料理を教えてもらう約束
「これであらかた片付いたね」
アーデルはそう言いながら倒したヒュドラの死体を亜空間へ入れ始めた。
村から少し西にある川を上流に向かって飛び、湖までやって来たアーデルは何体かいたヒュドラを瞬殺した。ヒュドラが強いとは言っても、それは接近戦を仕掛ける場合の話。飛んでいるアーデルに攻撃が届かない以上、一方的に倒せる。
なのでヒュドラを倒すことは大した手間ではない。問題はこれからだ。
ヒュドラは頭が複数あるだけの蛇ではなく毒をまき散らす。それは体から常に滲みだしていて湖を汚していた。ヒュドラがいなくなったとはいえ、自然に浄化を待っていては数十年掛かる。
村が川を使うためにはその毒をなんとかしなくてはならない。アーデルは浄化の魔法を使って湖を綺麗にしようと上空に巨大な魔法陣を展開した。
治癒や浄化の魔法はアーデルの苦手とするところだが、できないわけではない。時間は掛かるがなんとかなるだろうと魔法陣に魔力を通すと、少しずつではあるが湖の浄化が始まった。
大量の魔力が魔法陣に注入されても完全な浄化には数時間掛かるようなので、アーデルは薬草でも集めるかと周囲を見渡すのだった。
湖の浄化中、アーデルは周囲に生えていた薬草やヒュドラの毒などで薬を作り出した。とくに使うわけではないのだが、先代のアーデルが残したものに薬のレシピがあってそれを作ることがアーデルの趣味なのだ。
魔の森では採れないような薬草を見つけてちょっとテンションが上がっているアーデルはせっせと薬を作り始めた。
ふと気づくといつの間にか日が傾いており、周囲が暗くなり始めている。
湖の方を見ると浄化は完了していたようだった。
「さて帰ろうかね」
アーデルはそう言ってオフィーリアが作ってくれた昼食とは別のおやつであるクッキー、その最後の一つを食べて立ち上がった。
大きく伸びをしてから首を左右に振り、作った薬を亜空間へ入れた。そして宙に浮かび、村の方角を見る。
アーデルはそれを見て眉をひそめた。
村の辺りから煙が上がっているのだ。それが複数。
それが何を意味するのかを考えるまでもなく、アーデルはすぐに村へと飛んだ。
アーデルが村に到着した時にはほとんどの家が燃えており、かろうじて原型を残しているのは教会だった。その教会も火が付いている。
問題は教会の入口に閂のようなものが取り付けられており、外へ出られないようになっていることだ。そして中からは扉を叩く音が聞こえる。
アーデルはすぐさまその閂を魔法で破壊した。
その瞬間に中から村人達が外へ倒れ込むように出てきた。そしてかなりの煙を吸ってしまったのか全員が激しい咳をしている。
それはそれで大変なことではあるが、他にも問題がある。出てきた村人達の中にクリムドアとオフィーリアがいないのだ。
アーデルは念動力の魔法で村人達を安全なところへ移動させる。
「クリムとオフィーリアはまだ中かい!?」
村長が何かを言おうとしたが咳が酷く何を言っているのか分からない。
上手く行くかどうかは分からないが、周囲の空気を浄化しようとアーデルは村全体に魔法陣を展開する。やったこともなくどうすればいいのかも不明だが、風の精霊を使うような魔法陣を組み立て、それに魔力を通した。
すると村人達の咳が少しずつではあるが落ち着いてきた。家や教会から出ている煙もその魔法陣が吸い込んでいるようで魔法陣の構築が成功したようだった。
すぐに村長が両膝を付いたまま、すがる様にアーデルのローブの足元を掴んだ。
「ア、アーデル様! 申し訳ありません! クリムドア様とオフィーリアがさらわれました!」
「さらわれた? なら教会の中にいるわけじゃないんだね?」
「は、はい、それは大丈夫です。我々年寄りだけが閉じ込められただけでして――お願いです、アーデル様! オフィーリアを――オフィーリアを助けてやってください!」
必死な顔で頼む村長。顔は煤まみれで、服は一部焦げ、火傷も負っている。他の村人も似たような状況なのだが、自分達はどうなってもいいからオフィーリアを助けてやって欲しいとアーデルに懇願した。
アーデルとしては当然のことなのだがあまりにも事情が分からない。何があったのかをちゃんと説明しくれというと、時系列が色々と前後していたが大体のことは分かった。
簡単に言えば、盗賊がこの村を襲ったのだ。そしてクリムドアとオフィーリアをさらい、水の出る魔道具を盗んでいったという。
ただ、問題は相手が本当に盗賊なのかという部分だ。
村長はこの国の兵士だった。その知識の憶測でしかないが、盗賊のリーダーは装備が良い上に統率力が高く、さらには国の兵士が良く使っている指示の出し方をしていたという。
つまり盗賊っぽく見せているだけではないかと話だ。
「それは分かったが、クリムとオフィーリアをさらった理由は?」
「……お金になる、と言っておりました……」
「お金に? なんでだい?」
「クリムドア様は竜の幼体ですし、オフィーリアは奴隷として――」
村長はそこまでで何も言えなくなる。アーデルから殺気に近い魔力を感じたのだ。
「奴隷ね。それは法律で禁止されていると本に書いてあったんだが嘘だったわけかい」
「も、申し訳ありません。非合法のことをする組織はどこにでもありまして――」
「村長が謝ることじゃないさ。しかし、いい人もいれば悪い人もいる、か。この世は悪い奴ばっかりじゃないのかい? 魔の森を出てすぐにこれだからね」
「アーデル様!」
呆れるような顔をしていたアーデルに村長が大きな声を上げた。
「盗賊や私達は確かに良い人間ではありません。ですが、オフィーリアは間違いなく良い子なのです。どうか、どうかお助けを!」
村長の必死な願いに他の村人も追従するようにアーデルへお願いをしている。
アーデルは溜息をついてから、ローブを掴んでいる村長の手を払った。
「そんなことは言われなくても分かってるよ。それに――」
アーデルはそこまで言って少しだけ笑った。
「オフィーリアに料理を教えてもらう約束があるんだよ。クリムが料理を学べってうるさくてね――盗賊達が向かったのはどっちだい?」
村長達は感謝の言葉を述べながら、盗賊達が向かった方を指さした。そしてもし国の兵士がやったことなら、その先に砦のようなものがあるので、そこから来た可能性が高いとのことだった。
「なら行ってくるよ――そうそう、これがあった」
アーデルはそう言って亜空間から薬を取り出した。
「火傷に効くはずだから塗っておきな。せっかく湖の浄化をしたのに村長達が死んじまったら無駄働きになっちまう。それにオフィーリアが悲しむから帰ってくるまで死ぬんじゃないよ」
その言葉に村長達全員が頭を下げた。
居たたまれなくなったアーデルはすぐに上空へと飛んだ。そして盗賊達が向かったという方へ向かうのだった。