エルフの禁忌
アーデル達はエルフの国へ入国することになった。
ただ、船着き場はなく、島の周囲は断崖絶壁。入国できるのは飛行ができる者だけに限られる。なので、アーデル、コンスタンツは問題ないのだが、少々困っているのがオフィーリアだ。
オフィーリアはアーデルから隙間時間に魔法を教わっている。亜空間を作る魔法や飛行の魔法を教わってそれなりに使えるようにはなったのだが、長い時間は今回が初めてと言ってもいい。
無理しないでいいという話もしたのだが、「絶対ついていきます!」と鼻息を荒くしているので、アーデル達も無理にやめさせるわけにはいかず、なんとか補助をしながら飛行するということになった。
クリムドアも行くことになったが、これは普通に飛べる。エルフの国くらいまでなら問題なく飛べるほど魔力は回復したといているので、それを信用することにした。
ブラッドはそもそも船の上でエルフと交渉をするために残る。同じようにエルフに嫌われそうな自律型ゴーレムのパペットも残ることになった。
ただ、パペットは「今後のために飛行ユニットも開発します」と言っている。ドワーフの坑道に現れた時の守護者――パペットを模倣していたなにかが飛んでいたのでアレに触発されたらしい。
そんなこんなでようやく覚悟が決まったオフィーリアは深呼吸すると飛行の魔法を使う。
「ど、ど、ど、どうですか!」
「問題なく浮いてるよ。そこまではいつも通りじゃないか。あとは島に向かって移動するから集中力と魔力を切らすんじゃないよ」
「こ、これくらいメイディー様の修行に比べたらどうってことないですよ!」
アーデルはそれを見たことがあるが、確かにその通りだと納得した。理には適っているが、少々――かなり自分を追い詰める感じの修行だ。あれもサリファ教の教えなのかと思ったが、あれはメイディーのオリジナルらしい。
「フィーさんは安心なさいな。何かあってもすぐに助けますから私達を信じなさい」
「し、信じてます……!」
「でも、もし海に落ちて巨大な魚に食べられたら結界の魔法に切り替えるといいですわ!」
「なんでそんな怖いこと言うんですか!」
コンスタンツ曰く、力を入れ過ぎなので小粋なジョークを挟んだとのことだが、おそらく逆効果だ。
だが、いつまでもこうしてはいられない。アーデルは「行くよ」と言って船から飛び立つ。
「あー! 待ってくださいよ! ゆっくり! ゆっくり行きましょう!」
オフィーリアもゆっくりと船から海上へでて、アーデルへ付いていく。そのあとをコンスタンツとクリムドアが追うように飛ぶのだった。
時間にして言えば十分程度の距離でしかないが、オフィーリアにとってはかなりの距離だったのだろう。少しでも集中を欠けば海に真っ逆さま。そんな状況なので精神をすり減らしたのか、エルフの国の大地に着地した時にはへなへなと座り込んだ。
それをコンスタンツとクリムドアはよくやったと褒めている。
そっちは任せておこうとアーデルは周囲を見た。
船にやってきたエルフの一人が先導してくれた場所はほとんど木で覆われている場所でもそれなりに開けている場所だ。
人間の住む国では見ることができないような巨大な木が何本も立ち並び、太陽の光が差し込んでいないのかと思えるほど奥は暗い。
アーデルが森を不思議そうに見ていると、エルフが色々と説明してくれた。
場所によってこのような少し開けた場所があるので、そこのいくつかにエルフたちは住んでいるという。
木をくりぬいて作った空間で寝泊まりをしているだけで、家のような建造物はないとのこと。人間にとっては不便なこともあるだろうが、これが自然と共に生きるエルフの国の在り方なのでそれには従って欲しいとのことだった。
「何をしちゃいけないとかはよく分からいけど、これだけは絶対にするなってことはあるのかい?」
「そうだな。木を燃やすのはダメだ。火を使えるのは一部の場所だけなので、それだけは守って欲しい。あとは破壊的な行動もやめてくれ」
「それはいいんだけど、この森に魔物はいるのかい? さすがに襲われたら反撃するつもりだけど、全く影響がないように戦うのは難しいんだけどね」
