周辺国の状況
アーデル達は国境を越えて、ジーベイン王国へと入った。
関所ではひと悶着あるかと思っていたアーデルだったが、最初は胡散臭い目で見られていたものの、サリファ教の力は絶大のようで安全を証明する羊皮紙を見せるとすぐに通ることができた。
ジーベイン王国の宮廷魔術師であるベリフェスがいたことも多少は影響しているだろうが、問題なく通れたのはアーデルとしてはありがたい。オフィーリアのドヤ顔が少しイラっとしたくらいで問題はなかったと言えるだろう。
ただ、それ以外に問題があった。
パペットが作った馬ゴーレムと馬車が危険すぎるとベリフェスが言い出したのだ。そのおかげでかなり遅い速度になっている。普段の半分の半分程度なので、普通の馬車と変わらない。
それが不満なのはパペットだ。
「フルパワーで走ってはいけないとはどういうことでしょうか。これはゴーレムへの挑戦と見ました。怒っていいですか」
「いえ、ですからね、あんな速さで移動されたらどう考えても捕まるんですよ」
「捕まらなければいいのでは?」
「確かに捕まえられるかどうかはありますが、この国に対する敵対行為と思われても仕方ないことをしていると自覚していただきたい」
ベリフェスの言い分では、こんな攻城兵器みたいなものを国が無視するわけないだろう、ということだ。
超高速で走る馬ゴーレムと馬車。突撃すれば城壁を崩しそうな移動速度がでる馬車を許可なく走らせたら、それだけで反逆罪扱いされる可能性もある。
それが隣国に住んでいる人というかゴーレムなら、さらにまずい。宣戦布告と取られても言い訳できない。
そもそもパペットがゴーレムであることが、ジーベイン王国に入った後に発覚したのでベリフェスは頭を抱えていた。どう考えてもアーデル並みに危険なのだ。
なのでベリフェスはことを大きくしないためにも、遅く走って欲しいと何度も頼んでいる。
一応遅く走らせているものの、やはり納得できないとパペットはベリフェスに詰め寄っているのだ。
「まあまあ、パペットちゃん。郷に入っては郷に従えという言葉があります。この国で禁止されているならそれを守らないと」
オフィーリアがそういうと、パペットは少し考えこんだ後にこくんと頷いた。
「その言葉は聞いたことがあります。なるほど、この国はゴーレム製造の技術が低くてこんな速度が出る馬ゴーレムが作れないと言うことですね。だから禁止されていると」
「いえ、そもそも馬ゴーレムを作る国がありませんので禁止ではなく規則がないんですよ。なので控えめに言ってもこれは兵器です」
ベリフェスの言葉にパペットは「がーん」と言ったが、その直後に首を傾げた。そして首を戻してからベリフェスを見る。
「ならこの国に馬ゴーレムを献上したら、規則を作れますか?」
「はい?」
「馬ゴーレムがないから規則がない。なら馬ゴーレムがあれば規則ができる。完璧な理論」
「献上……献上ですか……」
なにやら考え込むベリフェス。
そこにコンスタンツが割り込んだ。バサッと扇を広げて口元を隠す。
「そんなことをしたら、今度は我が国から反逆行為だと言われますわ。というよりも領主として許せません」
「だめですか?」
「だめです。いいですか、パペットさん。貴方自身もそうですが、貴方の作るゴーレムはどこに出しても恥ずかしくないゴーレムです。それこそ国宝級と言ってもいいでしょう!」
パペットは馬車の椅子に座ったまま、両手を上げて波打つように踊りだした。
「褒めすぎですが、受けて立ちます。もっと褒めてください」
「そんなものを他国へホイホイあげてはいけません。まずは我が国のみで展開していきましょう。ゴーレム王国と言われてもいいくらいに!」
「ゴーレム王国……!」
パペットは表情がほとんどないが、目が輝いていて、誰が見ても感動している風だった。
人間にとって代わられる可能性の方が高いんじゃないかとアーデルは思った。今のパペットがそんなことを命令することはないとも思ってはいるが。
そんな会話を聞いていたベリフェスが口を挟む。
「あまり戦力増強しないでくださいね。言っておきますがアルデガロー王国はいまだに周辺国から狙われています。下手に戦力を増やすと、それを理由に侵略戦争を吹っかけられますよ?」
「なんだいそりゃ?」
