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貴族っぽい人たち

 

 ジーベイン王国の宮廷魔術師ベリフェスは、同じ宿の別の部屋に泊まる手続きを終わらせてからアーデル達の部屋へ戻ってきた。


 着ている服や綺麗な所作、さらには手入れがされている肌など、明らかに貴族っぽいのだが、お共も護衛もいない。コンスタンツにも言えることなのだが、そんなに自由でいいのかとアーデル達は思う。


 普通、貴族と言えば細かいことは使用人に任せて自分では何もしないというイメージがある。アーデル達も同様で、服すら自分では着ないと思っているほどだった。


 ただし、コンスタンツは除く。彼女に対する認識は「貴族っぽいなにか」であって、純粋な貴族ではないというのが全員の認識だ。


 参考例がコンスタンツしかいないので、アーデル達も貴族に関する知識はあくまでも想像。ベリフェスの行動も想像している貴族とはかけ離れているが、それが普通なのかもしれないと勝手に思い始めた。


 自分を見つめている女性たちの視線、それをものともせずにベリフェスは笑顔で返す。


 整えられた金髪に鋭い赤い目、顔の造形は良く、身だしなみは清潔感がある。普通の庶民から見れば王子様のように見えるだろう。そんな男性に微笑みかけられたら大抵の女性は顔が赤くなる。


 だが、この場にいる女性陣は普通ではない。


 アーデルはもとよりオフィーリアも特になんとも思っていないのか特に変化はない。そしてパペットは言わずもがな。


 ベリフェスのほうもそんな状況をまったく気にしていないのか、備え付けの椅子に座っている。ただ、アーデルを見る目が輝いているのは間違いない。


「アーデルさん、砦で使った魔法、雷竜召喚と言いましたか、あれは素晴らしいですね」


「なんだい、いきなり」


「あの時は驚きの方が大きく確認が不十分でしたが、それでも魔法陣の一部を思い出しました。複数の魔法を魔法陣で構築するとはやろうと思ってもなかなかできません。あれは魔女アーデル様が考えた魔法陣ですか?」


 間が持たないためにひねり出した話題ではないとアーデルは判断した。


 ベリフェス自身が知りたくて仕方ないという顔をしているのだ。目をキラキラさせているところは魔法の話をするときのコンスタンツに似ている。


 とくに隠すことでもないのでアーデルは普通に答えた。


「あの時も簡単に説明したと思うけど、基本の部分はばあさんで改良したのが私だね」


「ええ、ええ。その言葉も後から思い出して驚きました。あれほど複雑な魔法陣を改良できるなら、アーデルさん自身も相当な魔法使いです。ほかにもアーデルさんが独自に作った魔法とかありますか?」


「そりゃまあ、あるけど」


「ぜひ! ぜひ、その魔法陣を見せてくださいませんか!」


 あまりの食いつきにアーデルは引き気味だ。


 アーデル村でもコンスタンツが似たような状況になった。アーデルが面倒だというと、フロストを使って複雑な魔法陣を紙に書かせようとするほどで、宮廷魔術師ってこういう奴ばかりなのかとちょっと呆れた。


 同じように面倒だと言うが、ベリフェスは引き下がらない。


 そろそろ実力で追い出すかと思ったところで、コンスタンツが戻ってきた。


「あー、疲れましたわ! ……あら? ジーベイン王国の宮廷魔術師、ベリフェス様ではありませんか。なぜここに?」


 コンスタンツが不思議そうにそう言うと、ベリフェスは椅子から立ち上がって頭を下げた。


 そして事情を説明する。


 一通り説明が終わると、コンスタンツは扇子を取り出して口元を隠した。


「そういうことでしたら仕方ありませんわね。アーデルさんだから、という部分は気に入りませんが、それでも国として丁重に対応してくださるならありがたいですわ」


「ご理解いただけて嬉しく思います」


 今回の件はアーデルだから貴賓として扱うということで、たとえばコンスタンツだけならそんなことはしないだろう。それに対して気に入らないと言ったコンスタンツだが、敗戦国の貴族、爵位も低い貴族ならそんな扱いをするわけがないと納得しているようだった。


