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敬意と緊張

 

 エルフの国から帰ってきた翌日、アーデル達はホワイトパレスと呼ばれる王族の離宮へと向かっていた。


 アーデル達の移動は人目を引く。パペットが作り出したゴーレムの馬が馬車を引いており、御者はおらず自動操縦、さらに馬車にはアルデガロー王国の国旗が描かれている。その後ろを護衛の騎士たちが普通の馬に乗って移動していた。


 住民たちはアルデガロー王国から誰かが来ているのは知っていたが、一部以外は誰が来ているのかも分かっていない。怖いもの見たさでアーデルたちが乗っている馬車を眺めていた。


 戦争をしていた国であるため、一部の人達は絶対に許せないような相手でもあるが、この馬車を襲えば極刑に処すと王命で御触れが出ている。


 宮廷魔術師のアルバッハが数日前から王都にいたので、ある程度は落ち着いてはいる。ただ、今回が本命であり、それが誰なのかとその噂で持ちきりだ。


 そんな状況をアーデル達は馬車の中から眺めていた。


「エルフの国に行く前にも王都にいたけど、今回はなんでこんなに騒がしいんだい?」


 アーデルの言葉に同乗しているベリフェスが大きく息を吐いた。


「前回のアーデルさんたちはただの旅行者でしたが、今回は正式に招待した形ですからね。ですが、誰が来たのかを正式発表はしていませんので、それがこの騒ぎになっているかと」


「そういうもんかい?」


「そういうものです。それはともかく、ブラッドさんは来なかったのですが良かったのですか?」


 エルフの国へ行く前はブラッドも謁見する予定だったが、エルフが来たことで事情が変わり、同行することがなくなった。代わりと言ってはなんだが、アルバッハが参加するので特に問題はないと言える。


「昨日、宿で少し話したろ? エルフを何人か連れてきたから人間の常識とかを教えないといけないって。それにエルフがこの国で仕事する件は大丈夫なのかい? 許可をもらうように頼まれたんだけど」


「ええ、もちろんです。今のところブラッドさんのお店でしか働く許可は出ておりませんが、もう少し時間が経てば全面的に許可されると思います。私としても魔法の研究をするためにエルフの方を雇いたいほどでして」


「ああ、昨日渡したエルフの魔導書とかが役に立ったかい?」


 その言葉にベリフェスは満面の笑みを見せた。


「それはもう! 根本的にエルフの術式と人間の術式は違うと言われていましたが、ようやく理解できましたよ! 実は昨日から寝てなくていつの間にか朝になってましたね! ……あ」


 ベリフェスはわざとらしい咳をしてから真面目な顔になる。


「申し訳ありません。少々はしゃぎ過ぎました」


「コニーやアルバッハも似たような状況だったから別に気にしてないよ」


 コンスタンツとアルバッハもわざとらしい咳をしてからすまし顔になっている。


 二人ともさすがと言うべきか、今日は貴族らしい恰好でその所作も綺麗に見える。


 コンスタンツは謁見前に数着のドレスを仕立てるつもりだったようだが、急ということでエルフの国へ行く前に注文した一着しかないことに少々文句を言っていたが今は落ち着いている。


 というよりも、服よりも大きな問題が発生したからだ。その問題は謁見が離宮になったこと。


 本来であれば王城の玉座の前で謁見する予定だったのだが、いつの間にか離宮で会うことになった。正式な謁見という扱いには変わらないが、コンスタンツはこれに関して異議を申し立てたほどだ。


 玉座の間での謁見なら他にも多くの貴族がいることが多い。だが、王族の離宮となれば王とその親しい相手だけに限られる。名前を売ろうとしていたコンスタンツはそれが問題だと怒ったのだ。


 今はすまし顔をしているコンスタンツだが、それに関してはいまだに不満があるのか、ため息をつくことが多い。


「あの、コンスタンツさん……?」


「ベリフェス様、何か?」


「いえ、馬車の中で炎の魔法陣を描こうとするのをやめてもらっても?」


「これは失礼しました。どうやら無意識に作ってしまったようですわ。誰かぶつけていい人をご存じないでしょうか?」


「……ご存じないですね」


「仕方ありません。では師匠に」


「やめんか」


 黙って聞いていたアルバッハだったが、嫌そうにコンスタンツを止め、さらに続ける。


「仕方ないだろう。アーデルがシャルナンド王に頭を下げるとは思えん。多くの貴族がいる場所でそんなことをすれば、我が国が不敬だと言われかねんぞ」


「そうですよね。私もそこまで頭が回っておらず、アルバッハ殿からの指摘で色々と変更しました」


「私のせいにするんじゃないよ。確かに頭を下げる理由なんかないけどね。だいたい、私が会いたいわけでもないんだから、そっちからくればいいんだよ」


 コンスタンツ、アルバッハ、ベリフェスの三人は全員が顔を見合わせると、同時に大きくため息をついた。


「なんだい、アンタら。喧嘩売ってんのかい?」


 言っていることは間違っていないが、権力や立場が絡むと色々と難しいのが国や貴族のルール。だが、圧倒的な力でそれを無視できるのがアーデルだ。むしろ会いに行こうとしていること自体が譲歩と言えるだろう。


