砦
アーデルは村から南西に向かって飛ぶ。
魔の森を抜けた先は草原が広がっているが、人の手が入ったようには見えず、荒れ果てている。
魔の森に近づきたくないという理由なのか、それとも人手が足りないのかは不明だがこれだけの土地を放っておくというのはそれなりの意図があってのことだろうとアーデルは考えた。
さらにはこの先に砦がある。
この辺りに隣接する国はない。ここは大陸の東の果てで魔の森が広がっているだけだ。何のためにその砦を建てたのかという理由に気付き、ならばその役目を全うさせてやろうかと、アーデルは凶悪な笑みを浮かべた。
とはいえ、その砦にはクリムドアとオフィーリアがいる。考えなく暴れたら二人も巻き込まれてしまう。まずは救出するまで大人しくしようと決めた。
それから三十分ほどで砦に到着した。
砦は巨大な壁が囲んでおり、さらにはかがり火が灯っている。
そして巨大な門の近くには兵士らしき者が門番として立っていた。
その目の前にアーデルは着地する。
「ちょっといいかい?」
「な、なんだ、お前は!」
いきなり目の前に女が現れた。暗いので見間違いだったのかもしれないが上空からおりてきたように見えたのだから、驚くなという方が無理だろう。
アーデルはそんなことはお構いなしに口を開く。
「ここに竜と神官見習いの女がいるね?」
「な、なに?」
「どうなんだい? いるのかい? いないのかい?」
聞かれている兵士は驚きのあまり上手く言葉を発せていないが、もう一人の兵士が「待て」と言った。
「なぜそれを知っている? 知り合いか?」
「いるんだね?」
「盗賊に襲われたという者を保護したばかりだ」
「へぇ、盗賊ね……」
「ああ、ここから東にある村が盗賊に襲われたらしい。人間はあの少女しか生き残っていなかったそうだ。こんなご時世ではあるはかわいそうなことだな……」
アーデルとしては頭に来る話であったが、目の前の兵士達は本当に同情するような顔をしている。もしかすると全員がグルなのではなく、一部の人間だけがやっている事なのかと思い始めた。
「もしかして君もその村に住んでいたのか?」
「住んでいたわけじゃないが用があって滞在していたよ」
「そうか……なら、ちょうど村を離れていたのか? なんにせよ、無事で何よりだ」
「そんなことよりも保護ってことは解放してくれるのかい?」
「もちろんだ。ただ、しばらくは調書を取らなくてはいけないから数日かかるだろう。それに村には戻れないだろうから王都へ連れて行くことになると思う」
「なら会うことはできるのかい?」
「それは大丈夫だ。もう夜も遅いし、君も今日はここに泊まっていくといい。少女の方は落ち込んでいるようだから、知り合いがいた方がいいだろう。ただ、君の言っていることが本当なのか確認が必要だ。名前は?」
「アーデルだよ」
「……魔女と同じか。色々と苦労しそうな名前を付けられたな。だが、私を含め、感謝している者も多い。何を言われたとしても気にしないことだ」
「……そうするよ」
そんなやり取りの後、慌てていた方の兵士が入口の巨大な門の横にある小さな門を叩いた。別の兵士がその扉の小窓から顔を出し、何かを話すと扉が開いて中へと入っていった。
それを見た後でアーデルは残った兵士の方へ視線を向ける。
「ところで盗賊はどうなったんだい?」
「それは隊長達がしかるべき処置をしたと聞いてる。その盗賊達が悪さをする心配はもうないから安心するといい」
「その隊長とやらが始末したのかい?」
門番の兵士の目が鋭くなる。
「質問が多いな。それにローブを着ているだけで何も持っていないじゃないか。君は本当に――」
兵士がそう言いかけたところで、先ほど中に入っていった兵士が扉から出てきた。
「間違いありません。少女が知り合いだと言っています」
「……そうか。疑って悪かった。あんなことがあったんだ、着の身着のまま急いでここまで来たのだな。案内するからついて来てくれ」
アーデルは兵士の後について砦の中へと足を踏み入れた。
砦は十メートルほどの黒い石で作られた壁に囲まれており、中には城のような建物と、いくつかの建物があった。
オフィーリアは城ではなく二階建ての建物にいるようで、アーデルはそこへ案内される。
