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月光病

 

「どうですか、アーデルさん! 私だってやるときはやるんですよ!」


「だから、分かったって。時の守護者を倒せたのはフィーのおかげだよ。というか、何度目だい、このやり取り」


「何度でも褒めてくれていいんですよ!」


 世界樹の中、その頂上に近い場所はいつもより騒がしい。


 オフィーリアは自分自身にそっくりな時の守護者を撃退したということで、アーデルに褒めてもらっているのだ。これまでオフィーリアはこの手の戦いで役にたっていなかったこともあり、その喜びようは激しい。


 それ以外にもオフィーリアの姿を真似した時の守護者を許せないとアーデルが怒ったこともある。それがオフィーリアの喜びに拍車をかけていた。


 アーデルとしてはそろそろ話を変えて欲しいと別の話題を振る。


「ところで魔法を無効化する魔法ってなんだい?」


「あれはメイディー様が開発した魔法ですよ。でも、未完成なので使っていませんが」


「未完成なのかい?」


「使い勝手が悪いといえばいいですかね。皮膚の表面に魔力を遮断する膜を作り出すんですけど、自分の魔力も遮断されてしまうとか」


「でも、フィーは時の守護者に魔力を注いだだろう?」


「あれは接触してましたからね。体の表面を覆うような膜ですけど、実際に手で触れたら貫通して体に届くんですよ。そこから魔力を注ぎ込むと大変なことになるわけですね」


「ああ、そのあたりが使い勝手が悪いってことか」


 オフィーリアは自分の濃い魔力を時の守護者に注ぎ込んだ。濃い魔力は体を蝕む毒に近い。ただ、普通なら魔力が体から放出される。ダメージを受けても死に至ることはない。


 だが、時の守護者は魔法を無効化する魔法で魔力を体の外に出せない。しかも一度発動すると自分の魔力が切れるまで解除できない。魔法が解除されるよりも早く、オフィーリアの濃い魔力が体に回ってしまったという結果だ。


「さっきの時の守護者は私が自分で開発したと言ってましたけど、メイディー様からそれを教えてもらえなかったんでしょうね。最初のとっかかりくらいは教わったかもしれませんけど」


 オフィーリアがしみじみとそう口にする。


 それはつまり、今のようにメイディーとオフィーリアが師匠と弟子のような関係にはならなかったのかもしれないとアーデルは思った。


 別の世界のオフィーリアはアーデルと何度も戦っていたらしい。復讐だけを考えて、周囲との関係を絶っていたのだろう。そして自分でアーデルを殺すための魔法を考えた。


 それを思うとアーデルは胸が痛い。別の世界のオフィーリアだろうと、自分のせいでそんな人生を歩んでいるのだ。オフィーリアの姿は時の守護者の創作かもしれないが、別の世界の姿である可能性もある。


 あんな姿にさせたのが自分だと思うと、胸がじんわりと痛むのだ。


「今の私は幸せですよ?」


「え? なんだって?」


「だから今の私は幸せなんですってば」


「そりゃ、よかったじゃないか。でも、なんだい、いきなり」


「それはアーデルさんのおかげです」


「私の……?」


「メイディー様やフロストちゃん、それに村長さん達が村で楽しく過ごしているんですよ。それにアーデルさんやクリムさん、パペットちゃんやコニーさんとも一緒に旅ができるし、ブラッドさんはいつも最高級の宿を用意してくれてます。幸せじゃないですか」


「幸せの基準は分からないけど、フィーが幸せならいいんじゃないかい?」


「はい。そしてこの状況を作ってくれたのがアーデルさんです。別の世界の私は苦労しているかもしれませんけど、少なくとも私は幸せだと胸を張って言えますよ!」


 自分の思いを的確に見抜き、気にすることはないとオフィーリアは言っているのだ。そう思うと、アーデルは胸の痛みが和らぐ。


「それに私がアーデルさんを倒せるわけないじゃないですか。たぶん、毎回負けてクッキーを奪われてましたよ」


「私はそこまでフィーのクッキーに執着してないけどね?」


「いや、してますって」


 なぜか、してる、してないという話で争ったが、そもそも別の世界の話。正解など分かるわけがないので、不毛な言い争いはやめようということになった。


 そんな話をしながら休憩していたので、アーデルも少しは魔力が回復した。体のだるさが無くなったので、クリムドア達の方へ視線を向ける。


 時の守護者の出現により、リンエールはクリムドアが未来から来たことを信じるようになっている。今はクリムドア、コンスタンツと一緒に水晶の魔道具の中にいるリンエールの娘に関して熱心に説明していた。


