


 シャルナンドの後ろでベリフェスが苦笑いをしている。かなりの説得だったのだろうとアーデルは少しだけ笑った。


「私が気にしているのはこれまでの五十年、その再来だ。アーデル殿のことは各国に知れ渡っている。それに怯える人も多い。またアルデガロー王国が傍若無人に振る舞うんじゃないかとね」


「ああ、それなら安心していいよ。私はそんなこと――」


「そんなこと私がさせませんわ!」


 アーデルの言葉をコンスタンツが遮る。その場の全員が驚くが、コンスタンツは続けた。


「たとえ我が国の貴族だったとしても、アーデルさんを利用するような奴は私がぶちのめすので安心してください。このコンスタンツがシャルナンド王にお約束いたしますわ!」


「どちらかというと、コニーが一番私を利用しているような気がするけどね?」


「領民なのですから当然ですわ! それに私利私欲で利用しているわけではありません。領地を豊かに、そして国を豊かにするために利用しているのですわ!」


「利用していることを否定しておくれよ……」


 そのやり取りを驚いてい見ていたシャルナンドが笑い出した。


「アルバッハ殿、どうやらアルデガロー王国には素晴らしい貴族がいらっしゃいますな」


「いや、お恥ずかしい。ですが、我が国のどの貴族よりも貴族らしいと私も思っております。それに――」


 アルバッハはちらりとコンスタンツに見る。


「私が引退した後の宮廷魔術師になりますので、コンスタンツの名前を覚えておいていただきたい」


「ほう! 次の宮廷魔術師はコンスタンツ殿か。それはぜひとも懇意にしておきたいところだ。うちのベリフェスともぜひ良い関係を結んで欲しいところ――コンスタンツ殿?」


 やや放心気味のコンスタンツだったが、呼びかけられてハッとした。


「し、失礼いたしましたわ。宮廷魔術師のことを聞いたのが初めてでしたので驚いてしまいまして。ですが、ようやく私の時代が来たというわけですわね! やりましたわ、アーデルさん!」


「ああ、うん、頑張んなよ。で、アルバッハはあとどれくらいで引退するんだい?」


「死ぬまで現役のつもりだが?」


「……どうやらこの場で決着をつけなくてはいけないようですわね!」


「この場で暴れるのはやめてください……ちょ、アーデルさんも止めてくださいよ!」


 コンスタンツとアルバッハの戦いが始まりそうなのをベリフェスが止める。


 アーデルはいつものことだと呆れ、なぜかシャルナンドは腹を抱えて笑うのだった。


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