魔王と幼竜
アーデルがふと気づくと、いつの間にか世界樹の中に戻っていた。
一瞬で視界が切り替わった感覚なので、慌てて飛行の魔法を制御する。
(危ないね。気付くのが遅かったら下に落ちてたよ)
アーデルは出会ったオーベックに対して文句を言いたかったが、ここにいない相手に何かを言っても意味はないと、ゆっくりとオフィーリア達がいる場所へ移動した。
全員が不思議そうな顔をしてアーデルを見つめる。それに対してアーデルも不思議そうな顔をする。
「どうしたんだい?」
「いえ、むしろ『どうしたんだい?』はアーデルさんに言いたいんですけど」
オフィーリアがアーデルを訝し気に見ている。だが、アーデルにはそんな顔をされる理由が分からない。自分がいない間に何かあったのかと少しだけ心配になった。
「何を言ってるんだい?」
「いえ、ちょっと行ってくるって言って天井まで行ったらすぐに降りてきて――何をしたんです?」
「すぐに降りてきた?」
「はい、天井にいたのは一分もないですよ、天井に行ってすぐに降りてきたって感じです」
アーデルとしてはニ十分くらいの感覚だったが、オフィーリア達にはほんの数秒くらいの時間だったらしい。
神に会っていたわけだし、そういうこともあるだろうと説明することにした。
「オーベックって奴に会ってきたよ。私の感覚だとニ十分くらいだったんだけど」
「……オーベックって神様ですよね?」
「そう言ってたね。お願い事をされたから、面倒だけどやることにしたよ」
「神様からのお願いですよ! 面倒って!」
実際に面倒なのだから仕方ない。
魔国に行くことは最初から予定していたことだが、囚われたクリムドアの魂を預かった卵に入れてキュリアスに渡す、それは面倒を通り越している。
とはいえ、それが未来で竜のクリムドアとなり、自分の前に現れるということならやらなくてはいけないことだろう。
アーデルはクリムドアを見つめた。
「む? どうした?」
オーベックが自分にその事実を伝えた以上、別に言っても構わないことなのだろうとアーデルは口を開く。
「クリムは魔族の王だったクリムドアの生まれ変わりらしいよ」
「……なんだって?」
「オーベックがそう言ってたよ。そして今は魔国にクリムドアの魂があるらしい。その魂を預かってきた竜王の卵に入れて、キュリアスに渡してくれって頼まれたよ」
クリムドアはアーデルの言葉を理解するまでに時間がかかったのか、数秒は黙ったままだったが、いきなり目を見開いた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 何を言ってる!」
「私もびっくりしたんだけどね、竜王の力で汚染された魂を浄化するらしいよ。そして未来でクリムが生まれて、時渡りの魔法で私の前に来るんだってさ」
アーデルの説明に全員が目を丸くした。
事情を知らないリンエールでも驚いたようで、慌ててクリムドアを見つめる。
「魔王クリムドア……本物か!」
「な、なに?」
「お前の魔力――魂の形は見たことがある。なるほど、似ているとは思ったが、確かにあの時に見たものと同じだ。あの時はもっとどす黒い嫌な感じの魔力だったが――今はずいぶんと綺麗になっている」
リンエールがそう言うと、クリムドアは口をぽかんと開けた感じで止まっていた。その後、大きく息を吐くと、体全体で項垂れる。
「……お、俺が魔族の王……魔王クリムドア……」
「ウォルスがクリムに斬りかかったのも当然と言えば当然なんだろうね。同一人物なんだから……いや、同一人物というか、同一魂っていえばいいのかい?」
「なあ、アーデル、本当なのか? オーベックが本当に俺が魔王クリムドアの生まれ変わりだと、そう言ったのか?」
「ああ、言ったよ。それとこれだ」
アーデルは亜空間から卵を取り出す。
