好奇心旺盛な国王
アーデル達はジーベイン王国の王都へ到着した。
本来なら一日ちょっとで到着するのだが、五日ほどかかった。これはベリフェスが馬車の速度を普通にしてほしいと頼んだためだ。
鳥ゴーレムでブラッドには遅れる旨を伝えてある。むしろこの国で商売をする時間が作れたので助かると応答があった。
ただ、その鳥ゴーレムを見てベリフェスが頭を抱えていたが。
「私を困らせて遊んでいるんですか?」
ベリフェスの話では一日もかからずにこの距離を往復できるゴーレムなんて作らないでくれと文句を言った。
以前クリムドアが似たような話をしていたのだが、今の時代にここまで早い連絡技術はない。さらには、高スピードで飛行するゴーレムなんてどうやって防げばいいのだと、ベリフェスはパペットに詰め寄るほどだ。
パペットの回答は「ゴーレムの研究をしてはどうでしょう?」だった。さらには「負けませんが」と付け加えた。
他に変なゴーレムを隠していないかとパペットに尋問しながらも、やっと王都へ到着した。
王都でブラッドが宿を用意していたので、アーデル達はそちらへ向かった。
宿は王都でもかなり評判が良く、ブラッド曰く、客層も悪くないところだという。
その内容通り、アーデル達を知っているかどうかは別にして、従業員は親切丁寧に対応していた。ただ、それは貴族のベリフェスがいたからかもしれないが。
一緒に付いてきたベリフェスは話がしたいということでアーデル達の部屋まで付いてきた。ブラッドとも合流したのだが、ベリフェスが驚きの声を上げる。
「ブラッドさんではないですか」
「俺のことを知ってるのか――知っていらっしゃるので?」
「それはもちろん。数年前、我が国のダンジョンで発生したスタンピードで、若い冒険者たちを逃がすために怪我を負わせてしまいましたから。その後、ブラッドさんの話は聞きませんでしたが、怪我が治らなかったのですね?」
「そうですね。今の自分では全力を出せる時間は数分だけですので。それ以上は動けないので冒険者家業は引退しました」
「それは申し訳ないことをしました。この国の貴族として謝罪します」
「いえいえ、この国から報奨金をかなり頂きましたから、しばらくは実家でゆっくりできました」
「そうでしたか……で、今はアーデルさん達と行動を?」
「商人の家系でして、半ば強引でしたが、アーデルさん専属の商人として第二の人生を歩んでいるところです」
「わたくし御用達の商人でもありますわ!」
コンスタンツがそう言って割り込む。
そこから話がつながり、魔の森にいる魔物から採れた素材を売りさばいているのがブラッドということが判明した。ブラッドの実家もそれには関わっているが、この国でいま勢いのある商人と言えばブラッドだろう。
他国出身の商人にお金を稼がれているので、ベリフェスは複雑そうな顔をしているが、ブラッドに対しては強気で言えないのか、ため息を噛みしめるような表情をしてから口を開いた。
「さて、それでは本題に入りたいのですが、アーデルさん、我が国の国王に会ってくれませんか?」
「なんだい、いきなり。嫌だよ、面倒くさい」
すぐさま断られるとは思っていなかったのか、ベリフェスは呆気にとられた顔をしている。
「ええと、公式なものではありません。秘密裏に城の外で会う形なのです。礼儀作法とかも不要です」
「それは譲歩なのかい? でも、会う理由がないね」
ベリフェスはコンスタンツの方へ助けを求めるような視線を向ける。
「アーデルさんは我々貴族とは違い、他国の王に謁見できることを名誉に思っていないのです。人脈的なことを、全く、全然、これっぽちも必要としていない方ですから。大体、自国の王にすら不遜な態度をとっているほどですよ?」
「それはアイツがばあさんを追放した奴だったからさ。敬意を払う理由がないね」
「そういうことですか……」
「ところでジーベインの国王様はなんのためにアーデルさんに会いたいとおっしゃっているのです?」
コンスタンツの疑問はもっともだ。
