権力争い
アーデル達は離宮「ホワイトパレス」に到着した。
だが、馬車の中でしばらく待機していないといけないようで、アーデルは外の景色を見ていた。
ホワイトパレスという名前通り、ほぼ白一色の宮殿で厳かな雰囲気がある。アーデルからすればただ大きい屋敷という感想でしかないが、庭の花や植え込みが綺麗に見えるのはちょっと感動していた。
ただ、それを台無しにするように厳戒な警備体制と言うべきか鎧を付けた多くの兵士たちが離宮を囲んでいる。中には魔法使いのような者もいて、複雑な表情をしながらアーデル達の馬車を見つめていた。ただ、兵士や魔法使いに敵意のようなものはなく、どちらかといえば興味の方が勝っているような表情だ。
ベリフェスが言うにはこんなことをしてもアーデルの前では意味がないと何度も言ったのだが、国内でも別の勢力から王を守るようにと強引に兵士たちを配置したとのこと。
その勢力の中には戦争を止めたことに対して批判するような者たちもおり、今回のどさくさで王の命が危ない可能性があるともベリフェスは進言したのだが、王には聞き入れてもらえなかったと言う。
そんなことをぼそっと言ったベリフェスはアーデル達に一人ずつ視線を送る。
「基本的にはないと思いますが、ここにいる者たちがやむを得ない事情でアーデルさん達を襲う可能性もありますのでご注意を」
「やむを得ない事情なんてあるのかい?」
「家族が人質に取られているなどですね。単にお金に目がくらむような人は近衛兵の中にはいないと思いますが、最悪、その場で死んでアーデルさん達のせいにする、なんてことも考えられます」
「私のせいにしてどうするんだい?」
「その場でアーデルさんを取り押さえようとして怒らせるとかですかね。そうすればこの辺り一帯が消滅してもおかしくないので。他にはそのどさくさに紛れて王に刃を……なんてこともあるかと」
「……帰っていいかい? そういうことは最初に言っておくべきだろう。なんで到着してから言うんだい?」
アーデルがそう言うと、まだ緊張していたオフィーリアがものすごい早さで首を縦に振る。
ベリフェスは眉間にしわを寄せてから息を吐いた。
「言ったら来てくれないじゃないですか……」
「だからって隠しても仕方ないだろう?」
「本当なら言わないつもりだったんですよ。ですが、近衛兵のほかにも私以外の宮廷魔術師がいます。あれはさっき言った勢力の派閥でしてね、なんかやらしそうだなと思いまして」
アーデルは長く息を吐く。
面倒なことこの上ない。何が起きるのか分からない以上、その場で対策を考えるしかないということ。もちろん何も起きない可能性もあるが、そもそも謁見する理由がない上に何かに巻き込まれてそろそろ限界が近いほどだ。
不思議とコンスタンツとアルバッハは何でもないような顔をしている。
「二人はそんなに嫌そうじゃないね?」
アルバッハが「うむ」と頷く。
「権力争いというのはどこにでもあるような話だからな。もちろんアルデガロー王国でもある」
コンスタンツも頷いた。
「そのあたりも知っていたので国を巻き込みました。わたくしがこの国に名前を轟かせようと思ったのも事実ですが、国を巻き込んでおかないと何かあった時にアーデルさんだけのせいになる可能性が高いからです。それに――」
コンスタンツはベリフェスの方を見た。そのベリフェスは困ったように人差し指で頬を掻く。
「わたくしたちは囮にされているのです」
「囮?」
「ベリフェス様は国王派なのでしょう。そして問題を起こそうとしているのが貴族派――正確には公爵派でしたか。国王派は今回のことでわざと公爵派に攻撃させて返り討ちにするつもりなのですわ。相手に手を出させて弱体化させようという魂胆なのです。あわよくばアーデルさんの力も借りようということでは?」
アーデルは呆れた表情でベリフェスを見る。
その緊張に耐えられなかったのかベリフェスは頭を下げた。
「申し訳ありません。戦争を止めたことで国王派と公爵派の対立が激しくなりました。すでに一触即発の状態でして、それなら爆発する機会をこちらで操作する方がいいかという考えが……」
「なら私に会いたいというのは嘘というわけか」
「いえ、アーデルさんに会いたいのは王の本当の気持ちですよ。ただ、公爵派がうるさいのでついでに片付けるということでして」
「どっちがついでなのか分からないけどね、あまり人をおちょくってると国王派も公爵派もなくなるよ。私がこの国に遠慮する理由なんて何もないって覚えておきな」
「もちろんです。ご満足いただけるかはわかりませんが、多くの礼を用意させていただきました。それに魔女アーデル様についてもアルデガロー王国のように世界を救ってくれた英雄だと大々的に宣伝、そして王都の中央広場には魔女アーデル様を讃える石碑を立てることになっていますので」
