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竜王の卵

 

 アーデルは世界樹の天井にある穴へと近づいた。


 先が全く見えない黒い穴。穴というよりも空間がぽっかり切り取られたかのようになっている。


 一度オフィーリア達がいる方へ顔を向け「大丈夫」と言ってから、その黒い穴に触れた。


 アーデルはその穴に吸い込まれると思った次の瞬間、まぶしい光に包まれ目を閉じた。


 それ以降、特に何も起きないのでゆっくり目を開けると、アーデルは驚く。


 世界樹の中にいたはずだが、今は見渡す限りの草原で、どの方向を見ても地平線まで草原が広がっているだけなのだ。


「こっちだ」


 世界樹の中で聞いた声がまた聞こえた。今度は頭の中に響くのではなく、背後から声として耳に聞こえる。


 アーデルはそちらへ振り向くと眉をひそめた。


 先ほどまで草原しかなかった場所に家があるのだ。


 その家はアーデルが住んでいた家とそっくりそのまま。木製であまり出来がいいとは言えない家であり、今にも崩れそうなところまで似ている。


 ただ、なぜか不快感はない。こんなことをされれば何かの罠のようにも思えるが、なぜかその家からは懐かしさや温かさのようなものを感じる。


 アーデルは特に警戒することもなく家に近づき、立て付けの悪い扉を開けた。


 中にはアーデルがばあさんと言って慕った魔女アーデルがいるということはなく、見知らぬ老人の男が椅子に座っていた。


 老人は白く長い顎ひげを生やし、長く整えられた髪や眉まで真っ白だった。


 ただ、その老人から感じる魔力は明らかに異質でキュリアスと同等かそれ以上の力を感じる。


「久しいな……とはいっても今のお主は儂が誰か知らんだろうが」


「確かに知らないけどアンタは誰だい?」


「オーベックだ」


「ああ、アンタが。私を友ということはキュリアスみたいに別の世界の私と会ったわけかい?」


「そうだ。さて、立っているのも大変だろう。それにここはお主の家だ。遠慮せずに座ってくれ」


 アーデルは少し迷ったが、木製の歪なテーブルを挟んでオーベックの正面にある椅子に座る。すると、いつの間にかテーブルにはカップに注がれた紅茶が置かれていた。


「お主が好きな紅茶だ。クッキーはないが」


「ありがたくいただくよ」


 喉が渇いているわけでもないが、アーデルはその紅茶を飲む。


 自分の好みにあった味に温度、正直不気味に思うほどではあるが、なぜか先ほどから不快感はない。それこそがこちらに何かしらの干渉をしているのかとアーデルは警戒する。


「警戒するのも無理はないが、お主に何かをしようとは思っておらん。それに儂がここで何かをすれば、世界樹の周辺一帯が大変なことになる。危険なことはしないと約束しよう」


「……分かったよ。で、なんで私を呼んだんだい?」


「お主の行動によっていくつかの未来が開けた。まだ完全ではないが、滅亡しない未来を作り出せそうな状況になった。なので、ようやく儂の方からも接触ができるようになったと言うべきか」


「よく分からないけど、キュリアスも似たような状況だったわけかい?」


「あれはまた違う。創造主の力を放棄してあの場所へ移り住んだ。いつでもというわけではないが、世界に影響を与えずにお主に会うことができるだろう。儂の方は無理じゃな。お主の人生で一度きりしか会えぬ」


「一度しか会えないのかい?」


「そうだ。それ以上の干渉はこの世界に大きな影響を与え、世界の滅亡を早める可能性がある」


「なら、その一回を使ってアンタは私に何をするつもりだい?」


「贈り物をしよう」


「贈り物?」


 オーベックは自身の髭をなでた。


 すると、いつの間にかテーブルの上に巨大な卵があった。


 亜空間から取り出したわけでもなく、いきなり卵が現れたのだ。しかも、両手で抱えるくらいの大きさがある卵が急に現れたので、防御するための魔法を使いそうになるほどアーデルは驚いた。


「驚かせるんじゃないよ。というか、贈り物に卵かい?」


「ただの卵ではない。それは竜王の卵。お主に未来を与えてくれる大事な卵だ」


「竜王の卵……?」


 竜王といえば、クリムドアの母親が該当する。アーカイブという全てが記された何かを見て神に至ったという。


 その卵がなぜここにあるのかと思ったが、よく考えればクリムドアは未来の竜。今の時代ではその母も生まれていないのだとアーデルは納得した。


「その卵を完全な形にしてキュリアスに渡すといい」


「完全な形?」


「その卵にはまだ竜王しかいない。それでは生まれても意味はない」


「どういうことだい?」


「その竜王はクリムドアを宿していない。魔国へ行き、亜神に囚われたクリムドアの魂をそこへ注入するのだ。それがいつか竜のクリムドアとして生まれ、お主の所へやってくる――いや、もうすでにやってきたということだな」


「ちょっと待ちな、一体何を言って――」


「亜神エイブリルを倒すために多くの世界で行動を起こしたが、残念ながらどれも失敗に終わった。だがお主が行動したことによって亜神エイブリルを欺き、世界の滅亡を止めることはできずとも遅らせることができた。そして今ではお主やその友人達のおかげで世界は元に戻ろうとしている」


