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偽物の英雄

 

 血走った目でリンエールがアーデルに詰め寄る。


 ローブを羽織っているが、その下はどこにでもあるような布製の服。他で見たエルフたちの服装とは全く異なり、アーデル達の服装に近い。


 エルフなので見た目は悪くないのだが、目には隈があり、肌や唇は乾燥しきっている。髪も手入れをしていないのかボロボロで、毛先は適当に切ったような跡しかない。


 そんなリンエールが血走った目で近づいたら普通の人は恐怖を感じるだろう。だが、アーデルは気にする様子もなく、リンエールを見つめる。


 移魂の魔法が完成したのなら自分の子供が助かるとリンエールは言った。


 だが、そんなものはない。残されていた資料から魔女アーデルは確かに魂を移す研究をしていたが、それが完成したという内容ではなかった。


 以前アーデルが見た燃やした資料にはあったかもしれないが、今は失われている。


 それよりもまずは魔女アーデルではないことを説明しなくてはと、アーデルは口を開く。


「待ちなよ。まず私はアンタが知ってるアーデルじゃない」


 リンエールが動きを止めて血走った目を細める。


「アーデルではない……?」


「名前はアーデルだけど違うよ。私はアンタが知ってる魔女アーデルの弟子なんだ」


「いや、そんなはずはない。どこからどう見ても若い頃のアーデルだ。エルフの秘術で体を作り、そこへ魂を移したのだろう?」


 こちらが持っている情報をリンエールも理解しているようなので、余計な説明は不要だとアーデルはさらに説明する。


「私の体は確かにエルフの秘術で作られたもんだ。ホムンクルスって言ったね。でも、魂はばあさんじゃない。アンタくらいなら魂の形――魔力の形が見えるだろう? ばあさんとは違うから確認しなよ」


「アーデルの魂ではないだと……?」


 リンエールは目を細めてアーデルを見る。直後に驚愕の顔になった。


「確かにアーデルの魔力ではない。だが、誰かの魂ではあるだろう? アーデルが誰かの魂をその体に移したのでは?」


「移したわけじゃないよ。元からこの体にいたんだ」


 アーデルはドワーフのグラスドが作ったガラス状の円柱の中で生まれた。そして十八年近くずっとそこにいて、他の人間だった記憶はない。生まれたときからこの体にいるのだ。


 そして自分は魔女アーデルでもない。それは魔力の形が証明している。ホムンクルスとして生まれ、ずっとここにいるのだ。


 そのことに問題はないとオフィーリアたちは言った。自分は自分であり、それ以外の何者でもないと今では胸を張って言えるほどだ。


 だが、リンエールは首を横に振る。


「それはあり得ない。記憶とは魂に刻むものではなく肉体に刻むもの。体が変われば記憶もなくなる可能性が高い。私の知っているアーデルではないだろうが、お前は別の誰かだったはずだ」


「私が別の誰か……?」


 その考えがなかったアーデルは頭の中が混乱する。精神的なものなのか、胃が逆流するような感覚にアーデルは胃の中の物を戻しそうになった。


 アーデルは深呼吸をしながら自分に言い聞かせる。私は私。どこの誰であろうとも、アーデルなのだと何度も心の中で繰り返す。


「アーデルさん!」


 いつのまにかオフィーリアがアーデルのすぐ隣に立ち、背中に手を添えていた。


 アーデルはその温かい手に気づくと、少しだけ心が落ち着く。


「あ、ああ、助かるよ……」


 アーデルの言葉にオフィーリアは微笑みを返す。


 それだけでアーデルは胃の中の気持ち悪いものがなくなっていくようだった。


 その様子を見ていたコンスタンツが扇子で口元を隠しながらリンエールの方へ近寄る。


「アーデルさんがどこかの誰だったのかなんて私達には関係ありません。アーデルさんはアーデルさんですわ。ですが、貴方は先ほど、それはあり得ないと言ってましたが、あり得ない理由があるのですか?」


 アーデルが元からホムンクルスの体にいた。


 そんなことはあり得ないと言い切ったリンエール。ホムンクルスのことで自分たちが知らない何かがあると判断したのか、コンスタンツはリンエールを問い詰める。


 リンエールはコンスタンツをはじめとする全員に視線を送ってから背中を向けた。


「お前達がどこの誰なのかは知らないが、ここまで来たということはある程度のことを知っているのだな……分かった、どういう風に理解しているのかは分からないが教えてやろう。こっちに来い、茶くらいは出そう」