特に面倒なこともなく、アーデルは簡単にオフィーリアに再会できた。
オフィーリアはベッドの上に座っていたが、やって来たアーデルを見ると、目に涙をあふれさせて抱き着く。
「アーデルさん! 村長さん達が……!」
「まずは落ち着きな」
アーデルはそう言いながら、オフィーリアの背中をさする。
多少落ち着きを取り戻したオフィーリアから話を聞くと村が盗賊に襲われた後のことはよく覚えておらず、気が付いたらこの場所にいたという。そして村の惨状を聞いたとのことだった。
「なるほどね、ところでクリムはどこだい? 一緒だと思ったんだが」
「クリムドアさんは魔物という事で地下の牢屋に……」
「地下か。ならしばらくは放っておいても大丈夫だね」
「え?」
「君があの村に滞在していたという女性か」
部屋に立派な装飾が施された鎧を着ている男性が入ってきた。
アーデルを連れてきた兵士はその男性に向かって「隊長」と言ってから敬礼をする。
「大変だっただろう。二人だと狭いかもしれないが、この部屋に泊まって落ち着くといい」
「それはありがたいが断るよ」
「む? なぜだね? もう外は暗いし、近くには村や町はないぞ?」
「村なら東にあるじゃないか」
「村の惨状を見てここまで来たのではないのか? あそこにはもう何もないぞ?」
隊長と呼ばれた男性がそう言うと、アーデルに抱き着いているオフィーリアの腕に力が入る。
「惨状ね……確かにひどかったが、アンタはあれを見てどう思った?」
「酷いことをすると思ったよ。村の建物は全て燃えて、村の住人も全員……残念なことだ」
「死体を見たのかい?」
「ああ、見たよ。村人は教会に閉じ込められて焼やされてた。本当にむごいことをする。盗賊の討伐を優先にしたから今はそのままだが、明日にでも村へ行って皆を弔ってこよう」
悲痛そうな顔をする隊長を見ていたアーデルは溜息をついた。
その溜息に隊長と兵士は眉をひそめる。
「なかなか演技が上手いじゃないか。でも、証拠を隠滅するなら最後まで確認しなきゃ意味がないだろうに」
「何を言っているんだ……?」
「村人は私が助けておいたよ。誰も死んじゃいないさ」
「な、なに?」
「ほ、本当ですか!?」
慌てる隊長と期待した目でアーデルを見つめるオフィーリア。そして状況がよく分かっていない兵士。
アーデルはオフィーリアに優しく微笑んでから頷く。その後、隊長の方へ視線を向けてから睨む。
「死体を見ただって? なんの死体を見たのか教えてもらいたいもんだね? それとも死体になる予定の村人を見たのかい?」
「う、嘘だ! そ、そんなはずは……」
「そのうろたえ方で犯人って証明できちまうね。盗賊を装って村を襲ったのはアンタか。盗賊って言うのもアンタの部下かい?」
「な、なにを馬鹿な……」
「隊長! 一体、どういうことですか!」
門番の兵士も隊長に詰め寄る感じになっている。それに騒ぎに気付いたのか、他の兵士達も部屋の入口に集まってきた。
「まあ、いいさ。人のやることなんてどうでもいい事だからね。だが、信用できない奴がいるところで寝泊まりするほど馬鹿じゃない。ああ、それと村から盗んだ魔道具は返してもらうよ」
「お、お前……!」
「あれが目的だったんだろう? でも、あれはアンタの物じゃなくてばあさんの物だ」
「貴様! 一体、何者だ!」
「聞いていないのかい? ならもう一度名乗っておくよ。世界最高の魔女の名前を受け継いだアーデルってもんだ。ばあさんほどじゃないが私もそれなりの魔女だよ」
「ア、アーデルの名前を受け継いだだと!? と、捕らえろ! コイツは危険だ!」
アーデルは驚いた隊長に向かって「フン」と軽く笑ってから、天井に向かって極大の光線を放つ。一瞬で天井が吹き飛び、小さな瓦礫が隊長達の頭に落ちた。
そして空いた天井からオフィーリアを抱えて飛ぶと、オフィーリアの叫び声が周囲に響き渡った。
「ア、アーデルさん! そ、空! 空を飛んでますよ!」
「大空を飛びたかったんだからよかったじゃないか。でも、しゃべってると舌を噛むから気を付けな。さて、魔道具の反応は……あそこか。まったく世話のかかる魔道具だよ」
そう言ってアーデルはオフィーリアを抱えたまま、城の最上階辺りにある部屋へと飛ぶのだった。