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成長を止める魔道具

 

 リンエールは自身を偽物の英雄だと言った。


 魔女アーデルに何が起きたのかをある程度把握しており、それを利用して自分が欲しい技術を得ようとした。それはアーデルからすれば許しがたいことだ。


 リンエールが憶測だとしても情報を与えていればウォルスやグラスドも魔女アーデルに対して何かしら対策をしようと考えたはず。魔の森に閉じこもっているという状況にはならない可能性があった。


 可能性の話でしかないが、魔女アーデルと自分以外誰もいないあの家でひっそり息を引き取ることもなかったはず。その不満がアーデルの殺気に変わる。


「ありがとうございます!」


 いきなり嬉しそうなオフィーリアの声がこの世界樹の中に響く。近くに鳥がいたのか、驚いて鳴きながら飛び立つような音も聞こえた。


 あまりにも能天気な声に毒気を抜かれたのはアーデルだが、リンエールも先ほどの悪そうな顔が驚いた顔になっている。


「フィー? いきなりなんだい?」


「いえ、リンエールさんにお礼を言ったんですけど?」


「お礼? お礼って何さ、こいつのせいでばあさんはしなくてもいい苦労をした可能性だって――」


「アーデルさんが生まれてくれました」


「……え?」


「リンエールさんが教えたエルフの秘術によってアーデルさんが生まれてくれました!」


 断言するようにそう言うオフィーリア。


 全員が何を言っているんだという顔だったが、コンスタンツが頷いた。


「確かにそうですわね。この方のおかげで魔女アーデル様は苦労したでしょうが、代わりにアーデルさんが生まれてくださいました。それは悪いことではありません。私からもお礼を言っておきますわ。ありがとうございます」


 その言葉でアーデルもようやく理解する。


 自分が生まれてきた理由は魔女アーデルの新しい体だった可能性が高い。だが、自分がその体にいる。この体に発生した魂かもしれないし、どこかから持ってきた魂なのかもしれないが、今はただのアーデルでしかない。


 そして友人とも言えるオフィーリアたちとそれなりに楽しく過ごしている。魔女アーデルには悪いが、少なくともアーデル自身はそんなに悪い人生ではない。


 リンエールの魔女アーデルに対する仕打ちに関して不満が無くなったわけではない。だが、もうどうにかしようという気持ちはない。


「そうだね、アンタのおかげで私は生まれることができたよ。礼を言うつもりはないけどね」


 リンエールは頭をすっぽりと隠したフードの下で驚きの顔になっている。


「……あの頃のアーデルと変わらないね。魂の形は違うが本当にアーデルじゃないのか?」


「その言葉は嬉しいが、私は間違いなくばあさんじゃないよ。あの筒の中でばあさんと話をしていた思い出もある。話とは言っても身振りそぶりや文字のやり取りだけどね」


 見よう見まねで行った魔法。それに魔女アーデルは驚き、念動力の魔法書をアーデルに見せた。もちろん、文字などは分からなかったが、時間をかけて魔女アーデルに教わった記憶がある。


 魔法そのものは「魔王を殺す魔法」しか教わっていないが、それ以外の知識は大体魔女アーデルから教わり、他は本から学んだ。


 その記憶がある以上、少なくともアーデルは魔女アーデルではない。


「アンタに何かをしてやる必要は全くないんだが、ばあさんが研究していた内容の資料だ。私の記憶では一部資料を焼いていたけど、それが何なのかは分からない。だから残っているのはそれだけだよ」


 アーデルは亜空間から資料を取り出すとリンエールはすぐにそれを読み始めた。


 集中しているのか、こちらの呼びかけにも答えないので、アーデル達は勝手にクッキーを食べ始める。


 魔女アーデルのことで怒りはあったがオフィーリアのおかげで冷静になれた。


 そもそもここに来たのは魔女アーデルが何の研究をしていたのかの確認と魔道具の回収だ。よく考えれば今更そんなことを言われても、どうしようもない。それに魔女アーデルに対する評価はずいぶんと変わった。


 これ以上、リンエールをどうこうするつもりもないとアーデルは本気で思う。


 三杯目の紅茶を淹れようとしたところで、リンエールが顔を上げた。


「資料はこれだけか?」


「ばあさんの家には他にも資料はあったけど、今では常識と言える魔法の構築理論だよ。魂の移動とか浄化に関する資料はそれだけだね」


「……そうか。アーデルでも魂の移動は完成しなかったのだな……」


「さっき言ったろ、燃やした資料があるって。もしかしたら完成していたかもしれないけど、もう必要ないって燃やしちまったんだよ」


「……可能性があるなら諦めるわけにはいかないな」


「そうかい。でも、これで状況は分かったね。私はどこかの誰かの魂かもしれないけど、そのやり方までは資料として残ってない。アンタがここで何をしているのかは知らないが、私達には関係ないことだから好きにしな。次はこっちの用事だ」