 コンスタンツが両頬を手で挟み込むように叩いた。


「仕方ありません。切り替えていきましょう。アルデガロー王国の貴族として恥ずかしくないように振る舞いますわ!」


「両頬を手で叩くと言うのは貴族らしくないと思いますが……?」


 ベリフェスの指摘にコンスタンツは扇子を取り出して口元を隠しながら「ホホホホ」と笑う。


 こっちはようやく落ち着いた。


 アーデルはそう思いながら別の問題がある方へ視線を向ける。


「いいですか、フィーさん。相手をしゃべる野菜だと思うのです。それなら緊張は不要。キャベツが何か言ってる程度で緊張はしないでしょう?」


「キャベツがしゃべたらそれはそれで怖いと思いますが……?」


「では、しゃべるゴーレムならどうでしょう? 私といつも話しているから安心です……たまには緊張してもいいですよ? 私はゴーレムの王と言っても過言ではないので」


「な、なるほど……?」


 オフィーリアとパペットが話をしているが、オフィーリアは動きがぎこちないほど緊張している。なんとかパペットが落ち着かせようとしているが、あまり効果はないようだった。


 オフィーリアは世界最大の宗教であるサリファ教の聖女ということで、それなりの地位にいる立場ではあるが、つい最近までほぼ庶民と言える立場だった。なので今回のことは人生で最大級に緊張していると言っても過言ではない。


 朝から「行きたくない」と言っているのだが、サリファ教からも名誉なことなので行ってくるようにと指示が出ており、さらには村にいるメイディーやフロストから応援の手紙が届いているということで退路は塞がれた。


「フィーさん、安心なさいな。私達はあくまでもおまけ。メインはアーデルさんなのですから、基本的に座ってお茶でも飲んでいればいいのですから」


「そ、そうですかね? 宗教と国との関りとか聖女としての考えを聞かれたりしません? 偉い人はそういう答えに困る質問をして変に返すと不敬とか言質を取ったとか言ってくるんですよ!」


「ものすごい偏見ですね……」


 ベリフェスがぼそっとそんなことを言う。


 コンスタンツはその言葉に頷きつつ、微笑みを浮かべて口を開いた。


「そういう場合もありますが、それはあくまでも王族や貴族同士のやり取りで、庶民を騙すような形ではやりません。それに今回に限ってはそれもないかと」


「な、なんでです?」


「アーデルさんがいるではないですか。もし、フィーさんに何か変なことをしたら、アーデルさんが黙ってませんわよ。なので、いつも通りに会話すればいいんです」


「そうだね、何か変なことをしたら、フィーの代わりにぶん殴ってやるよ。メイディーから教わったパンチがあるから任せな」


 その言葉にベリフェスが「絶対やめてください」と懇願し、オフィーリアは目をパチパチさせている。


 コンスタンツがまた扇子で口元を隠し微笑んだ。


「それにですね、フィーさんよりも緊張しているのはベリフェス様の方ですわ」


 オフィーリアは「え?」と不思議そうな声を出してからベリフェスの方を見る。


 ベリフェスは苦笑いをしながら手のひらを見せた。うっすらと汗をかいている。


「王がアーデルさんに対して何を言い出すのか……昨日は魔導書を見ていたので気にしていなかったのですが、朝になったら心配になってきましてね……」


「ああ、そういうことですか……いえ、でも、おかげで少しだけ緊張が解けました。よし! ちゃんと聖女として頑張りますよ!」


 これで問題が無くなった。


 誰もがそう思ったのだが、パペットに抱きかかえられたクリムドアが口を開く。


「もう大丈夫か? なら俺はパペットと馬車で大人しく留守番しているから、何か美味い物が出されたら持ってきてくれ」


「私も何かいい金属を出されたら持ってきてください。むしろお土産として要求を」


 クリムドアとパペットのおかげでオフィーリアはついさっきまでの良い緊張感がなくなり、急にだらけるようになるのだった。


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