神聖な魔力の残滓
アーデル達がいる船へ三人のエルフがやってきた。
三人とも飛行の魔法を使っており、魔法使いとしては相当な実力があることが分かる。
もともとエルフは魔力が多い。その上、長命なので知識は多く、魔法の研究も盛んだと言われている。すべての魔法の元になる原初の魔法はエルフがもたらしたとも言われており、この国へ来たいとと思う魔法使いは多かった。
ただ、エルフは閉鎖的で周囲と関わりをあまり持たない種族。実際にエルフに教えを授けられた人はいないというのが人間達の常識だ。
エルフの三人は船の甲板に到着すると一様に顔をしかめた。三人ともアーデルを見て驚いているのだ。
しばらくはそのままだったが、エルフの中でも年齢が上のように見える男性が口を開く。
「信号を見たので来たのだが今回は早くないだろうか? 予定では二週間後だと思うが」
エルフの国とジーベイン王国は定期的に貿易を行っている。
ドワーフの国と同じように人間たちが使っている硬貨は使えないので物々交換が主だ。海を渡るということで大体一ヶ月に一度の頻度なのだが、今回はブラッドの依頼ですぐにエルフの国へ来た形になる。
事情を説明しようと普段からやり取りをしている船員がエルフと話を始めた。その後、ブラッドを紹介し、今度はブラッドが話を進める。
話している間、残りの二人のエルフはアーデルの方を見ている。
警戒というよりは不思議なものを見るような目つきなのだが、アーデルとしてはあまり面白くはない。ただ、敵意を感じるわけではないので放っておくことにした。
ブラッドから事情を聞いたエルフは頷く。
「話は分かった。リンエールに会いたいということだな? 理由は魔女アーデルが貸した魔道具の回収。それを名前を受け継いだ弟子であるアーデルが行いたいと」
「その理解で間違いない。そして今回は珍しい果物などを持ってきた。今後の取引ができるか見てもらいたいとは思っている」
「そちらは問題ない。というよりも願ったりだ。問題はリンエールの方だが……」
「なにか問題が?」
「リンエールは世界樹の上の方に籠っている。いつ下りてくるか分からない」
「いつもならどれくらいで下りてくるんだ?」
「我々はエルフだぞ。君たち人間とは時間の感覚が違う。下手をしたら十年単位だ。前回も下りてきたのは数年前だったはずだ」
「そんなにか……エルフの誰かが呼びに行くということはできないか?」
「それも難しいな。彼女は我々エルフの中でも異端だ。だからこそ、人間たちと共に魔族の王を討伐したのだが、それを良く思っていないエルフも多いので、だれも関わりたいとは思っていない」
「なら、私が直接会いに行くのはどうだい?」
ここでアーデルが発言する。エルフの男はアーデルを見つめた。
「エルフの国へ入るなら、それなりの実力を示す必要がある」
「実力?」
「見た限り問題はないと思うが、エルフの国へは自身の飛行魔法で足を踏み入れるしかないということだ。それが入国の審査になっている」
「なんだ、そんなことかい。それならすぐにでも行けるよ」
「そうだろうな。だが、他にも問題がある。リンエールに会いたいなら世界樹を登るしかない」
「世界樹を登る? ああ、そういえば世界樹の上の方にいるって言ってたね」
「世界樹の中は空洞になっていて、そこを登っていくしか上には行けない。外から飛んで世界樹の上には行けないようになっている」
不思議な話ではあるが、アーデルはそんなこともあるだろうと勝手に納得した。
重要な場所に結界を張るのは当然のことだからだ。嘘か真か、神がいるというなら何かの対策がされているのはおかしくない。
ただ、よく分からないことがある。
「ところでリンエールはなんで世界樹の上の方にいるんだい?」
その質問はされると思っていたのか、エルフは大きく息を吐いた。
「直接聞いたわけではないが、おそらく神との対話を試みている」
「神との対話……オーベックと話をしようとしているってことかい?」
「エルフが信仰している神を知っているようだな。世界樹は神の領域に一番近い神聖な場所だ。そこで神と対話ができた事例がある。はるか昔には神が降臨されたこともあるので、リンエールはそれに期待しているのだろう」
アーデルはキュリアスがいたあの神殿のようなものかと想像したが、すぐに否定した。
あそこは神聖な場所とか神の領域という感じせず、キュリアスは次元の交わる場所と言っていたので、おそらく違うものだろうと思ったためだ。
「だが、おそらくオーベック様に限らず、どの神でもいいのだろう。リンエールは自分の知りたいことを教えてくれるなら、どんな神でもいいはずだ」
「リンエールが知りたいこと? そりゃなんだい?」
「……それは私の口から言えることではない。知りたければ本人に聞くといい」
「いや、話の流れで聞いたけど、特に知りたいわけじゃないよ。それじゃ、行くのが問題ないなら準備して出発だね」
何かしらの事情があるらしいが、エルフの表情を見るとあまり良くないことだと想像できる。
そのことに関しては特に興味はない。
目的は魔道具の回収、そしてホムンクルスのことがメインだ。あと、アーデルが何を研究していたかとクリムドアの魔力についてどうなのかを聞くことだ。
結構多いなと思いつつ、アーデルはエルフの国へ行く準備を始めようとする。
だが、エルフの男が「ちょっと待って欲しい」と言った。
「なんだい?」
「聞きたいのだが、君は何者だ?」
「何者? 魔女アーデルの弟子で名前を受け継いだアーデルと言ったろう?」
「それはそうなのだが、その魔力は……」
「さっきからじろじろ見てるのはそのせいかい? 魔力が何だってのさ」
「ずいぶんと綺麗な魔力だと思ってな」
今度はアーデルが顔をしかめる。
ウォルスも言っていたが、アーデルの魔力は綺麗らしい。昔は魔女アーデルも同じように綺麗だったが、どす黒く変わってしまったと言っていた。
だが、そんなことはどうでもいいというのがアーデルの評価だ。どす黒くても魔女アーデルは優しく接してくれたし、自分の魔力が綺麗でも別に性格がいいわけでもない。
「問題があるのかい?」
「問題などない。気を悪くさせたなら申し訳ないのだが、はるか昔、その魔力に似た魔力を見たことがある」
「ばあさんの――魔女アーデルの魔力のことかい? 昔は魔力が綺麗だったと聞いたけどね」
「そんな最近の話ではない。はるか昔、君達人間でいえば数百年前だ」
エルフと人間の時間感覚を忘れていたアーデルはなるほどと思ったが、この話が行きつく先が分からない。だから何だとしか思えないのだ。
「よく分からないけど、それは大事なことなのかい?」
「……はるか昔に神が降臨された場所、つまり世界樹の上の方にその残滓が残っていたのだが、その魔力に似ている。今の若いエルフは見たことがないだろうが、あの残滓と比較しても同じくらい綺麗な魔力だ」
「そんなことを言われてもね、私は神なんかじゃないよ」
「そう……だな。エルフにとってもはるか昔の話だ。単に勘違いかもしれん。すまんな、つまらないことを言った」
「別にいいけどさ。それじゃ準備をするからちょっと待っておくれよ。案内くらいはしてくれるんだろう?」
エルフの男は頷く。
ただ、アーデル達がエルフの国へ渡る準備をしている最中も眉間にしわを寄せて何かを考えているようだった。