 アーデルは正直なところ、魔女アーデルが何をやっていたのかはもうどうでもいいかと思っている。重要なのは今であり、オフィーリアたちがいれば別に必要はないとも思えた。


 それくらい吹っ切れていて、今やるべきことは魔道具の回収だ。


「ばあさんがアンタに貸している魔道具を回収しに来た」


「借りた魔道具か」


「貸出期限は切れているはずだ。返すつもりはないかもしれないが、あの魔道具は危険でね、悪いが返してもらうよ」


「危険だと?」


「アンタが言ったんじゃないか。ばあさんは悪意ある亜伸に魔力を穢されたって。そんなばあさんが作った魔道具はいつか世界を滅ぼす可能性があるんだよ。だからすべての魔道具を回収しているんだ」


「なぜそんな考えに至ったのかは分からんが、冗談でこんなところまで来ないだろうな」


「他にも用事はあるけど、一番の目的はそれだよ。できれば穏便に返してもらいたいんだけどね」


 リンエールは特に返答せずアーデルを見つめる。


「嫌だと言ったら?」


「無理矢理にも返してもらうけど、私はそれでもいいよ」


 殺気はなくなったとしても怒りは持続しているのか、リンエールに対してアーデルは遠慮していない。そしてこれからも遠慮するつもりはないと考えている。


 仲良くなりたいと思っているわけではないので、魔道具を返してもらったらそれまでの関係だ。そんな相手に気を遣うつもりもなかった。


 しばらく見つめ合っていたが、リンエールは視線を下へ落とした。


 そして大きく息を吐くと立ち上がる。


「やり合っても勝てそうにないな。だが、事情を説明させてほしい。返したくとも今は返せないのだ」


「アンタの事情が私に関係あるのかい?」


「なにもない。だから情に訴えるしかないと思っている。この少し先に借りている魔道具がある。見せるから来てくれ」


 情に訴えるとはなんなのか。力で奪い返してもいいが、事情を聞かないわけにもいかないと、アーデル達はリンエールと共に移動する。


 とはいっても、本当にすぐ近くだったようで数歩だけ歩けばすぐの場所だった。


 リンエールが移動した場所は世界樹の壁があるが、そこに何かが埋め込まれていた。


 カモフラージュされているのか、それとも世界樹が取り込もうとしているのか、枝のようなもので覆われている。


 リンエールはそれが良く見えるように枝をかき分けた。


 巨大な水晶のようなものだが、水晶ではないのははっきりと分かった。


 その中には子供がいる。生きているのか死んでいるのかも分からないが、耳の形状からエルフの子供がその水晶の中にいた。


 全員が驚いているところで、リンエールは口を開く。


「私の娘だ。はるか昔に不治の病に侵され、アーデルの魔道具で成長を止めた」


「アンタ、なんてことを……」


「何と言ってくれても構わない。私はこの子のための新しい体つくり、そこへ魂を移す方法を手に入れるまでこの魔道具を返すつもりはない。それともこの子を殺してでも魔道具を回収するつもりか?」


 先ほどまで生気がなかったようなリンエールだが、今は我が子を守る母の顔になっている。どんなことをしてでも守るという決意の目とその殺気にアーデル達は体が硬直するほど呑まれた。


 ただ、クリムドアだけはそんな状況でも平然としており、アーデル達の前に出る。


「なら、その子の病気を治したら魔道具を返してくれるか?」


「な、何を……」


「俺には未来の知識がある。絶対とは言わないが、その子を治せるかもしれないぞ?」


 クリムドアはそう言ってから、振り向いてアーデル達の方を見た。そしてウィンクする。


「たまには俺も役に立たないとな!」


 なぜかいつもよりおちゃらけた雰囲気のクリムドア。


 リンエールの殺気に呑まれた自分たちを助けようとしているのだとアーデルは気付く。


 アーデルは大きく息を吐くと笑顔を向けた。


「知識といえばクリムドアだったね。なら、しっかりやんなよ?」


「おう、任せろ……なのでフィー、今日の夕食は減らさないでくれ」


「孤児院でつまみ食いは万死に値します。一食減らすなんて恩情もいいところなんですよ!」


「そこを何とか……!」


 船の上でのつまみ食いのことで、クリムドアは情けない姿を見せている。


 本当に演技なんだろうねと少し疑いながらも、クリムドアとオフィーリアのやり取りを苦笑いで見つめるアーデルだった。


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