謁見の準備
アーデル達はエルフの国から船でジーベイン王国の王都まで戻った。
時間はかかったが特に問題はなく、順調な航海だったと言える。海の魔物もアーデルが作った結界の魔道具で近づくことができず、安心安全だ。今後もこのような航海ができるということで船員たちは喜んでいる。
今回のことでブラッドは販路が広がり、船員たちとは継続的に契約するという形になった。さらにはエルフたちも人間の国へ足を延ばそうということになり、しばらくはブラッドが面倒を見ることになった。
病気のことがあったのでリンエールやエリィは来なかったが、エルフたちを数人連れてきており、そのことで王都の港はかなりの騒ぎになった。それこそ数十年ぶりのことだからだ。
ただ、他にも騒ぎになっていることがある。
アルデガロー王国の宮廷魔術師アルバッハが何人かの護衛を連れ港でアーデルたちを待っていたのだ。
アルデガロー王国とジーベイン王国は戦争をしていたが、アルデガロー王国の謝罪と賠償である程度は許されている。だが、それでも戦争していた国の軍が王都にいるのは騒ぎになる。
そこへ国から出てこないエルフたちが来たので、相乗効果でかなりの騒ぎになっていた。
船を降りたアーデル達の前でアルバッハが頭を抱えている。さすがにエルフを連れてくるとは思っていなかったのか、大きくため息をついた。
「お前らは何をしておるのだ。この国の王に謁見するとかエルフを連れてくるとか、もっと大人しくしていて欲しいのだがな」
「エルフを連れてきたのは私達が決めたことだけど、ジーベイン王国の王様と会うのに国を巻き込んだのはコニーだよ。文句ならそっちに言いな」
アルバッハはコンスタンツを見る。そのコンスタンツは得意げな顔でふんぞり返っている。
「別に問題がある行為とは思いませんわ。大体、ジーベイン王国とは仲良くするべきでしょう。だいたい、なぜ師匠がここに? まさか私の代わりに出席するという話ではありませんわよね!?」
「代わりではないが同席はする。お前達が余計なことを言わないためのお目付け役だ。変な言質を取られても困るからな」
「そんなことを言って何を話すのか心配なのでしょう? 今、アーデルさんに国を出ていかれたら困るのはウチの国ですから」
「そこは心配しておらん」
「というと?」
「お前の貴族としての矜持は信用している。国の不利益になるようなことをするとは思えん。アーデルに対してもそこは牽制してくれるとは思っておる」
そう言われてコンスタンツは目を見開く。急いで扇子を広げ、口元を隠した。だが、口元がにやけているのはバレバレだ。
それを複雑な表情で見ているアルバッハは続けた。
「問題は暴走することだ。おだてられて何か変な依頼を受けるのではないかと心配している」
「褒めるなら最後まで褒めなさいな!」
その後、目を吊り上げて怒っているコンスタンツとアルバッハは色々と騒いでいるが、アーデルをはじめ、全員が呆れていた。
「どうでもいいけど宿の方へいかないかい? 揺れない場所で体を休めたいんだけどね」
アーデルがそう言うと、二人は言い争いを止めた。
アルバッハが「すまん」と頭を下げる。
「宿は用意してもらっている。ベリフェス殿が色々と手配してくれたようでな。案内するからついてきてくれ」
アルバッハがそう言うと、護衛の騎士たちを連れて歩き出す。
アーデル達もそれについていくように歩き出したが、ブラッドが止めた。
「俺はエルフたちと一緒にいる。人間の国での滞在方法とか色々と教えないといけないからな」
「そうかい? なら頼んでも?」
「ああ、もちろんだ。それと国王に会うならエルフたちの滞在許可とかウチの支店で働く許可を貰ってくれるか?」
「良く知らないけど、そういうのが必要なんだね? なら、そのあたりはベリフェスに頼んでおくよ。エルフからはお礼として色々貰ったからその一部を渡せば何とかなるだろうし」
アーデル達はエルフから神に赦されたお礼として色々な物を受け取っている。食材から魔道具、さらには貴重な魔導書など惜しみなく渡され、アーデル達の方が遠慮するほどだった。
それらの一部を渡せばエルフがこの国で働くことに文句をつけることはないと見込んでのことだ。
「そうしてもらえると助かる。それじゃ次は魔国へ行く準備だな。時間はかかると思うからしばらく待ってくれ」
アーデルは「助けてもらっているのはこっちさ」と言い、ブラッドと別れ、宿に向かうのだった。
アーデル達は巨大な宿を見上げてきた。
大通り沿いの一等地とも言える場所にそびえる巨大な建物。最初は何だと思っていたら、それが宿だったときの衝撃は計り知れない。
「城にも宿泊する場所があるのだが、さすがに数ヶ月前まで戦争していたところの人間を城に泊めさせるわけにはいかないようでな」
アルバッハがそう説明すると、アーデルは呆れた顔で首を横に振る。
「こんな立派な宿じゃなくていいんだけどね」
「国にも面子というものがありますのでね。貧相な場所に泊めたとなれば色々言われるからそうしたにすぎませんよ」
そんなことを言いながら宿の入り口から男が出てきた。ジーベイン王国の宮廷魔術師、ベリフェスだ。
やや疲れた顔をしているようだが、アーデル達を見て少し安心したのか息を吐いてからアーデル達に頭を下げる。
「早めに戻ってきてくれて助かりました。もう、国王の相手をするのに疲れてしまいまして」
「そういうことを言っていいのかい?」
「良くはありませんが、言わないとやってられませんので。アルバッハ殿にも色々ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ない」
「いやいや、元はと言えば我が国の貴族が言い出したこと。色々と手続きをさせてしまってこちらこそ申し訳ない」
初めて会った時はお互いに一歩も引かない状況であったが、色々なことに振り回される貴族という共通点があるのか、仲が良くなっているようにアーデルは思えた。
とはいえ、こんな場所で話し込まれても困る。
「すまないけど休ませてくれないかい?」
「これは失礼しました。どうぞ、ご案内します。ただ、お休みになる前に少し話をしたいのですが」
「部屋でならいいよ……話しだけだろうね?」
「もちろんです。国王に謁見する予定を決めたいので、その確認をしていただきたいと思いまして」
「言っておくけど、そんなに滞在するつもりはないよ?」
「はい、そのあたりは――いえ、まずは部屋にご案内しますね。どうぞ、こちらです」
アーデル達はベリフェスの案内で宿の部屋へと移動する。
そこは最上階のスィートルーム。広いと逆に落ち着かないという庶民的な感想を持つオフィーリアだけがびくびくしている。
「皆さん、同じ部屋が良いと思ったのですが、別々にすることも可能です」
「いえ! ここで! みんなで!」
オフィーリアの必死の言葉に全員が首を傾げていたが、特に反対意見はなく、全員がこの部屋に泊まることになった。
「それで皆さんお疲れだとは思うのですが、王との謁見は明日でも構いませんか? 早く終わらせたい……」
「本音が漏れているけど、ちょっとは隠しなよ。まあいいよ。なら明日にしようじゃないか。フィーもコニーも大丈夫だろ?」
「はい! 早くやっちゃいましょう! 緊張に耐えられない!」
「ドレスを新調したかったのですが仕方ありませんわね」
ベリフェスの疲れた顔が歓喜に変わる。
色々あるのだろうなと同情しつつ、アーデル達も早めに終わらせたいとそれを承諾するのだった。