その申し出にはアーデルも少しだけ満足した。いいように使われるのは嫌だが、ばあさんと慕った魔女アーデルの評価が正しいものに変わるのは何よりも嬉しいことだからだ。
その話が終わると同時に馬車の外から準備ができた旨の言葉がかけられる。
ベリフェスが了解した旨を返すと、馬車の扉が開く。
そこから見た外の景色にアーデルは驚く。
馬車から宮殿まで赤い絨毯が敷かれ、その両脇には兵士や使用人がずらりと並んでいる。アルバッハやコンスタンツからこういう歓待は離宮ならやらないというような話を聞いていたので少々げんなりする。
さっきまでこんなものはなかったのに、ベリフェスたちと話をしている間にいつの間にか用意されていた。しかも多くの人が移動した気配も感じていないかったので、アーデルは呆れと驚きが混在するほどだ。
アーデルは最後に登場するという決まりがあるようで先にベリフェス、そしてアルバッハ、コンスタンツ、オフィーリアと続き、最後にアーデルが馬車から降りた。
訓練されているのか、アーデルが馬車を降りても驚きの顔はない。表情から歓迎しているわけではないが、恐れているわけでもないようで、不用意に表情を出さないのもここでは一般的なのだろうとアーデルは勝手に解釈する。
身なりの良い初老の男性、そして普通の兵士よりも派手な鎧を付けた二人がアーデル達の前まで来た。
男性は笑顔でアーデル達に頭を下げる。
「アーデル様、オフィーリア様、アルバッハ様、コンスタンツ様、お待ちしておりました。シャルナンド王がいる場所までご案内いたします」
「ああ、頼むよ」
本来なら何らかルールがあるのだろうが、そのあたりは完全に無視をしていいとアルバッハから言われているので普通のやり取りだ。
相手側も特に不快そうな顔はせず、微笑みながら「こちらです」とアーデル達を案内する。
アルバッハやコンスタンツは特に問題ないようだが、オフィーリアだけは右手と右足が同時に出るほどの緊張で歩き方がぎこちない。それに関してはベリフェスが補助してくれているようで特に問題なく歩けるようにまではなっていた。
宮殿のような屋敷の中を歩くと初老の男性がアーデルの横に並ぶような形で歩く。
「アーデル様、この度はシャルナンド王のわがままを聞いてくださりありがとうございます」
「あんた、そこそこ偉い家臣なんだろ? わがままなんて言っていいのかい?」
「問題ありません。王はそんなことで怒ったりしませんので」
「へぇ。ならアンタは国王派なのかい?」
「派閥のことをご存じでしたか」
「ついさっき知ったんだけどね」
初老の男性は後ろでオフィーリアを補助しているベリフェスに視線を送る。そのベリフェスは困ったような顔をするだけだ。
「ベリフェスが口を滑らせたというわけではなさそうですね。ということは我が国の問題をアーデルさんに語ってしまいましたか」
「囮にするなら先に言いなよ。王に会うだけでも面倒なのに変なことに巻き込むなんて、この離宮が破壊されても文句は言えないよ?」
「申し訳ありません。ですが、これは王の発案ではありません。もしお怒りがあるなら私の方へお願いします」
「ならアンタが発案者だと?」
「その通りです。なので責任も私がとりますので、もし許せないというならそれは私だけにお願いいたします」
アーデルは歩きながら考える。
思っていたよりもさっぱりした性格というか、貴族らしい嫌らしさがない。もちろん演技かもしれないし、こんなことに巻き込んだことは気に入らないが、その責任は全てとるというなら何かあってからで構わないだろうと結論付けた。
「分かった。何かあれば全部あんたの責任だ。違えるんじゃないよ」
初老の男性は微笑む。そしてもうしばらく進んだ扉の前で止まった。
「アーデル様、オフィーリア様、アルバッハ様、コンスタンツ様をお連れいたしました」
「入ってもらってくれ」
思いのほか若い声にアーデルは少しだけ訝し気な顔をするが、特に言葉にせず普通に待つ。
扉が中から開くと、初老の男性はアーデル達に中へ入るように促す。
アーデルを先頭に部屋に入ると、そこには三十代半ばくらいの男性が立っていた。
艶のある黒髪ではあるが、なぜかぼさぼさ。服は良い仕立てだが、着こなしがややだらしない。ただ、それでも何かしらの気品というべきか、庶民ではない何かを感じさせる佇まいだった。
その男は両手を広げて笑顔を見せる。
「よく来てくれた。私がジーベイン王国十六代国王、シャルナンドだ。まあ、楽にしてくれたまえ。普段通りで構わないからぜひ色々な話をきかせてくれないか」
なぜかベリフェスや初老の男性、そして部屋にいる兵士や使用人たちは少し困った顔をしているが、シャルナンドだけは全く気にせずアーデル達に笑顔をみせるのだった。