家族との食事
アーデルとコンスタンツは月光病を治すため、薬の材料を手分けして探すことにした。
だが、クリムドアが書いた紙に書かれた材料はエルフの国にあるものが大半だった。この国にはない物も、ブラッドたちがいる船に積まれており、特に何の手間もなく揃ってしまった。
人間の国まで海を越えていく必要があると思っていたので、アーデルとしては拍子抜けだ。それに調合も特に難しいものではなく難易度は低い。未来を知っているというのは答えを知っているようなものだとアーデルには思えた。
アーデルとコンスタンツは世界樹の頂上まで戻ると、大量に持ってきた材料を披露した。
「あるだけ持ってきたけど、これで足りるかい?」
「巨大な竜にでも飲ませる気か。十分すぎる」
「それじゃパパッと作っちまうから、ちょっと待ちな」
クリムドアの呆れ顔を無視するようにしてアーデルは調合を始める。
それを見たリンエールがぼそりとつぶやいた。
「アーデルも薬を調合するのが上手かった……」
「ばあさんは治癒の魔法も使えたけど、調合した薬の方が効率がいいとか言ってたからね」
「……良く怪我をするウォルスのために覚えたそうだ。魔族と過酷な戦いをしていたが、アーデルは怪我をしたウォルスに薬を塗っている時は嬉しそうだったな」
「……そうかい」
アーデルの返事はそっけない。
薬の調合中という状況もあるが、それを聞いたところでアーデルには何もできないし、どう思えばいいのか分からない。どんな状況であったとしても、アーデルは一人寂しく亡くなった。
なにかが少しでも違えばもっと幸せな人生を送れたのではないかとも思えるが、もう過去のことでもある。時渡りの魔法があったとしても、それは別の世界のアーデルを救えるだけで、この世界のアーデルはもう救えない。
そんなアーデルの無念とも言える空気が周囲に伝染し、皆を無口にさせた。すり鉢で材料を擦り潰す音だけが続く。
五分ほど経つと、アーデルが「よし」と言った。そして魔力を込め、出来上がった液体を瓶に入れた。
「これで出来たはずだよ。でも、効果のほどは飲ませ続けないと分からないけどね」
「今日の夜に発作が出なければ大丈夫だろう。まずは娘さんを水晶から出してあげるといい」
クリムドアの言葉に頷いたリンエールは、魔道具の解除を行う。
氷が熱で急速に溶けるように水晶が溶けた。そして中にいるリンエールの娘が目を覚ます。
「お母さん……?」
「エリィ、どこか具合が悪いところはあるか?」
「……お腹すいた」
「そ、そうか。なら何か……ないな……ちょっと待ってくれ、今、下まで降りて――」
「ここは私の出番ですね!」
オフィーリアが立ち上がって腕をまくった。そして、その手には包丁がある。
「エリィちゃん! 私はリンエールさんの友達だけど何食べたい? なんでも作ってあげるよ!」
いきなりリンエールの友達になっていることに、リンエールはもとよりアーデル達も驚いているが、フロストよりもちょっと小さいくらいのエリィは特に疑問に思うことなく考え始める。
「えっと……キノコスープ?」
「キノコスープ……ならマッシュルームをふんだんに使ったクリームシチューで手を打ちませんか? お肉もたっぷり入れますよ!」
「お肉……!」
アーデルからするとエルフは肉を食べずに野菜か果物だけしか食べないイメージがあったが、エリィの目はキラキラと輝いている。どう考えても食べたことがある目だ。
そんな娘の願いをかなえてやりたいのか、リンエールは申し訳なさそうにオフィーリアを見た。
「たしかオフィーリアだったな。その、お願いしてもいいだろうか……?」
「もちろんです。お薬を飲む前にまずは食事ですよ。でも、時間がかかるのでクッキーでも食べて待っててください。コニーさん、ちょっと火力の高い火をお願いします」
「このわたくしを調理器具みたいに扱うとは……皆さんのシチューよりも五割増しを要求しますわ!」
妙な取引が行われたが、それで同意がされたようだ。
そしてオフィーリアとコンスタンツは手際よく調理を始める。ほんの数分で周囲はいい香りに包まれた。
それを横目にアーデルはエリィにクッキーを皿ごと渡す。
「フィーの作ったクッキーだ。私のおすすめだから食べな」
エリィはリンエールに抱きかかえられているが、振り向いて食べてもいいのかと母親のリンエールに目で訴える。
リンエールはぎこちない笑顔で頷くと、エリィはアーデルからクッキーを受け取った。そして半分だけ残すようにかじる。もぐもぐと口の中でクッキーを噛むとエリィの目が輝いた。
「美味しい!」
「そりゃよかった。これからシチューができるから食べ過ぎは良くないが、もう少し食べるかい?」
「うん!」
元気よく返事をしたエリィにアーデルは微笑みかけると、クッキーを載せた皿をリンエールの近くに置く。
「アンタも食べな。ここでは死なないだろうけど、腹は減ってるだろ?」
