魔族と転生
エルフの国へ到着したアーデル達は、船の上からその島を見て驚いていた。
かなり遠くにいた時点から巨大な木があるのは分かっていたが、近づくほどにこれほど大きな木だとは思っていなかったのだ。
島全体が森になっているようで、浜辺のようなものはなく船着き場もなかった。周囲はほぼ断崖絶壁で船で島に上陸はできないと船乗りたちは言っている。
エルフたちとのやり取りは基本的に船の上。飛行の魔法でエルフたちがここまで来るとのことだった。
船乗りたちはそれに慣れているので、いつもの通り、エルフへ連絡するための魔道具を使った。しばらくすれば来るだろうとのことで、現在は島の近くで待機中だ。
オフィーリアが右手を目の上にかざしてエルフの国――というよりも巨大な木を見上げながらため息をついた。
「なんというか、巨大な木が海に浮いている感じですね」
「未来の世界じゃここに木なんか一本も生えてなかったけどね」
クリムドアに飛ばされた世界。アーデルはそこで世界を見て回ったことがある。生物はおらず、燃えて炭になったような木の根があるくらいで、緑などは全く存在していなかった。
空は分厚い黒雲に覆われ、昼だとしても日が落ちたときと変わらないような薄暗さ、所かまわずに落雷があり、強風とはげしい雨が定期的に起こる場所は何かが生きて行けるようなところではない。
このエルフの国も例外ではなく、何かがあったような形跡はあったが、ほとんど風化し、泥のような島でしかなかった。
ただ、地表を覆っていた分厚い暗雲はクリムドアの魔法で、黒い太陽の光から守るためのものだった。あれがなければ大地も海もなくなっていたという。
「アーデルには言いにくいのだが、あの黒い太陽を作り出したのが魔女アーデルだ。正確には魔女アーデルの魔道具だが」
普段なら反発するアーデルだが、恐る恐るいう感じでそう言ったクリムドアを見てため息をついただけだ。
「そうなんだろうね。キュリアスはばあさんが世界を滅ぼすために魔道具を作ったといっていたよ。ただ、私がいたから、それを防ぐための魔道具もばらまいたと言ってたね。結局、それはうまくいかなかったみたいだが」
アーデルがクリムドアによって飛ばされた未来では500年後には世界がほとんど滅んだ。それ以降、クリムドアは山頂の神殿にずっといて、アーデルが飛ばされてくることを待っていたという。
結局のところ、この世界で魔道具を回収しない限り、いつかは世界が滅ぶ。それがクリムドアが最初にいた2000年後に滅ぶ世界だ。
「どの魔道具が影響するのかは分かっていないけど、リンエールに渡してある魔道具を回収すればほとんど終わりのはずだ」
「結構回収してたんだな?」
クリムドアが嬉しそうにそう言うと、アーデルも少しだけ笑う。
「アルバッハが頑張って回収してくれているみたいでね。私が魔道具を持っている奴に直接会いに行くよりも、国の命令として回収した方がことが簡単に済むみたいだ」
「なら、リンエールからの回収で終わりか?」
「いや、ばあさんは魔道具を色々なところに貸しているんだ。ほとんどはアルバッハに任せていいだろうけど、任せられないのは魔族だよ。いつか魔国へ行かないといけないだろうね」
「魔族か……」
アルデガロー王国の宰相に化けていた魔族。結局口を割らずに牢屋に閉じ込められている。
魔国へ抗議の連絡を入れたようだが、その魔族はどう処分してもいい、との返答があった。また、紙面上のことではあるが、きちんと魔国として謝罪もしており、後に謝罪のための使節団が来るとのことだった。
「聞いた話では、魔族の中でも色々と派閥が分かれているそうですわ」
近くで話を聞いていたコンスタンツが扇子で口元を隠しながらそう言った。
「派閥?」
「大きく分けて二つありまして、魔族の王が世界に対して侵攻を始めたときの時代を取り戻すという派閥と、他種族との共存共栄を図る派閥に分かれています」