 リンエールは祭壇よりもさらに奥にある場所へ向かって歩き始めた。


 そこで生活しているのか簡易なベッドが置かれている。


「アーデルさん、大丈夫ですか?」


「ああ、もう大丈夫……フィーたちがいてくれて助かったよ」


「……? すみません、最後の方が良く聞こえませんでしたけどなんて言いました?」


「いや、何も言ってないよ。まずはリンエールの話を聞こうじゃないか」


 アーデル達はリンエールが向かった場所へと移動する。


「テーブルや椅子なんてないから床に座るしかないが、絨毯くらいは敷いてやろう」


 リンエールはそう言うと、何もない場所から花の模様が描かれた大きめの絨毯を取り出し床に敷いた。


 アーデル達はそこへ車座になって座る。


 リンエールは魔法でお茶を沸かしたようで、これまた亜空間から取り出したカップに注ぎ、それをアーデル達の前に置く。そして最後はリンエールも片膝を立てて座った。


「知っているようだが、私はリンエールだ」


 リンエールが自己紹介をしたことで、アーデル達も名乗る。


 クリムドアの時だけリンエールは眉をひそめたが、特に何も言わなかった。


「さて、どこから説明したものか……お前は自分がホムンクルス――人造人間であることは知っているのだな?」


「グラスドに聞いたよ。ばあさんがグラスドに依頼して円柱のガラスを作り、それをばあさんが魔道具化して私を作ったってね」


「そうか。アーデルにホムンクルスの製造方法……エルフの秘術を教えたのが私だ」


「それもグラスドから聞いたね。ならエルフの秘術に詳しいわけだ。教えた理由とかは後でいいとして、私が他の誰かというのはどういう理由なんだい?」


「グラスドにも言ったことだが、エルフの秘術はホムンクルスの肉体を作るだけで魂は創らない」


「本当にそうなのかい? そもそもホムンクルスの作成が成功した事例がないとも聞いたけどね」


「その通りではあるが、なぜ作成が成功した事例がないと思う?」


 リンエールの言葉に皆が首を傾げる。


 なぜもなにも、失敗したからという理由しか思い浮かばない。


 リンエールはカップに口をつけると茶を飲む。そして息を吐いた。


「ここに来たということは私以外のエルフにも会っただろう?」


「世界樹まで案内してくれたよ。でも、それがなんだい?」


「まあ聞け。あらゆることを運命と受け入れ、永い生をただ植物のように生きる。それがエルフの本質だが、それはエルフという種族が犯した大罪のせいだ」


 アーデルにはその大罪がなんなのか分かった。結局誰にも相談できなかったことだが、それがホムンクルスと関わっている理由は分からない。


 リンエールはオフィーリアの方へ視線を向ける。


「大昔、エルフたちは神を殺した。女神サリファを殺してしまったんだ」


 その言葉にオフィーリアが唾を飲み込む。全員に聞こえるほどの大きな音だ。


 ただ、エルフがどうこうではなく、女神サリファが亡くなっている話はクリムドアから聞いている。多少ショックは受けているが取り乱すほどではない。


 オフィーリアは大きく深呼吸すると「続けてください」と声を出す。


 リンエールはオフィーリアを見ていたが、少しだけ頷くと話を続けた。


「ホムンクルスとは神の依り代。神の魂をその肉体へ降ろし、地上に顕現させるための秘術だ。大昔の愚かなエルフたちはホムンクルスに女神サリファを降ろそうとして失敗し、我々エルフは神殺しという咎を背負うことになった。それはエルフが絶滅するまで――いや、絶滅しても赦されないほどの罪だろう」


「成功した事例がないというのはホムンクルスに神を降ろして失敗したって意味なのかい?」


「その通りだ。強大な神の力にたかがエルフが作った肉体が耐えられるわけがない。それを女神サリファで証明してしまったんだ。それ以降、神は我々の呼びかけに応えなくなった」


「……エルフの罪に関しては分かったよ。でも、それと私の魂を他の誰かから持ってきた理由になるのかい?」


「肉体に魂――魔力があっては神を降ろすことができない。なので何もない空っぽの純粋な体が必要になる。ホムンクルスはその作成時に一切の不浄な魔力が入らないようになっている」


「……ばあさんが魂を作る技術を編み出した可能性だって――」


「何のために? アーデルがエルフの秘術を欲しがったのは新たな肉体を得るためだ。魂を作る技術があったとして、アーデルが魂を作る理由にはならない」


「アンタはばあさんがホムンクルスを作った理由を知っているのかい……?」


「アーデルは魔族の王との戦いで魔力を穢された。あれは悪意ある亜神の仕業だろう」


「なんだって……?」


「憶測でしかないが、魔族の王は亜神に操られていた。そして亜神の魔力が魔族の王からアーデルに感染し、今度はアーデルを使って世界を滅ぼそうとした。アーデルはそれを精神力で抑え込んだが、完全ではなかったのだろう。時が経つにつれ徐々に亜神に支配されたはずだ。だから世界を滅ぼすために新しい肉体が必要になったのだと思う」


「それは本当のことなのかい……?」


「憶測だと言っただろう。だが、私が調べた限り、それが事実に近いはずだ」


「そこまで調べててエルフの秘術をばあさんに教えたのかい? それとも教えてから調べたのかい?」


「……調べた上で教えたよ。アーデルの知識や技術、そして亜神の力、それらが上手く合わされば私の願いが叶うと思ったからな」


「アンタ……!」


 アーデルから殺気が放たれる。


 だが、リンエールはそれにひるむ様子もない。片膝を立てたまま、アーデルを見て口角を上げる。


「私が世界を救った英雄だとでも思っていたか? くだらない、私は私利私欲のためにアーデル達に協力した偽物の英雄だよ」


 リンエールはそう言うと自嘲気味に笑うのだった。


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