 クリムドアも今は魔道具に触れて大丈夫なのを確認してから、触ったり魔力を通したり、時にはコンスタンツに指示を出したりと色々調査中だ。


 それからしばらくすると、クリムドアが頷いた。


「おそらく、月光病と呼ばれる症状だな」


「月光病……?」


 リンエールは初めて聞く病気の名前を繰り返したが、アーデル達も同じ気持ちだ。そんな病気は聞いたこともない。


「月の引力はこの世界に影響を与えているのだが、海には満潮、干潮があるのは知っているな?」


 全員が首を横に振る。


「そ、そうか。アーデル達は海の近くに住んでいないし、エルフの島は断崖絶壁だったな。簡単に言うと海水面が上がったり下がったりする現象のことだ。それは月の引力によって引き起こされている」


「そういう現象があるのは分かったけど、それが病気と何の関係があるんだい?」


「まあ聞け。そして生物にもよるが、俺たちの体も大体六割が水で出来ているんだ。気にするほどじゃないが俺たちも月の引力から影響を受けている。ただ、それだけでなく、月から微弱な魔力が放出されていて、その影響を受けているんだ」


 アーデル達はいまいちよく分かっていないが、クリムドアは知識を披露するのが楽しいのか、得意げに語り続ける。


 そろそろ飽きてきたところで、ようやくクリムドアの話が終わったのか、リンエールの方を見た。


「リンエールの娘は月光病、月からの影響を受けやすい病気だ。娘さんは夜になるほど症状が悪くならなかったか?」


「ああ、言われてみるとそうだな。夜の方が症状が重かった気がする……」


 クリムドアがドヤ顔を披露する。


 だが、それを褒めたたえる人はいない。


「で、どうやったら治せるんだい?」


「そ、そうだったな……結論から言えば月の魔力を受けないようにすればいい。月光草という草をベースにこれから言う物を集めて煎じて飲めば症状は緩和される。そして飲み続ければ体自体が月の魔力に負けないほどになるはずだ。体を少しずつ強化するようなイメージだと思ってくれ」


「ほ、本当だな!」


「本当だ。これから二百三十年後くらいにそれが開発されるんだが、かなり稀な病気だし、先に薬を作ってしまっても歴史には問題ないだろう」


「なら、二百三十年待てばこの子は治っていたのか……?」


「リンエールはここから外へ出なかったはずだ。それに開発したのは人間。薬の情報はここへ届かなかったと思うぞ。そもそも何の病気なのかも知らなかっただろう?」


「……なるほど、あり得る話だ……」


 リンエールがうなだれるように背を丸める。


「仕方ないね」


 アーデルがそう言うと全員の視線が集まった。


「リンエールはここを離れるのが嫌だろう? 薬の材料を集めて作ってやるからちょっと待ってな」


「……私はアーデルを裏切ったんだぞ?」


「いまさらどうでもいいよ。魔道具を回収するにはそっちの方が早いからね。それに――いや、何でもないさ。ほら、クリム、必要なものを紙に書いておくれよ。私とコンスタンツで集めてくるからさ」


「いいですわ! どっちが先に集められるか勝負ですわね!」


「なんでだい。手分けして集めるんだよ。ほら、夜になる前にさっさとやるよ。私達なら海だって越えて揃えられるんだから早くしな」


 それを聞いたリンエールはアーデルに頭を下げた。


「すまない。よろしく頼む」


「さっきも言ったけど、魔道具を回収するためだよ」


「またまたー、リンエールさんの子を見てフロストちゃんを思い出したんじゃないですかー?」


 オフィーリアが笑顔でそう言うと、アーデルは苦々しい顔をする。


「子供が苦しむ姿なんか見たくないんだよ。そんなことはいいから、早くしな」


 アーデルはそう言ってクリムドアを急かすのだった。


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