魔族の王というただ一人の暴君のために世界を相手に他国へ侵攻した魔族。それは魔族たちも被害者というほど、悲惨な状況だった。
そのため、魔族を同情する人間やドワーフたちもいたが、それはそれであり、自分たちの傷をいやすために魔国へ賠償を求めた。
そんなこともあって、魔族は肩身が狭い。作物が育ちにくい魔国は食料の取引をしないといけないが、常に足元を見られている状態だ。
そんな状況に我慢できない魔族たちがいる。
当時を経験している魔族は共存共栄を掲げる人が多く、その時代を知らない魔族は改めて世界に侵攻しようと考えている人が多いという。
共存共栄は現国王派、そして侵攻を支持しているのが救国派と呼ばれる者たち。救国派は強い魔国を取り戻そうと魔国内で支持を得ようとしている。
「救国派?」
「ええ、そう名乗っているわけではないのですが、その派閥には先導者と呼ばれている魔族がいるようです。それが誰なのかは分かりませんが、なんでも魔族の王が生まれ変わっているという話をしているそうですわ」
「生まれ変わった? 転生ってことかい?」
「そうなのでしょうね。なぜか宰相が捕まったころからそんな話が魔国で広まっているとの話でしたわ」
「転生ね。そんなことがあるのかい?」
「絶対にないとは言いませんが、あると証明できたこともないですね。魔女アーデル様はそのあたりの研究はしていたのですか?」
「魂の研究はしていたけどね」
転生の研究だったかどうかは分からないが、魂の研究はしている。そのあたりの研究資料は全て読んだが、結局分からないことも多く資料も途中だった。
ただ、一つ気になることがある。
ウォルスはクリムドアを見て、魔族の王と勘違いした。
目が見えず、魂の――魔力の形しか見えなかったウォルスはクリムドアの魔力を魔族の王と同じだと言ったのだ。結局、勘違いという形で終わったが、もしかして、という気持ちもある。
そもそも魔族の王の名前もクリムドアなのだ。そんな偶然があるのだろうかとアーデルは思う。
さらにアーデルは話を聞いて思い出したが、宰相に化けていた魔族はクリムドアを渡せと言っていた。今考えると、そんなことをする理由が分からない。竜は角や皮、それに肉など素材として貴重かもしれないが、あの場で渡せというのは違和感がある。
あの宰相はかなり昔からアルデガロー王国にいた魔族。そして魔女アーデルを孤立させようと画策していた。おそらく戦争当時からいて、魔族の王と面識がある。ならば、魔力の形を覚えている可能性が高い。
アーデルはふとクリムドアの方を見る。
焼いていない肉をそのまま食べようとしているクリムドア。アーデルと目が合うと、一瞬だけ止まったが、一気に最後まで食べた。
「いや、ちょっと小腹がすいてな……」
「クリムはいつもすいてるじゃないか」
「これは魔力回復のために必要で――」
「別に言い訳はいいよ。でも、フィーにちゃんと断ったんだろうね? そうじゃないと、フィーは烈火のごとく怒るよ?」
「いや、そのあたりは大丈夫だろう。これくらいならフィーも笑って許して――」
「許しません」
「おぁ……み、見てたのか……」
「何やってるんですか! 料理は作るよりも献立を考える方が大変なんですよ! あのお肉を食べちゃったら、夕食が一品減っちゃうじゃないですか!」
オフィーリアに説教されているクリムドアを見て、やっぱり勘違いかと思うアーデルだが、気になると言えば気になる。
(リンエールなら魔族の王とも面識があるはず。エルフなら魔力の形を見ることもできるだろうし、クリムドアの魔力をちゃんと見てもらおうか。まあ、クリムドアが魔族の王の生まれ変わりだとしても、何も変わらないけどね)
クリムドアは本来もっと未来で生まれる。転生があるかどうかは分からないが、千年、二千年経てばそういうこともあるだろうと、アーデルは勝手に納得した。
「どうやらエルフの皆さんが来たようですわ」
コンスタンツが見ている方へアーデルは視線を移す。
そこには飛行の魔法でこちらに向かってくる三人のエルフがいた。