知り合い
アーデルとクリムドアが薬草の採取を終えて宿に戻ってくると、部屋にはオフィーリア達がいた。
薬草が早く見つかったので、戻ってくるのも早かったのだが、パペット達が戻っていることにアーデルは驚いた。ただ、コンスタンツはいない。
「鉱山の跡地で魔物を倒してくるんじゃなかったのかい?」
「大した魔物がいなかったのですぐに鉱山の奥まで行けたのです。そうしたら私のセンサーで鉄の鉱脈を見つけてしまったんです。証拠を持って冒険者ギルド経由で領主に報告してもらったら、しばらく入らないで欲しいと封鎖されました。これは誰に褒めてもらうべきですかね?」
パペットはそういうと、ちょっと残念そうな顔をする。パワーアップした自分を試す間もなく奥まで行けたのでストレスが溜まっているとのことだった。
ゴーレムもストレスが溜まるのかと感心しつつ、この場にはいないコンスタンツのことを確認すると報告も含めて領主と面談しているとのことだった。
「パペットちゃんのおかげでこの町も潤うんじゃないですかね。どれくらいの鉱脈なのかは分かりませんけど、仕事も増えるでしょうし」
「私のセンサーによるとしばらく掘り続けても結構持つはずです。百年単位で。希少価値がある鉱物ではありませんが、その分、色々なものに使われていますからお金になると思います」
「なんだい。なら薬を作って他国の奴に売りつける必要はなくなっちまったね」
この町でお金を使おうという試みのために薬を作るはずだったが、いつのまにか解決していた。
とはいえ、この町で足止めされているのは間違いないので売り物ではなく普通に薬を作ろうかとアーデルは考える。
家にあった魔女アーデルが残した本、そこには自分の知らない、もしくは作ったことのない薬の精製方法も書かれている。そもそも材料の入手が難しいという理由で魔女アーデルも研究途中だったものもある。
せっかく時間もあることだし、そうしようと決めたときだった。
宿の主人が部屋の前までやってきて、アーデル達に呼びかけたのだ。
なにやら客がアーデル達の知り合いなので会いたいとのことだった。
「もしかしてサリファ教の方ですかね? もうしばらくかかると思ったんですけど、メイディー様が頑張ってくれたのかも」
何をどう頑張ったのかは知りたくないが、早いのならありがたいとアーデル達は食堂になっている一階へと下りた。
そこで待っている人物は男性でオフィーリアのような服は着ておらず、どちらかと言えば貴族らしい高価そうな服を着ている。
アーデルはその顔をどこかで見たことがあったが、思い出せなかった。
「……どこかで見た顔だね?」
「顔を覚えてもらえていただけでも良しとしましょう。お久しぶりですね、アーデルさん。戦場の上空でお会いした以来でしょうか」
「戦場の上空……? ああ、思い出した。アンタ、敵国の宮廷魔術師だったかい?」
あの時は、そばにコンスタンツをアルバッハもいて、戦場で派手な魔法を使い、格の違いを見せつけた。その後、目の前にいる男が国王を必死に説得したとアーデルは聞いている。
アーデルが思い出したのを確認した男は微笑んだ。
「はい、ジーベイン王国の宮廷魔術師でベリフェスです。おっと、戦いに来たわけではありませんのでいきなり攻撃しないでくださいよ?」
「そんなことするわけないだろう? そんなことをしたらまた戦争になっちまう」
「アーデルさんが常識的な方で助かります。使える魔法は常識の範囲外ですが」
褒めているのか、皮肉なのかは微妙だが、相手は知り合いであっても友達ではない。アーデルはその言葉を受け流した。
「ところで私に用なのかい?」
「話が早いと言うのはありがたいですね。貴族の話は世間話から入らないといけませんので」
「そんなことはどうでもいいから早く要件を言いなよ」
「失礼しました。聞いた話によるとアーデルさんはジーベイン王国の王都へ来るようですね? 理由をうかがっても?」
ベリフェスは見た限りでは温和な顔で問いかけている。だが、その目は笑っておらず、警戒、恐怖、そしてわずかに敵意もある。
アーデルは何となく事情が分かった。
目の前のベリフェスは自分のことを警戒している。以前、アルバッハから聞いた話ではあるが、このベリフェスが相手の国王に対してかなり説得したらしく、見せた魔法を王都で使われたら国が終わるとも言っていたらしい。
そんな相手が何のために王都へ来るのか。
戦争が終わったとはいえ、アルデガロー王国は賠償金をいまだに払い続けている。それをなくすためにアーデルを送り込むのではないかという不安があるのだろうと推測した。
あえて説明する必要はないが、このためだけに宮廷魔術師をここまで送ってきた。ならば相手を安心させるためにもちゃんと対応しようとアーデルは口を開く。
「エルフの国へ行くにはアンタのところの国からじゃないと行けないって聞いたんだよ。知り合いの商人がそっちの国で色々準備しているからこれから向かうところさ」
ベリフェスは目を細めながらアーデルを見つめる。
信用してない感じの視線にアーデルはやれやれというジェスチャーをすると、ベリフェスはため息をついた。
「こちらで調査した内容と同じですね。ですが、それを信じるには――」
「あのー、貴族様、よろしいですか?」
オフィーリアが少しだけ上目遣いでベリフェスを見る。
「貴方は?」
「あ、えっと、サリファ教で聖女をやっているオフィーリアと申します」
「サリファ教の聖女!?」
オフィーリアはアーデルから教えてもらった亜空間の魔法を使い、そこから一枚の羊皮紙を取り出す。それをベリフェスに見せた。
「……間違いないですね。サリファ教の魔紋が入った紙に貴方を聖女と認めると書かれてあります。ですが、なぜそのような方がアーデルさんと一緒に……?」
「あ、私、アーデルさんのマブダチなので」
「……マブダチ」
「めっちゃ仲のいい友達って意味です。親友以上ってことですね!」
何が嬉しいのか、思いっきりどや顔でオフィーリアがそう言うと、アーデルの方は複雑そうに眉間にしわを寄せた。
「実は今、サリファ教の方でアーデルさんは危険じゃないって証明書を作っています」
「アーデルさんが安全であることをサリファ教が保証すると?」
「はい。今、この町でその証明書を待っているんです。敵国でしたので色々と不安だとは思いますが、サリファ教がアーデルさんの安全な人って保障しますよ!」
「……そういうことであれば大丈夫でしょうね」
サリファ教がかなり信用されていることにアーデルは驚く。あまりありがたくないサリファの教えやその狂信っぷりを見聞きしているとなぜだと思わなくもないからだ。
それはともかく、なら大丈夫だろうと思った矢先、ベリフェスが微笑んだ。
「ならしばらく私もご一緒させてください。証明書が届きましたら、貴賓としてジーベイン王国の王都までご案内いたします」
ベリフェスはそう言いながら、貴族らしい所作でアーデル達に頭を下げるのだった。