「……いただこう」
「おいしーね、お母さん!」
「ああ、美味いな……本当に美味い」
娘と話すのは何年振りなのか分からないが、かなりの月日が経っているのだろうとアーデルは思う。時間の流れが人間とは違うエルフだが、それでも長い時間だったのだろうと推測した。
アーデルはリンエールを見る。
リンエールはさっきから涙目だ。複雑な感情なのだろうが、喜びが勝っているように思える。治ったわけではないが、ほんの少しでも一緒に食事ができたことを喜んでいるのだろう。
これでクリムドアの推測が外れていたら台無しになるとアーデルは少し緊張してきた。
アーデルは小声でクリムドアに確認する。
「クリム、本当に大丈夫なんだろうね?」
「疑っているのか? 大丈夫だ。間違いない」
「クリムが自信がありそうに言うとなんだか不安になるんだけどね?」
「そんなこと言われてもな。だが、聞いた限り、あの症状は月光病だけだ。俺が知らない未知の病気などはない。安心しろ」
今更どうしようもないのだが、せめて薬をたくさん作っておくかと、アーデルはまたすり鉢で材料を擦り潰すのだった。
オフィーリアのクリームシチューが出来上がると、それを底が浅い木製の皿に盛りつける。シチューだけでなく、他にも新鮮な野菜や果物などが並び、皆が車座になって食べ始めた。
クリムドアのつまみ食いの罪は許されたようで普通にシチューがあった。そしてコンスタンツは要望通り五割増しだ。
エリィは目を見開き、夢中でシチューを食べている。リンエールはそれを微笑ましく見ながら、エリィの口元を布で拭き綺麗にしていた。
まだ薬を飲んではいないが、何かしらの症状があるようには思えない。いつの間にか治っている、ということはないだろうが、本当に病気だったのかとアーデルは注意深くエリィを見ている。
「お姉ちゃん、ごちそうさま!」
「おそまつさまでした。美味しかったかな?」
「うん、キノコもお肉も美味しかった!」
子供を相手するのが得意なのか、オフィーリアとエリィは今日あったばかりなのにすでに友達のような状況だ。孤児院暮らしが長かったのか、こういう部分は誰もオフィーリアに勝てないなとアーデルはなんとなく誇らしくなる。
楽し気に話をしていると、世界樹の壁の隙間から入ってくる光が無くなり始めた。リンエールが持ち込んでいるランプは魔道具のようで、自動的にうっすらと灯りが付く。
それと同じくらいにエリィが咳き込むようになった。
リンエールは慌てるが、アーデルはすぐに作った薬を渡した。
「ゆっくり飲ませてやりな」
「あ、ああ……」
リンエールはエリィを膝に座らせたまま、木製のコップをエリィの口元に近づける。
「これはお薬だ。ゆっくり飲みなさい」
エリィは頷くと、コクコクと薬を飲む。ゆっくりとそれを飲み干すと、エリィは大きく息を吐いた。
「美味しくない」
「薬はそういうものさ。でも、どうだい? 体が痛かったり苦しかったりしないかい?」
「……あれ? 全然苦しくない。いつもはもっと体が痛いんだけど……?」
「どうやら上手く月の魔力を中和できたようだな」
クリムドアがそういうと、アーデル、オフィーリア、コンスタンツは胸をなでおろす。息を長めに吐きだし三人は笑顔になった。
「全員が俺を信じていなかったことだけは分かったぞ」
不貞腐れ気味なクリムドアをなだめるように、オフィーリアとコンスタンツは色々と言っている。アーデルも心配ではあったが、とりあえずは問題なさそうだと少しだけ安心した。
楽しそうにしているエリィをリンエールは膝の上で抱きしめる。エリィは少し苦しいと文句を言っているが、リンエールは離しそうにない。
効果はあったようだが、まだ最初だけだ。しばらくはここに留まって様子を見るしかない、アーデルがそんな風に思った時だった。
上からキラキラと輝く魔力がアーデルの元に落ちてきたのだ。
なんだと思って上を見ると、ドーム型になっている世界樹の壁、その頂点に穴が開いている。そこからわずかではあるが魔力が落ちてきているのだ。
「あれはなんだい?」
アーデルが上を見ながらそう問いかける。
つられてオフィーリア達も上を見るが、全員が首を傾げた。
「え? 何かあります?」
「綺麗な穴が開いているじゃないか。あんなもの最初からあったかい?」
「穴? 何もありませんよ? 世界樹の壁だけですよね?」
「……フィー達には見えないのかい?」
「……まさか、神が降臨されたのか……?」
リンエールが驚いたようにそう言うとアーデルの頭の中に声が響く。
『友よ。こちらへ』
聞いたことがない声。ただ、なんとなく懐かしいような気もする。誰なのかは分からないが、確実に分かることもある。元神であったキュリアスのような得体のしれない力を声から感じる。
「どうやら私を呼んでるね。ちょっと行ってくるよ」
アーデルは立ち上がると、飛行の魔法を使って穴へ向かうのだった。