「色々と注目を集めている国だということです」
それしか答えなかったベリフェスだが、その言葉を引き継いだのがコンスタンツだ。
「やはりそうなのですね。ジーベイン王国はともかく、北西のトリスドラ王国などはまだ狙っているとの話を聞きますから」
「そうなのかい?」
「恨みがあるというよりは、そもそも土地が欲しいというのが理由です。向こうの土地は乾燥していて作物が育ちにくいのです。そもそも我が国が二国相手にそこそこ戦えていたのは砦の籠城と食料供給による戦場維持能力が上だったにすぎません」
この辺りの事情はさすが貴族というべきかコンスタンツは良く知っている。
普段は炎の魔法をぶっ放しているだけの貴族にしか見えないが、きちんと情報収集をしており、最近ではパペットが作った鳥ゴーレムを使って周辺国の情報収集もしているとのことだった。
「そしてベリフェス様も言ってましたが、最近は我が領地の良質な素材が出回りました。魔の森の魔物に勝てるかどうかは別にして、森が欲しいと言っている人たちもいるとか」
そこでコンスタンツは流し目でベリフェスを見る。
「そういえば、ジーベイン王国ではアーデルさんがいる限り、手を出さない方がいいと強く進言している方がいらっしゃるとか?」
「議会でそういう意見を言う方はいますね」
ベリフェスはにっこり笑っているだけでそれ以外のことは言わない。
なにやら貴族による腹の探り合いのような話になったが、アーデルとしてはなんだっていいじゃないかと思う。
ベリフェスがそう言ってる可能性は高いが、言質を取らせないことに何の意味があるのかと思うためだ。
「ベリフェスがそう言ってるんだろ? なんで隠すんだい?」
話をしていたコンスタンツとベリフェスは会話を止めてアーデルを見た。ちょっと残念そうに見ているのはアーデルの勘違いではないだろう。
「それを言ったら身も蓋もないではありませんか」
「身も蓋も必要な話なのかい?」
「我が国は疲弊していて大変なんです。今はアーデルさんがいるから均衡が保たれていますが、アーデルさんが怪我とか病気とかになればアルデガロー王国は危険になります。そんなときに頼りになるのは隣国の理解者! それをベリフェスさんにお願いする会話なのですわ!」
「なら普通に助けてくれって言えばいいじゃないか」
「そんなことをしたら、お礼が必要になるではないですか。タダでやらせるために情報を出しつつ、会話を誘導して言質をとるんです!」
「いや、あの、そうだとは思ってましたけど、本人の前で言わないでくださいよ」
ベリフェスの呆れた視線はアーデルだけでなくコンスタンツにも向く。
コンスタンツはその視線をキッと睨み返したが、扇子はそのままで力なく目を閉じた。
「仕方ありませんわ。というわけで、うちの国はアーデルさん以外にも大量のゴーレムがいますので変なちょっかいをかけたら反撃しますわよ。なのでジーベイン王国にしっかり釘を刺しておいてください。あと領地の評判と私の名前も広めるように」
「本当に身も蓋もないですね。とりあえず、アーデルさん以外の脅威があるのは分かりました……アーデルさんをこちらに取り込むだけではだめのようですね。サリファ教の顔が利く聖女様に自律型ゴーレムですか……それが分かっただけでも収穫としておきます」
そんなことを考えていたのかとほぼ全員が思ったが、コンスタンツは分かっていたようだった。
「やはりそんなことを考えていましたか……皆さんは優秀な家臣ですので差し上げるわけにはいきませんわ!」
「家臣じゃないんだけどね」
領民ではあるかもしれないが家臣ではない。ただ、既成事実として作られつつあるのは間違いない。
「なるほど、なら、アーデルさんではなく、コンスタンツ様を口説き落とす方が早いかもしれませんね?」
ベリフェスはそう言って笑顔を向ける。イケメンのスマイルは一部の女性にかなりの効果を発揮する。だが、コンスタンツは不敵な笑みを浮かべてそれを跳ね返す。
「わたくしを口説きたいなら、ドラゴンの一匹くらいは献上してくれませんと」
そう言ってお互いに含みがある笑みを浮かべた。
ドラゴンを献上する、それは困難のたとえに使われる言い回しではあるのだが、それを聞いたクリムドアはすぐにアーデルの横に移動した。