針の穴に糸を通すような感じで魔法を放つことはできるが、それには普段よりも多くの魔力を使うし、集中をしなければならない。先ほどのオフィーリアではないが、かなり精神を疲弊する可能性があると強力な魔物の対峙したときは厳しくなる。
「いや、この森に魔物はいない。猪などの動物はいるが基本的にこちらから襲わない限りは襲ってこないはずだ」
「そうなのかい?」
「我々は人間と違って動物を食べないからな。向こうもこちらを危険なものとして見ていないのだ」
「襲ってこないなら助かるよ。わざわざこっちから襲う理由もないからね」
「そうしてくれ。それで、あのサリファ教の女性は大丈夫か? そろそろ移動したいんだが」
アーデルは不思議に思った。
オフィーリアを紹介したわけでもないのに、サリファ教の信者だと知っているのだ。
「フィー……オフィーリアがサリファ教の信者だって教えたことがあったかい?」
「うん? いや、ないが、あの服装はサリファ教の信者ではないのか? 船で来る者の中にはああいう服装の人間もいて、サリファ教の信者だと教わったことがあるのだが」
「知っているなら別にいいんだ。エルフは閉鎖的な種族と聞いていたから良く知っているなと思っただけさ」
「確かにその通りだが、サリファ教はエルフにとってもなじみのある女神だ。オーベック様を困らせる迷惑な女神という評価もあるが――」
「いまさらだけど、連れて行っても大丈夫なのかい?」
アーデルが困ったようにそう言うと、エルフは笑い出した。
「迷惑な女神だとは言っても嫌っているわけではない。そうだったら最初から言っている。そもそも、はるか昔、世界樹に神が降臨したのはサリファ様が初めてだったと聞く」
「そうなのかい?」
「言葉で伝わっているだけで本当かどうかは分からないが、そういう話だ。この島が巨大な木だらけになった原因だとも言われている。神の力とはこの世界にとってそれだけ強大なものなのだろう」
アーデルはクリムドアが言っていたことを思い出す。
この世界に神が干渉すればそれだけ大きな力が働く。天変地異があるとも言われているが、確かにこの島が木だらけになったのなら天変地異だろう。今は落ち着ているようだが、当時はもっと大変なことになっていた可能性はある。
「神だけじゃなくて人間にも迷惑をかけてる神か」
「迷惑をかけているだけの神なら人間だって信仰などしないだろう? サリファ様は迷惑なこと以外にもこの地上にいる者たちのために色々としてくれたと聞いている。困った神ではあるが憎めない、だからオーベック様は振り回されながらもサリファ様に気をかけていたのだと思う」
思いのほかサリファに対して好意的なエルフにアーデルの方が驚いた。たまに聞くサリファ教の教えを聞くと、本当に大丈夫なのかと思えることが多いのだ。
世界で最大規模の宗教というのも嘘じゃないのかと改めて思いなおす。
「だが、サリファ様は……」
「女神がないんだい?」
エルフは地面に座っているオフィーリアに視線を向ける。
「あちらに座っている女性には言わないで欲しいのだが、サリファ様はすでに亡くなられている」
「オフィーリアは知ってるよ。認めてないけど」
アーデルとしては軽く言ったつもりだったのだが、エルフは目を見開いた。
「なぜ人間がそれを……?」
「クリム……あの竜が教えてくれたんだよ」
アーデルはクリムドアの方に視線を向ける。
エルフは「そういうことか」と納得していた。
「見た目は小さいが、何百年と生きる竜だったか。なら知っていてもおかしくはないな」
そういう理由ではないはずだが、説明が面倒なのでアーデルは特に否定しなかった。
「なら、アーデルたちは我々の過去も知っているのだな?」
「過去ってなんだい?」
「とぼけなくていい。我々エルフは過去に大きな禁忌を犯した。そのせいでサリファ様を殺してしまったとされている。それをあの竜は知っているのだろう?」
知っている振りをするべきか、それとも知らないというべきか、アーデルはかなり困った状態になってしまっていた。