ベリフェスは国王にアーデルが危険だと進言している、そんな話をアーデル達は聞いていた。正確にはアーデルがいるうちにアルデガロー王国へ攻め込んではいけないという内容だが、同じ意味だ。
そんな危険な相手に会いたいというのはよほどの理由があると推測できる。
「国王はなんというか、好奇心旺盛な方なのです……」
ベリフェスは暗い顔でそう言った。
民のことを考え、善政を布いている国王ではあるが、刺激を求めやすい困った人でもあるとのこと。
アーデルのことも、ちょっとくらいちょっかいをかけてみよう、という提案をしたことがあり、ベリフェスを含めた全貴族が一丸となって止めた。
その代わりに会いたいと言っているようで、日に日にその欲求が溜まっているらしい。
ベリフェスが国境を越えてアルデガロー王国へ来ていたのも、アーデル達がこちらへ向かっているという情報を得たためだ。会えなかったら会えなかったで言い訳ができたのだが、運よくか、運悪くか出会えた。
なので、貴賓として国へ招待し、秘密裏に合わせようとの考えだったらしい。
「もちろん、承諾してもらえたら褒美を用意する予定です」
「おまちくださいな」
コンスタンツが扇を取り出して口元を隠し、そう言った。
「それはアルデガロー王国の貴族として認めることができませんわ」
「というと?」
「またまた、ご存じの癖に……秘密裏に他国の王に会うなど、我が国への背信行為に取られます。公にしないなんて口約束、いつだって破れますし、褒賞を渡したとなればアーデルさんが国を裏切っていたという噂が飛びかねません。もしかするとそのことも込みで会いたいと言っているのでは?」
噂というのは尾ひれがつきやすい。どんなに否定しても、強く否定するほど真実なのではないかと思えてくるもの。そして否定しなければ、それは事実と認識される。証拠を元に否定しなければ噂の払拭は難しい。
ただ会って話をしただけ、という内容でも、国を裏切って相手側に付いたという話になりかねない。
「いえ、そんな話はまったく――」
「ベリフェス様にはないかもしれません。ですが、国王、もしくはこれを知っている貴族の方は?」
「……ない、とは言い切れませんね」
「そこで提案ですわ!」
「はい?」
「アーデルさんとフィーさん、そして私の三人が公式にお会いしましょう!」
この発言にはアーデルとオフィーリアが驚きの顔になった。
「アーデルさん一人で行くのは危険ですが、アルデガロー王国の貴族である私と、サリファ教の聖女であるフィーさんが一緒というのであれば背信行為になりえません。そして私が出る以上は、きちんと国へ通達をお願いいたしますわ!」
得意げに語るコンスタンツ。そして驚きに固まるコンスタンツ以外。
「待ちなよ、なんで私が出ることになってんだい?」
「国王とはしつこいのです」
「しつこい?」
「今回は実現しなくとも、また何らかの理由をつけて会おうとするでしょう。国王というのは自分の思い通りになることが前提で話をするので、タチが悪いのです」
「それは偏見――」
ベリフェスの言葉を無視してコンスタンツは続ける。
「アーデルさんと話をしたければ、私とフィーさんが同席した上で、さらにはアルデガロー王国の許可をとること。これを前提とした形にしておけば、わがままを通すのも難しくなりますわ」
「わがままって――」
またもベリフェスの言葉を無視してコンスタンツは続ける。
「私達はこれからエルフの国へ行きます。なので、その間にアルデガロー王国へ使者を送るといいですわ。わたくしも師匠に連絡しておきますのできちんと手続きを踏んで公式にお会いしましょう」
エルフの国から帰ってきた時にちょうど手続きが終わると踏んでの話だ。
国として認めるかどうかは不明だが、今はお互いに文句をつけるような状況にはならないだろうと、コンスタンツは言っている。
これがベストかどうかは分からないが、そこまで悪くないという気にはなる。
だが、全員がコンスタンツを半眼で見ている。
「これでわたくしの名前も他国でちょっと有名になりますわ!」
全員がそんなことだろうなと呆れたが、いつものコンスタンツだと安心したのだった。