 それはともかく思っていることを口に出してしまうのがコンスタンツの良いところでもあり、悪いところでもある。


 貴族として駆け引きができないというか、裏がなく、思ったことをなんでも言ってしまうのだが、それはそれでアーデル達には受けがいい。


「それにしてもコニーはベリフェスをよく分かったね? 私なんか顔は覚えてたけど名前は忘れてたよ」


「貴族たるもの他者の顔と名前を覚えるのは仕事の一つですわ。それができないと儲け話を逃すと言われておりますから」


 アーデル達にはあまり分からないことだが、コンスタンツ曰く、一度話しただけでも肩書や名前を覚えておくと印象がいいらしく、今後の付き合いも円滑になるという。


 そこから事業が発展したり、相談を受けたりと、家を潤す機会が転がってくるとのことだった。コンスタンツは自国だけでなく、他国の貴族や大きな商会なども記憶しており、時間があればジーベイン王国で縁を結ぶと息巻いている。


「まあ、縁とは言っても悪縁もありますが。ここの領主に鉱脈の話を報告したら縁談を持ち掛けられましたわ。うちより貧乏な領主の嫡男に嫁ぐわけありませんと断りましたが。もちろん婿養子も断りましたわ」


「それを言っちゃうんですか……というか、この国でコニーさんの領地以上に儲かってる領地なんてないでしょうに」


 オフィーリアが呆れた感じにそう言うと、コンスタンツは首を横に振った。


「事実ですので。そう言われて奮起するくらいの殿方でないとわたくしの夫は務まりませんわ!」


 現状、コンスタンツと結婚するとなればどう考えても政略結婚。今、この国を支えているのはコンスタンツの領地であり、その恩恵にあずかりたいのはどの貴族も同じだ。


 事実、コンスタンツには求婚の申し入れが殺到しており、毎日それを読んでから丁重にお断りの手紙を出すのが日課になっているほど。


 そんな話を他国の貴族がいる前でしていいのか、そんな思いがありそうなベリフェスが複雑そうな顔をしていると、いきなりコンスタンツが視線を向けた。


「ところでベリフェス様、一つ思い出したことがあるのですが」


「なんでしょうか?」


「貴方のせいでわたくしは名前を広められませんでしたわ」


「……はい?」


「貴方が空で待機していたわたくし達のところまで来てしまったので、アーデルさんを敵軍に紹介する口上を言えなかったのです」


「……はぁ」


「アーデルさんの名前と一緒にわたくしの名前も敵国に広めるつもりでしたのに、何しやがってくれたんですか!」


 理不尽としか言いようがない言いがかりをつけられ、ベリフェスは助けを求める視線を周囲に向けるが、そもそも事情を知っているのがアーデルだけだ。オフィーリアとパペット、そしてクリムドアは首を傾げるだけで、アーデルは付き合ってられないと視線を窓の外へ向けた。


「なので代わりにわたくし、コンスタンツの名前をジーベイン王国で広めておいてくださいまし」


「なぜ……」


「今のところ辺境の小さな領地しか持っておりませんが、いつかはもっと上の爵位を貰った上に宮廷魔術師になる予定ですので、その時のための準備ですわね!」


 ベリフェスがつぶやいた「なぜ」は、理由を聞いたのではなく、なぜ自分がという意味だったのだが、それはスルーされた。


 コンスタンツの理論では、自国だけでなく他国でも名前が売れていれば色々と有利に働くとのことらしい。


 そして断ることはできないとベリフェスは感じたのか、表情がない顔で頷いた。


「大変不本意ではありますが、やるだけやってみます。ところでアルデガロー王国のどのあたりを治めているのですか? なにか特産品とか、そういう情報があれば広めやすいのですが」


「魔の森ですわ」


「……はい?」


「私の領地は魔の森です。これは魔女アーデル様がいた森ということで他国でも有名でしょう。特産品は魔の森で狩った魔物たちの素材です。最近はがっぽがっぽお金が稼げるので、魔の森ではなく、お金の森と呼んでおりますが」


「最近、市場で良質な魔物の素材が出回っているのは……」


「うちの特産品ですわね」


「ワイバーンやグリフォンの素材なんかもあったのですが」


「二匹ともパペットさんのゴーレム部隊や水の精霊さん達が倒しておりましたわね。私がやろうとしたら消し炭にして売れなくなるから止めろと怒られましたわ!」


「ワイバーンやグリフォンを倒せるゴーレム部隊と水の精霊……」


「そんなわけですので、わたくしの名と、ついでに領地の宣伝もよろしくお願いいたしますわ!」


 楽しそうにそう言ったコンスタンツだが、ベリフェスは複雑そうな顔でため息をついた。


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