「だから、ちょっと待ちな。そもそも亜神エイブリルって誰だい?」


「お前達が倒している時の守護者のことだ。あれは亜神エイブリルの分体。歴史を元に戻そうとしているお主たちを殺そうとしている」


「そういえばキュリアスもそんなことを言ってたね。でも、あれが亜神……?」


「お主たちでも亜神を倒せるのはキュリアスが邪魔をしているからだ。だが、徐々にキュリアスの力も及ばなくなってきている。気を付けることだ」


 アーデルは情報を上手く消化できないままオーベックの言葉を聞く。


「なんとなくしか分からないけどね、一番分からないのはこの卵にクリムドアを注入しろってことだよ。ちゃんと説明しな」


「お主と一緒にいる竜のクリムドア。魔族の王と言われたクリムドアで間違いない」


「……やっぱりそうなのかい」


 ウォルスがクリムドアの魔力――魂の形を見て、魔族の王と勘違いした。姿形は違うが、同じ魂なら魔力の形は同じだ。


「ならクリムは転生したってことか」


「転生でも間違いではないが、どちらかと言えば魂の浄化だ」


「魂の浄化……?」


「魔族の王であったクリムドアは亜神エイブリルに魂を汚染された。最後まで抵抗したが――今も抵抗しているが、肉体は奪われ大きな戦いをおこした。魔女アーデルのおかげで乗っ取られた体は消滅したが、いまだに魂は魔国のある場所に囚われている」


「まだ生きているってことなのかい?」


「魂があると言うだけだ。だが、その魂は汚染されている。それを浄化するために竜王の力を借りる。長い時間をかけ竜王が体内でクリムドアの魂を浄化し、いつか竜の肉体を持って生まれる。それが今のクリムドアだ。お主にとっては未来の話であり、今のクリムドアにとっては過去の話になる」


 アーデルは混乱する頭で何とか整理をする。


 この卵に汚染されたクリムドアの魂を注入すれば、竜王の力で浄化され、今のクリムドアが生まれてくる……という結論に達する。


「未来で浄化されて生まれたクリムドアが時渡りの魔法で私の前にくるのか……」


「その通りだ。クリムドアがお主の前に現れない世界でもお主には色々と働いてもらった。それが今に繋がり、そして未来に繋がる」


「ややこしいね」


「亜神を欺くためだ。すでに気付かれているが、ほぼすべての仕込みは終わっている。だが、お主がその卵に汚染されたクリムドアの魂を注入してキュリアスに渡さなくては、いくつかの世界が滅びる。それは亜神エイブリルの力を増大させることだと思って欲しい」


「別の世界では上手くいったのに、この世界の私が失敗する可能性があるのかい?」


 この世界にクリムドアがいる以上、どこかの世界の自分は上手くやったはず。なのに自分が失敗するというのはよく分からない。


「お前に気付いた亜神エイブリルがこの世界への介入を増やしたからだ――そのおかげで他の世界への介入が減ったとも言えるな」


「なんだか難しいね」


「そう。この世界に生きるものにとって神の視点は難しい。そしてクリムドアがちゃんと生まれ、お主の前に来た世界は増えたが、それでも世界の滅亡は防げなかった」


「なんだって……?」


「完全な形になった卵をキュリアスに渡すまでは上手くいった。その後の戦いでお主は亜神エイブリルに負ける」


「……どうやって負けるんだい?」


「色々だ。我々も色々と対策したが、どれも上手くいかなかった」


「じゃあ、どすればいいんだい?」


「分からん」


「アンタ、神だろう?」


「神が全知全能ならそもそもこんなことにはなっておらんよ。我々にも想像できぬ事態は起きる」


「使えない神だね」


「耳が痛いがその通りだ。ただ一つ助言するなら……殺すつもりで戦うか、一切戦わないかのどちらかにした方がいい」


 アーデルは眉をひそめる。


 一切戦わないという手段があること自体に疑問に思ったからだ。


「戦わないって選択肢があるのかい?」


「分からん。ただ、お主はどの戦いでも負けた。どれだけ強くなっても勝てるとは思えない」


「なんだいそりゃ?」


「すまぬな。戦わずして勝つと言う手段も考えた方がいいという意味だと捉えて欲しい」


「戦わずして勝つね……」


 時の守護者に対してそんなことができるとは思えないが、頭の片隅に置いておくことにした。


「そろそろ時間だな」


「ちょっと待ちなよ、言いたいことだけ言うなんて。もう二度と会えないんだろう?」


「私が世界に干渉できる時間は少ない。最後に一つだけ質問に答えよう」


「一つだけ……」


 聞きたいことはいくつかある。


 自分は何者なのか、魔女アーデルは移魂の魔法を完成させたのか、エルフたちは本当にサリファを殺したのか。


 渦巻く疑問の中でアーデルは口を開いた。


「女神サリファは本当にエルフのせいで死んだのかい?」


 自分のことや魔女アーデルのことはもういい。自分は今ここに存在してオフィーリア達と共にいる。疑問はあるが、疑問のままでも特に問題はない。ならば、エルフという種族のためにサリファがどうなったのか、神の口から聞いておきたいと思った結果だ。


 オーベックはピクリとだけ体を揺らす。少しだけ沈黙していたが口を開いた。


「サリファの女神としての生は終わっている。だが、エルフのせいではない……神を強制的に降ろそうとした罪を償わせるために何もしなかったが、もう赦しても良いだろう。エルフたちには分かりやすい形で罪が無くなったことを知らせる。それでいいか?」


「それでいいよ。正直、エルフの方はあまり関係ないからね」


「そうか。他にも疑問があればキュリアスに聞くといい。では、さらばだ、友よ。またいつか、別の時間、別の場所で会おう」


 それは私には分からないんだよと言おうとしたが、すぐに視界が暗くなったアーデルは何も言えずに意識を失った。


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