両手で抱えるように持った卵。それを見たクリムドアはさらに目を見開いた。
「ま、間違いない……! それは我が母の魔力の形だ……! なら俺は本当に――」
「言っておくけどクリムは亜神エイブリルって奴に操られたらしいよ。肉体を乗っ取られて侵攻を開始したらしいね」
「肉体を乗っ取られた……」
「クリムが言っている時の守護者、あれが亜神エイブリルって奴らしい。歴史を元に戻そうとているのは私達の方で、あっちが歴史を変える悪者ってことさ」
やや放心してたクリムドアはアーデルの言葉を聞いて「そうか」とつぶやくように言った。
「何も覚えていないが、色々な状況がそれを本当のことだと言っている。しかも神のお墨付きか……そうか、俺は魔王クリムドアだったのか……」
「なんか気にしてんのかい? 大丈夫だよ、今はつまみ食いする幼竜ってだけなんだから。魔族の王だったころなんか今のクリムの責任じゃないだろう?」
アーデルがそう言うと雰囲気が少しだけ和む。
それに乗っかったのがオフィーリアとコンスタンツだ。
「そうですよ、もう魔族の王じゃなくて、つまみ食いの王なんですからそんな過去のことなんか忘れていいんです。大体、私に前世があったら多分もっとすごいことしてますよ!」
「フィーさんの言う通りですわ。しかも聞けば侵攻したのは本人ではなく、体を乗っ取った亜神の方だとか。なら気にするだけ時間の無駄です」
クリムドアは皆を見て瞬きをしていたが、目をつぶって頭を下げた。
「皆、気を使ってくれているのだな、ありがとう。心が軽くなった気がする」
頭を上げたクリムドアはアーデルを見つめる。
「その卵にこの時代にいる俺の魂を入れるのだな?」
「ああ、何でも汚染されている魂の浄化をするために竜王の力を借りるとか言ってたね。クリムの魂は魔国のどこかに囚われているらしいから、それを探しに行かないとね」
「そうなのか……なんだか不思議な気分だな、俺と同じ魂がこの時代にあるなんて」
「生きてりゃそういうこともあるさ」
「いや、ないと思うぞ……?」
アーデルの真面目に言ったのか笑いを取ったのか分からない言葉に皆が笑顔になった。
リンエールは複雑そうな顔をしていたが、抱えられたエリィは状況は分からずとも楽し気な雰囲気になったので笑顔で喜ぶ。
そんな二人を見たアーデルは思い出した。
「そういや、サリファが死んだのはエルフたちのせいじゃないとも言ってたね」
「な、なに……?」
「いや、オーベックに聞いたんだよ。サリファは本当に死んだのかって。死んでいるのは間違いないみたいだけど、エルフのせいでサリファが死んだわけじゃないって言ってたよ」
「そ、そうだったのか……」
「神を強制的に降ろそうとしたことに対する罰として何も言わなかったらしいけど、そろそろ赦すとも言ってたね」
アーデルのその言葉にリンエールは動きが止まる。思考が停止したともいえる状態なのだが、アーデルは構わずに続けた。
「分かりやすい形で罪が無くなったことを示すとか言ってたけど、何をするのかは聞いてないんだ。まあ、そのうち何かあると――」
アーデルがそこまで言いかけると地面が揺れた。
「じ、地震ですか!?」
オフィーリアの言葉が世界樹に響く。
だが、揺れはすぐに収まった。
「な、なんだったんですかね……? この辺りって地震が多いんですか?」
「いや、エルフの国で地震なんてあるわけが――」
「きれーい!」
リンエールの言葉を遮るようにエリィが大きな声を出す。
エリィはリンエールに抱きかかえられながら天井を見て指を向けたので、全員がつられたように上を見た。
すると天井から美しく輝く魔力が燦燦と降り注いでいたのだった。
年内の更新はここまでになります。
次回更新は二週間後の2024/1/13(土)です。
しばらくお休みを頂きますが、引き続きよろしくお願いします。
では、良いお年を!